神の末裔は褥に微睡む。

織緒こん

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輝きと共に。

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 眠っている間に、いわゆる臨月に突入したみたいだけど、正産期と言うにはやや早産気味なのか? 前世で奥さんの母子手帳、もっとじっくり見ておくんだった。それもキモいか? いやいや、お産は夫婦の大事だ、旦那も読んでおくべきだ。

 お腹が急に大きくなったような気がしてたけど、他が痩せたせいだった。それでも確実に赤ちゃんは成長している。

 萎えきった身体では産む体力がない。ともかく体力を取り戻すために食べて運動しないとな。

 討伐隊の予算が削られている上、長引いている。持ち込んだ糧食が心許ないんじゃないかと心配したけど、ベリーが大活躍してた。井戸を掘って野草を摘み、マッティと連れ立って狩をしている。⋯⋯畑があったらシュトレーゼンの生活と変わらないな。

「アリスぅ、お芋食べて元気になってねぇ」

 身長よりも長い山芋を掘り当てて、意気揚々と帰って来る姿には誇らしさが滲んでいる。それを見守るマッティの口元が僅かに緩んでいるのが見える。

「すりおろして芋餅にするからねぇ。補給班の人たちとお料理して来るよぅ」

 ベリーに任せておけば、部隊の糧食は心配しなくてもいいようだ。

 天幕の入り口の垂れ布が揺れて、覗き込んでいたベリーが去っていったのを見送る。

 聖水ーーシュトレーゼン領にある『はじまりの湖』の水を持ち込んでから、魔獣の繁殖が一般的な繁殖期程度に落ち着いた。それでも時期外れの繁殖は脅威だし、討伐を続けなければ黒い森のすぐ近くにある村は甚大な被害を受けるだろう。まだまだ、この場を退くわけにはいかなかった。

「なぁ、あんたは行かなくていいの?」

 ジェムは絶妙な力加減で、ふくらはぎのマッサージをしてくれている。将軍がいつまでも奥に引っ込んでちゃダメじゃないか?

 通常なら歩いたりして体力をつけるんだけど、寝たきりが祟って立ち上がるのも一苦労だ。寝転んで足首を動かしたり、強張った筋肉を揉みほぐしてもらったりして、なんとか体調を整えてるんだけど、全部ジェムが手伝ってくれるんだ。

「アリスが眠ったら行くよ」

「だからそれをやめろって言ってるの。俺が眠っている間に空堀からぼりの向こうで魔獣を狩って、俺が起きてるときは介助してくれるじゃないか。ジェムはいつ眠ってるの⁈」

「多少は平気だが⋯⋯」

「多少じゃ済まないの! 産まれたらユレも顕現するんだよ。事態が動くに決まってるじゃないか。イェンだって大暴れするに違いないんだ。そんな騒ぎの中で、あんた睡眠不足でぶっ倒れてる気? しっかりしてよ、お父さん‼︎」

「お父さん⋯⋯」

「気にするとこ、そこじゃないでしょ⁈」

 心配してくれるのは嬉しいけど、俺があんたを心配するって露ほども思ってないなんて、どんな朴念仁だ。ジェムが強いのは充分わかったから、無茶すんな!

「夜⋯⋯ひとりは寂しいから。一緒に眠ってくれないかな」

 ジェムの天幕は将軍のためのものだから、結構広い。シュリが討伐隊の天幕だと言うのに完璧に居心地よく支度してくれているけど、ジェムがいないのが怖い。⋯⋯そう、寂しいとかいったけど、本当は怖いんだ。

 睡眠不足で力を発揮できなくで、万が一のことがあったらどうするんだ? 

 お腹をさすっていると、ジェムがマッサージの手を止めた。そっと腕の中に閉じ込められて、顳顬にキスが落ちる。

「すまない。眠っている間なら、心配をかけまいと思ったんだ。では、今から空堀の向こうに行ってこよう。あなたの夕食の前には帰って来ると約束する」

「⋯⋯絶対だぞ。夜はちゃんと眠ってくれ」

 別に夜じゃなくてもいいけどさ、定期的に纏まった睡眠を取るのは大事だ。

「いってらっしゃい」

「うむ」
 
 目を閉じると優しいキス。カサついた唇だけど熱い。離れる瞬間下唇を食まれた。

「⋯⋯ばか」

 欧米か!

