神の末裔は褥に微睡む。

織緒こん

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勇気ひとつを。

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 ナイスミドルなマッチョに抱えられて、空の旅を絶賛満喫中⋯⋯んなわけあるか。パラグライダーとかしたことないわ!

 王妃の間の隠し通路は、簡易キッチンの床下収納の中にあった。王妃のお茶を支度するための場所で基本的に使用人しか立ち入らないエリアだし、俺の感覚で行くと会社の給湯室に近い感じ? 自宅の台所より断然狭いけど、小さな流しと冷蔵庫は置いてある、みたいな。

 ちょっと目から鱗。隠し通路の入り口って寝室とか衣装部屋に作りそうじゃん。俺が襲撃者ならベッドの下とかクローゼットの中から探すもん。最終的に見つけても、だいぶ時間がかかってるよな。

 夜明け前に起き出して、弛めていた衣服を整える。なにがあるか分からないから、夜着には着替えなかった。スッケスケの裸とたいして変わらない夜着なんか、誰が着るか。

 豹柄のコートはお腹周りがちょっときついけど許容範囲だ。メイフェアに襟巻きをしっかり巻かれる。彼女も衣装部屋から外套を引っ張り出して着ているけど、こっちはゼブラ柄だった。⋯⋯シマウマってこの世界にもいるんだろうか? ちなみにアリスレアサイズなので前は全開だし丈も短い。

 メイフェアが毛布を巻いてベルトで縛ったものを担いだ。

「そこまで寒いか?」

 まだコートの季節には早いんじゃないかと思っていたけど、数分後にこれだけじゃ足りなかったと愕然とする羽目になった。

 隠し通路を抜けて出た先は、物見塔の真下だった。いや、感覚的に城の外じゃないっぽいなぁとは思ってたけど、城門からは遠いな。促されて、物見塔の内階段を登る。お腹が大きくて足元が見えないし、股関節はギシギシいうし、螺旋階段は目が回る。ちくしょう、お腹が張る。

 登りきって物見台に立つ。王都が一望できた。これが女神エレイアの加護が護ってきた風景だ。

 それにしても、ここからどうやって逃げるんだろうと思っていたら、昇った朝日が影を浮かび上がらせた。

 ばさりと音がして、俺と同じ高さに降り立ったふたりの鳥の民フィーリアが恭しく膝をついた。

「麗しき金糸雀カナリア姫、御身おんみに触れるご無礼をお許しください」

 翼が生えてる、そしてデカい。

「お立ちください。こちらが手助けをしてもらう身です。危険なことに巻き込んでしまって申し訳ありません」

 慌てて立ってもらうように促す。立ち上がったふたりはジェムより背が高い上に、大きな翼で嵩がすごい。肩の筋肉とかパッツンパッツンだよ。後で聞いたら鳥の民フィーリアは、背中の翼を支えるため、上半身の筋肉が発達するんだって。

「いいえ、姫のお役に立てるなど、望外の喜びです」

 恭しく言われて、曖昧に微笑む。ピーちゃん、マジで鳥の神様なんだ。

「兄と従兄です。見つかりたくありません。飛びながら話しましょう」

 ⋯⋯だよね。翼を見た瞬間からわかってた。

 お兄さんと従兄さんがヒップバッグから前向き抱っこのスリングみたいなやつを引っ張り出した。メイフェアが背負っていた毛布を解いて俺を覆ってから、テキパキと従兄さんに括り付けられた。

「メイフェアの方が俺より背が高いから、俺がお兄さんにお願いした方が良くない?」

 お兄さんより従兄さんの方が大きい。

「いえ、自分は人間ひととの混血なので、飛力が劣ります。鳥の姫をお連れするなら、最善を取らねば」

 とかなんとかやっていたら、視界の隅に変なものが⋯⋯。

 ぬろっとしたヌタウナギみたいなのが、俺たちが通ってきた脱出口の板の隙間からうぞうぞと這い出しているのが見える。

「メイフェア、あれ!」

「ハイマン殿から出ていた、瘴気のようなものですね。意思があるように見えます。⋯⋯気づかれましたね」

 俺もそう思うよ。

「兄さん、サルーン、は良くないものです。急ぎましょう。サルーン、先に飛んで!」

 俺の支度を優先させたメイフェアは、まだ安全ベルトの装着が終わっていなかった。従兄さんはヌタウナギを目視で確認したのか、わかった、と呟いて物見塔から滑るように飛び降りた。

