神の末裔は褥に微睡む。

織緒こん

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昏き神の懐にて。

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 小さな生命が愛おしい。王妃の間に閉じ込められて最初にしたのは、馬車の中で奪い返したララちゃんにおっぱいをあげることだった。

 自分の生命を盾にして、ララちゃんを渡さないと王妃の間の窓から飛び降りてやるって脅してやった。もちろん死ぬ気はない。クズが俺を欲してる限りは、影の一族は俺を死なせるつもりはないからな。

 可憐なアリスレアバージョンでな!

 向こうは脅されている認識はなさそうだ。可憐なアリスレアに涙ながらに懇願されて、精一杯の虚勢を張っているように見えたんだろう。優越感に浸ったイヤらしい笑みで、ララちゃんを投げてよこした。

 コイツらの助命嘆願なんて絶対にしてやらない。

 女子供おんなこどもを虐げることに愉悦を感じる外道の未来なんか知るか! 無事に逃げた暁には、正式な手続きを経て法務卿に訴えてやる。あのなんとなくいじめっ子臭漂う、法の番人に裁かれやがれ!

 ララちゃんは何時間おっぱいを飲んでなかったんだろうか。ぐったりしてちょっと脱水してるっぽかった。よかった、諦めないでマッサージしておいて。無事におっぱいが出て、ララちゃんが必死に飲んでいる。

 変態野郎が俺の授乳中の胸元をジロジロ見ているのが気持ち悪い。コイツ、影の一族としては下っ端だな。奴らは大事なクズ王陛下のお世話は、選抜されたエリートにしかさせないからな。あのゲス乳兄弟でさえ、下衆さは極まれりだけど品だけはあった。

 品のある下衆さってのも、変だけどさ。

 程度の低いコイツらが表に出てるってことは、エリートの奴らになにかあったんだろう。クズ王に暗黒神が寄生しているとして、近くに侍る影の一族になんの影響もないとは考えにくい。人出不足なんだろう。

 授乳を終えると洗面台で沐浴させる。お風呂場だと俺まで濡れそうだし、一緒に入るにしたって見張りの変態野郎が中まで着いてきそうだ。リネン庫からシーツやタオルを引っ張り出して、オムツの代わりにする。城の高級リネンだ、肌にも優しいだろう。

 着替えもないからシーツをおくるみにして、さらに風呂敷スリングもどきも作る。逃げる準備もばっちりだ。スリングがあればある程度、手が自由になるからな。

 寝室に篭って見張りを締め出すとホッとする。

 さっきちらっと確認したら、簡易キッチンの床下収納は塞がれていた。隠し通路は前回の逃走でバレたからな。

 さて、どうしたものか。ララちゃんをひとまずベッドに寝かせて、なにか武器になりそうなものはないかと物色する。やっぱ花瓶かなぁ。

 ウロウロしていたら、カーテンの向こうからカツカツと音がした。夜だから寝室の窓は、厚いカーテンがひかれている。ウネウネだったらどうしよう。

 心臓をバクバク言わせながら、カーテンをそっと捲ると、きょろりとした金色の目の持ち主が、ガラスを嘴でつついていた。白いフクロウだ。鳥⋯⋯ってことは、鳥の民フィーリアからの遣いだな。

 勢い込んで窓を開けて迎え入れると、フクロウはなつこく擦り寄ってくる。俺の中のピーちゃんに対する敬愛が凄い。

 ホーホー

 可愛い。

 脚に小瓶がくくりつけられている。重かったんじゃないのか? 急いで取り外してやると、身軽になったフクロウは寝室の中を飛び回った。ララちゃんは起こすなよ!