 シャイな日本人には恥ずかしい。

 ジェムが天幕を出ていくと、気配を消して控えていたシュリがそっとそばまでやって来た。うん、いたの知ってた。⋯⋯シュリのことは諦めた。

「ベリンダ嬢から野苺をあずかりましたよ」

 山で遭難しても、ベリーが一緒なら絶対に生き残れる気がする。

 ベリーのママのルシンダさんは緑の魔法使いだから、草木そうもくにめっちゃ詳しいんだよね。パパさんのノーマさんは黒の魔法使いで土壌を豊かにするのもお手の物だ。シュトレーゼン領の農業は、ふたりによって収穫量が底上げされたと言って過言ではない。

 その娘のベリーは妖精エルフめぐし子だもんな。自然の恵みを得るのに苦労はない。

 そうして昼間はシュリや緑の君とリハビリもどきに励み、夜はジェムに抱かれて眠って数日、空堀の向こうから聞こえる魔獣の断末魔の声にもビビらなくなったころ⋯⋯夜半過ぎにお腹が痛くて目が覚めた。

 気のせいかな。

 うとうとしかけると、また。

 痛いな⋯⋯。

「⋯⋯ジェム」

 小さな声で呼ぶ。疲れてるだろうから、これで起きなかったらもうちょっとひとりで頑張ろうかと思ったけど、ジェムはすぐに目を覚ました。

「どうした? 不浄場に行きたい?」

 赤ちゃんで膀胱が圧迫されてトイレが近いので、ジェムの発言は決してデリカシーに欠けたものじゃない。今は違うけど。いや待て、本格的になる前に、行っておいた方がいいのか?

「違うけど⋯⋯陣痛が来たみたい。今のうちに手洗いに行っておいた方がいいかなぁ?」

 ガバッとジェムが起き上がる。なんだよ、びっくりするだろ⁈

「痛むのか⁈」

「うん。まだ間隔あるけど」

 今は痛くない。

「まだ大騒ぎすることないけど、シュリと緑の君には近くにいてもらった方がいいかな」

 なんてのほほんとしてたら、来た? 来た?

「ん~~ッ、ん~~~~ッ、ふはっ」

 うん、来たな。

「頑張るから、応援頼むな」

 ジェムは何も言わずにキスしてくれた。

「若奥様、産湯の手配をしてまいります」

 シュリがカンテラを持って現れて、天幕の中はほのかに明るくなった。シュリさんや、あんたホントにどこの忍びの者ですか? 俺の戦支度いくさじたくの影には必ずシュリの手助けがある。

 にわかに天幕の外が騒がしくなって、バタバタとひとの動く気配がし始めた。

「アリスレア夫人、こんなときに悪いな」

 軍務卿の声がした。陣痛のはじまった俺を気遣ってか、入り口の垂れ布も捲らない。何気に紳士だ。

「産まれるまで、ジェレマイアは夫人のそばにいてもいい。だが、ユレ神が顕現なさったら、あんたの旦那を借りるぞ。双子神の下で総力戦になる」

「了解です」

「アリス、すまない」

 ジェムの声が辛そうだ。でも俺が目を覚ましてから、何度も話し合ったことだ。俺の陣痛が始まったら、総大将の軍務卿も洞窟まで出張るって。

「俺、ここで産めて幸運かも。屋敷で産んでたらジェムが間に合っても、部屋から追い出されたわけじゃん。ここにいてくれるのって、ものすごく嬉しい」

 恥ずかしいから絶対に立ち会いなんかしてほしくないって女性もいるだろうけど、俺、ビビりだからな。

「私もそばにいられて嬉しい」

 間隔がどんどん短くなって、緑の君も天幕に入ってきた。ジェムに腰を摩ってもらうと少し楽になるけど、本当に少しだからな!

 変な汗がいっぱい流れて、意識が朦朧としてきた。どのくらい経ったのか、天幕の隙間から光が入ってきた。

 緑の君が足の間を覗き込んで指で探ってくる。恥ずかしさなんてない。腰が裂けそうだ。

 促されて体勢を変える。膝立ちになって上半身を全部ジェムに預けた。

「アリス、いきんで」

「んんーーーーッ!」

「目を閉じては駄目だよ」

 穏やかな緑の君の声が、とても遠くで聞こえる。

「アリス、アリス。愛してるよ」

 耳元でジェムが囁いた。

 ぐりゅんとなにかが抜けていく。

「上手だ、アリス!」

 天幕の中が光に包まれたのが先か、産声が響いたのが先か。

 ほおやぁ⋯⋯。

 元気な声だ。

 一瞬、視界が真っ暗になった。

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