 ちょっと待ってーーッ‼︎

 せめて掛け声かけてーーッ‼︎

 胃が浮き上がるブワッとした気持ち悪さを感じた後、自分が滑空しているのに気づいた。スカイダイビングの映像って見たことあるかなあ。インストラクターが背後にぴったりくっついて、どわーーって降りてくるやつ。

 驚きすぎて声も出ない。

 従兄さんはしばらく旋回してお兄さんとメイフェアを待った。ふたりは無事にヌタウナギを振り切って塔から身を躍らせる。

 ⋯⋯旋回してるとき、見ちゃったんだよね。

 位置的に王の間の露台バルコニーだと思う。ゲス乳兄弟が、ブリーチズを履いただけの姿⋯⋯つまり半裸で俺たちを見上げているのを。

 かなりの距離があったのに、不思議とはっきり見えた。ゲス乳兄弟は笑っていた。うっそりと底冷えするような、薄気味悪い笑みだった。それに呼応するように、どぷどぷと黒いもやがヤツの身体を覆っていく。違う、溢れ出している。

「⋯⋯アレは人間なのですか?」

 俺の頭の頭の上で、従兄さんが掠れ声で言った。それと同じこと、あなたの従妹に聞かれたよ。

「そのはずだったんだけど、過去形でしか言えないです。イェンに確認してみないと」

 従兄さんとお兄さんが合流すると、ふたりはスピードを上げた。風に乗ってしまうと羽ばたきはほとんどしないようで、揺れはあまりない。でも寒い。鳥の民フィーリアは寒くないんだろうか?

「陸を行くより早いです。二時間も飛べば領を二つ三つ超えますから」

 それはともかく目的地はどこだろう。下を見る余裕はないし、見たところでシュトレーゼン領までの往復しか知らないから、地理は理解できないだろうな。

 空を行きながら従兄さんが名乗りを上げた。サルーンと呼び捨てにするよう言われて、躊躇ったけど、神鳥ピーちゃんされるのは居た堪れないらしい。同じくお兄さんもギジェルと呼び捨てにすることになった。⋯⋯俺の方が居た堪れないが、侯爵継嗣夫人はそこそこ身分は高いから、ピーちゃんがいなくてもそうなったかもしれない。

 寒い。の割に、陽が眩しい。高いところにいるからな。

 どれくらいの時間が経ったか、ちょっと意識が睡魔にパックマンされそうだ。⋯⋯古いな、俺。

 くだらないことばかり、頭の中でグルグルする。アホなこと考えてないと、不安で涙が出てきそうだ。

 なんでもいいから、ジェムに会いたい。

 俺が喋らなくなって心配したのか、サルーンが毛布をポンポンと叩いた。
 
「具合が悪くなったら、すぐに言ってください。すぐに降ります」

「ありがとう」

 心遣いに礼を言う。正直、すでにキツい。 

「⋯⋯早速ですが、お腹がめっちゃ張ってます」

 キュウってしてる。毛布とコートで直接触れないけど、絶対カッチカチ。寒くて身体中が強ばるし、時々スゥッと目の前が暗くなる。

「アリスレア夫人! 聞こえますか⁈」

 風鳴りに混じってメイフェアが叫ぶのが聞こえる。うん、聞こえるよ。

「メイフェア、姫が危険だ。降りよう!」

 ぽけっとしてたらサルーンが焦ったように言った。

 まだ早くない?

 王都からどのくらい離れた? 

 ⋯⋯⋯⋯お腹、痛いな。
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