「ありがとう、ホーちゃん!」

 名前は今決めた。ホーホー鳴くからホーちゃんだ。ただし次回会ったとき、この子の仲間がいたら見分ける自信はない。

 小瓶には見覚えがある。ベリーが聖水を小分けにしている瓶だ。めっちゃ有難い。武器を物色したものの、自分で使えるわけもないからな。聖水ならぶっかけるだけでいい。

 ホーちゃんが運べるほどの量だから、とても少量だ。考えて使わなきゃな。

 バササッと羽ばたきがして、開いたままの窓からもう一羽のフクロウが入って来た。この子の脚にも小瓶がくくりつけられていて、結局四羽の白いフクロウが、寝室に入り込んできた。

 ちょっと待て。早速どの子がホーちゃんがわからなくなったぞ。

 とりあえず寝室の書物机で手紙を書く。内容は大したことない。王妃の間にいることとララちゃんは無事だってこと。あとは城の中は閑散としてるってことも書き足す。同じものを四枚書いて、ホーちゃんズの脚にくくりつける。

「サルーンとギジェルによろしくね」

 四羽のフクロウを夜空に放つと、何事もなかったようにしっかりとカーテンを閉めた。

 本当はジェムにもメッセージを書きたかったけど、まず目にするのは鳥の民フィーリアだしね。恥ずかしいから諦める。

 小瓶をスラックスのポケットやララちゃんのおくるみの中に隠す。

 イェンが言ってた一月ひとつきまで、あと四~五日ってとこだよな。神剣が出来次第、ジェムのところに跳んで来てくれるんだろうし、それから下準備に三日? 七日やり過ごせばなんとかなるかな。

 俺の食事くらいは出るだろうけど、あの程度の低い侍従モドキが王妃の間の担当だったらイヤだな。奴ら、赤ちゃんごと俺を誘拐してきたくせに、子どもの世話をする侍女の手配どころか、追加のリネンすら持って来やしねぇ。乳母なんて論外だろうな。

 頼むからジェム、神剣が届くまで大人しくしててくれよ。神殺しはどんな呪いが降りかかるかわからないから、出来ればして欲しくないんだけどな。俺がここにいる限り、ジェムは絶対に助けに来るから⋯⋯だって、アイツ、こんなおっさんなのに、俺のこと愛してるって言うんだ。

 だから大事なことは二度言う!

 神剣を待て!

 とりあえず、今夜は寝るか。太々ふてぶてしい? 馬鹿言え、長丁場になるなら体力は温存だろ。

 ララちゃんの横に滑り込む。

 赤ちゃんの温もりは、どうしてもユーリィを思い出す。大丈夫、ユーリィはシュトレーゼンだ。イェンとユレが、俺の故郷は大陸中で最も仙郷に近いって太鼓判を押したんだ。

 ララちゃんを護れるのは俺しかいない。

「ララちゃん、ふたりで頑張ろうな。俺の旦那が絶対に助けに来るから、君のお姉ちゃんのところに元気で帰ろうな」

 横になっても眠りはやって来ない。

 そうしているうちに、ガツガツとなにかを打ちつける音がした。ベッドを揺らさないように起き上がる。

 ホーちゃんじゃない。
 
 音は居間の方から聞こえる。

 念のため靴を履いたままだったから、ベッドから降りると息を潜めて扉に寄ろうとして⋯⋯突然、扉が開いた!

 心臓、バックバクだよ‼︎

 って、クズ王キターーーーっ‼︎‼︎

 はえぇよ、マジかよ!

 ヌタウナギ、背負しょってんじゃねぇ‼︎

『エレイアの依代よ⋯⋯贄よ⋯⋯その肉体にく、我が褥にて、受肉のための力を注ごうぞ』

 ⋯⋯クズ王じゃない。暗黒神だ。

「おい、名付けを受けなかった神」

 暗黒神には名前がない。自分の身から生み出された負の感情に、このんで名を付けたい者なんかいないからな。まぁ、イェンの受け売りだけど。

「名無しの神、俺はエレイアの依代じゃない」

『なにを申すか。其方そなた肉体にくの内に、何度も我が力を与えたであろう。依代の其方は悦びを知らぬ人形のようでつまらぬが、我が妻が受肉すれば、愛らしく啼いてくれよう』

「気持ち悪いこと言ってんじゃねぇ。アリスレアは魔獣に齧られただけだ。ノーカンだノーカン。第一、お前のえっち超下手だから、誰が相手でも気持ち良くなんてならねぇよ。ついでにヌタウナギも気持ち悪いんだよ!」

 うっかり大声が出る。背後でララちゃんのぐずる声がした。泣き出す前の「えけえけ」言うやつ。可愛いけど、今はだめだ!

『ほう、さえずるか。それもまた一興』

 うっそりと嗤う暗黒神が、ひたすらに気持ち悪かった。
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