神の末裔は褥に微睡む。

織緒こん

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暗黒神の城。

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 人のフリ見て我がフリ直せ、とは、よく言ったものだ。軍務卿とレントの熱烈な再会に気圧されて、俺はジェムをそっと押しやった。ジェムが軍務卿より前に立っていたら、衆人監視の中で熱い抱擁を交わすのは俺たちだっただろう。

 ジェムさんや、不満そうな表情カオするんじゃない。イェンに中断させられたけど、親子三人水入らずしたんだし、ここは軍務卿に譲ろう。

「おかえり。よかった、怪我もないみたいだ」

「ただいま帰った。父上と母上に帰還の挨拶をする前に、ユーリィの顔が見たい」

「お義母様がリリィナごと連れて行った」

 お義母様は初孫にメロメロだった。

 ユーリィは来なかったけど、三つ子ちゃんがメイフェア、サルーン、ギジェルの腕にそれぞれ抱っこされて連れてこられた。鳥の民フィーリアはなし崩しに我が家に滞在している。

 メイフェアが軍務卿似の長男君を父親に抱かせた瞬間、笑っちゃうくらい全身で抵抗して泣き出した。

「おいこら、チビ。父上だぞ」

 軍務卿がオロオロと覚束なく抱いている。抱き方が下手な上に、知らない大男だもんなぁ。頑張れ、新米父ちゃん。レントが優しく微笑んでいる。イェンよりよっぽど女神みたいだ。

 軍務卿一家は家令に任せて、ジェムと連れ立ってお義父様のところへ向かう。挨拶もそこそこにユーリィも一緒に辞すると、義父母は快く見送ってくれた。ただし夕食は共に摂るよう約束させられたけど。

「帰ってきたばかりなのに、汚れてないね」

 行軍の名残はどこにもない、髭すら綺麗に剃られている。

「演習場の風呂場を使ってきた。汚れたままではアリスまで汚れてしまうからな。顔を見たら抱きしめずにはいられないだろう?」

 ⋯⋯真面目に返された。駄目だ。俺の旦那は素で小っ恥ずかしいことを抜かす人だった。

 夫婦の部屋の居間でソファーに腰掛けて、俺が屋敷に戻ってからのあれこれを話す。ジェムは王都の上空⋯⋯否、王城の上空に垂れ込める黒雲に不吉を覚えたと言った。それ、王都の誰もが思ってるよ。

「内務卿がお義父様に話してたのを教えてもらったんだけどさ、王城の文官を下がらせたって」

 目に見えて空気が澱んできた上、行方不明者がふたり出たらしい。各府の重要書類は各卿の自邸に移動したんだって。財務卿がうちにいるから、財務府の書類をどこに運ぶか聞きに来たんだよ。そのついでに色々話してくれたってわけだ。

「今夜の食事はジェムと軍務卿の慰労を建前にして、宰相と五卿が全員集合するらしいよ」

「そうか。では夕食会はすっぽかすわけにはいかないな」

 将軍のジェムはともかく、俺はそんな重要な話を聞く立場にないと思うんだけど、イェンとユレの窓口だからなぁ。マッティとベリー、外務卿の屋敷に帰ったけど、彼と一緒に来るのかなぁ。トーニャは友達になったベリーの出迎えのためとか外務卿に丸め込まれて出かけてるから、そっちは帰ってくるだろうけど。着々と外務卿が外堀埋めてる気がする。

「多分これからの傾向と対策を練るんだと思う」

 試験勉強みたいだな。

 陽が落ちたころお客様が順次訪問してきて、ユーリィをリリィナに預けた。レントもメイフェアに三つ子ちゃんを預けて食堂にやって来た。寝てるとこを移動させるのも可哀想なので、今夜はそのまま乳母に任せることになった。

 ジェムが残念そうにリリィナにユーリィを渡している。抱き方も堂に入ってたな。俺より身体が大きいから安定していて、ユーリィも安心してるみたいだ。

「おやすみ。また明日な」

 ユーリィとリリィナを見送って席に着く。食事は和やかに進んで、宰相と内務卿が討伐隊を讃え感謝を述べた。

 外務卿は鳥の民フィーリアのふたりに礼儀正しく話題を振っている。さすが外務官を束ねる外務府の長だな。いつもの人を食ったような笑みも、駄々漏れる色気も封印している。となりの席に座っているトーニャがびっくりしていた。仕事中の男は格好いいんだぜ、と心の中で外務卿を応援しておく。

 食事が終わるとトーニャは挨拶をして食堂を下がって、俺たちは小茶話室サロンに移動した。普通の会食なら男性陣には酒と煙草が供されるけど、今日はお茶の支度がされている。真面目な話をするからな。

「アリスレア夫人の帰宅の知らせを受ける二日前、王城の上空から立ち込める黒雲が濃くなったのだよ。聞けばそのころ、イェン神とユレ神が瘴気の出口を消滅させたとか?」

 俺が帰宅する二日前ならそうだなぁ。

「出口が減った分、ヌタウナギがこっちに出たのかなぁ」

「ぬたうなぎ?」

「ねちょちねちょした粘液で身体を保護してる、蛇みたいに長くて、蚯蚓みみずみたいにウネウネした生き物です」

 あの瘴気がこごると黒くてねちょちねちょした触手みたいになるんで、つい、知ってる気味の悪い生き物にたとえてしまった。ヌタウナギってこの世界にはいないのな。

「帰還の途中でイェン神が俺の前に降臨した。あの女神さん、マジで気まぐれだな。突然現れて、国境沿いにあちこち瘴気の噴出口がありそうだから、ちょっくら潰してくるって言ってたぜ」

「軍務卿! それは神託ではありませんか⁈」

 軍務卿が肩をすくめながら言うと、宰相が真っ青になった。内務卿と宰相は未だ王城に出仕してるらしい。ウネウネを実際に目にして、文官たちを王城から出すことを決定したんだって。

「シュトレーゼン領の湖から汲んだ水に、かなりの聖性があるようです。此度の討伐で瘴気に対して有効な撃退手段となり得ました」

「王城に撒くか?」

 ジェムと軍務卿が言う。それも有りだけど、どうやって王城に持ち込む?

「今、王城にいるのは王族と影の一族だけなのだ。あの場所で、普通に呼吸をしているのが不思議だがな。私はあそこに人をやりたくはない。⋯⋯国に命を捧げた騎士とても、あの暗黒に飲まれにいけとは言いたくはないのだ」

 内務卿は辛そうだった。若者に無理を言いたくないのかな。

「では、我らに任せてみないか?」

 鳥の民フィーリアのサルーンが口を開いた。

「皮袋に聖水を詰めて、鳥に落とさせよう。暗黒神も嫌がって、外に出て来なくなるのではないかな? イェン神が神剣を鍛えるまでの時間稼ぎ程度にしかならないだろうがな」

 サルーンはジェムを真っ直ぐに見た。ジェムが暗黒神を斬りに行くのは、決定事項なのだろうか。

 となりに座るジェムの手を取ると、そっと指を絡められた。温もりに安心する。

 ⋯⋯どうでもいいけど、これ、恋人繋ぎってヤツじゃね?
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