神の末裔は褥に微睡む。

織緒こん

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闇より昏きもの。

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emergency‼︎

ゲスクズ警報を発令いたします。

気持ち悪いです。キ◯ガイ(放送禁止用語)です。妊娠した方への配慮がありません。不快に思われる方はご自衛ください。

 ⁂ ⁂ ⁂ ⁂ ⁂

 満面の笑みで両手を広げるクズ王は、俺がその腕に飛び込むとでも思っているのだろうか? 馬鹿みたいに口を開けそうになって、強く噛み締めた。

「そんなに辛そうにせずとも良い。僕は怒っていないよ。⋯⋯そうか、怖かったんだな? 将軍に無体をされたか?」

 無体をしたのはテメェだろ。

 くそ、殴りてぇ。そしてその笑顔がウザい。

 ⋯⋯我慢だ。あと三日、我慢だ!

 身体が震える。恐怖じゃない、怒りマックスだからな。顔を隠したくて俯く瞬間、クズ王の背後にゲス乳兄弟を発見した。相変わらず憎しみを込めた目で睨みつけてきやがる。

 ⋯⋯相変わらず? 違うな、以前よりも深い憎悪を感じる。それに押されて思わず一歩下がった。

 なんだ、コイツ? 前よりパワーアップしてんじゃね? 俺のお腹の子はクズ王の子じゃないから、あんたがそんな表情カオする必要なんざ、針穴サイズもないぞ!

「アリスレア様、よくぞお戻りになられました」

 うっそりとした笑みを含んだ声で、ゲス乳兄弟が言った。顔を見たくないから俯いたままだけど、いや~な笑顔なんだろうなぁ。目が笑ってなくて、全然『よくぞ』なんて思ってなさげな表情カオだろう?

「どうした、妃よ。いつまで僕を立たせているんだ? そうか、僕に会えた感激で言葉も出ないんだな!」

「左様でございますね、クシュナ様。お茶の用意をさせましょう。アリスレア様もそうしたがっておられますよ」

「うむ、ハイマン。この間のバターケーキがいい。妃もあれなら喜ぶだろう」

「ええ、もちろんです」

 すぐにお茶の支度が整えられて、出されたカップの中身は普通に紅茶だった。一杯や二杯、紅茶のカフェインを摂取しても赤ちゃんに影響はないだろうけど、妊娠した相手にこんなものを出すなんて配慮がない。

「妃が食べたがっていたバターケーキだ。美味いぞ!」

 いや、そんなこと一言も言ってないけど。むしろあんたが来てから声を出していない。あの頃と変わらない。なにも言わなくてもクズ王とゲス乳兄弟の間では、アリスレアが発言したことになっている。俺の意見はどこにもないのに、俺の希望と言われる意見が叶えられていく。

 そんなバターコッテリのケーキ、妊婦が食べるか⁈ いや、衝動的に食べたくなるときはあるし、どうしても我慢できないときはあるけど、控えるだろ? ⋯⋯これ、前世知識か?

 とにかく、俺は食べたくない。シュリの気遣いが神様級だった。

 背後に控えるメイフェアが、そっと身を乗り出して房で盛られた葡萄を寄せてくれた。これならいけるか。⋯⋯いや、ゲス乳兄弟が手配した食べ物、あんまり食べたくないんだよな。

 イライラしてきたら、お腹が張ってきた。最近、よく張るんだよ。ごめんな、苦しいだろ? ゆっくりさすっていると、クズ王が怪訝な表情カオをした。

「妃よ、今夜渡るつもりだ。それまでに体調を整えておけ。ハイマン、任せたぞ」

 ⋯⋯⋯⋯。

 はぁ⁈

 この大きなお腹が見えないかな⁈ マジでどちゃくそクズだな‼︎ 

「典医が危ない時期は過ぎているし、神の子なら少々のことでは流れまいと言っていたからな」

 神の子だと思っていてその扱いかよ⁈ 

 アリスレアは何も言わずにずっと俯いているのがデフォルトだけど、怒鳴りつけずにいられない! ⋯⋯っつうか、典医は医師免許持ってんのか⁈ エーレィエン、免許制度無いのか? 違うだろう? 崇高なる医師の資格を女ごときに与えたって文句言って、ティシューを侮辱したの聞いたんだからな! 典医の方がよっぽど『ごとき』じゃねぇか‼︎

「⋯⋯っ!」

「アリスレア様」

 ついに口から罵詈雑言が飛び出しかけたとき、肩にそっとメイフェアの手が乗った。

 ⋯⋯っあぶねッ。猫がにげるところだった。

 グッと唇を噛む。小さく首を横に振ると、ゲス乳兄弟が威圧を緩めたのを感じた。

「クシュナ様、アリスレア様は将軍に汚されておいでです。二、三日、ゆっくり身体を磨く時間を差し上げてくださいませ。お優しいクシュナ様ならお待ちになれますでしょう?」

「それもそうだな。僕は優しいんだ、時間をやろう。妃よ、多少の手垢は許してやる。三日経ったら綺麗な身体で楽しませろよ」

「アリスレア様もお喜びですよ」

 ダメだ。

 吐く。悪阻は終わってるけど、吐く。

 コイツらの会話、気持ち悪すぎる。

 ゲス乳兄弟、安定の嫁いびりだな。めっちゃディスってきやがるし、クズ王の頭の中はお花畑だ。唯一の救いはゲス乳兄弟が俺をクズ王に近寄らせまいと画策することだな。それだけは感謝してやる‼︎

「それにしても妃よ、本当によくやった。そなたが神の子を産んだら、そこに女神エレイアを降すことができるぞ」

「⋯⋯どういうこと?」

 しまった、口きいちゃった。恍惚として語るクズ王は気づかなかったけど、思わず顔を上げた俺はゲス乳兄弟と視線を合わせてしまった。

 目の錯覚か?

 黒いもやがゲス乳兄弟からクズ王に向かって揺蕩っている。もやはクズ王をゆったりと包み込み、ねっとりと絡みついている。なんか気持ち悪い。

「知っていたら、あなたを将軍などに渡さなかったものを。隣国から祝いの使者が来て、あなたにユレ神の魂が宿っていると聞いたとき、どれほど悔しく思ったことか」

 そんなん知らんがな。

「かの神はずっとエレイア神を求めておられる。ユレ神の魂の宿主のあなたなら、きっとエレイア神の素晴らしい依代よりしろにおなりですよ」

 エレイア神はユレ神の母御だから、条件は揃うわけか。

「ふふふ、そなたは僕の妃。僕の中にいる神がそなたの中に宿る神と娶合めあうんだ。エーレィエンは神の国になるんだよ」

 ぶっ込んできやがったーーッ‼︎

 暗黒神を呼び寄せたの、お前かーーーーッ‼︎

 クズ王にそんな知恵ないと思ってたから、てっきりゲス乳兄弟だと思ってたのに、まさかのクズ王陛下だった。いや、違うな。負の感情に惹かれて出てくるんだっけ。

 じゃあ、この黒いもやはゲス乳兄弟から出てるイヤな感情だとして⋯⋯それに惹かれてやってきた暗黒神が効率良く餌を確保するために、身近にいたクズ王に取り憑いたのか? ならやっぱり、ゲス乳兄弟なのか。

 頭の中がお花畑の僕ちゃん陛下は、さぞかし取り憑きやすかったことだろう。

「神の国になったエーレィエンは、近隣諸国を随えて、さらに大きくなるだろう。女神の加護に加えて、我が神の加護も受けるのだからな」

 それ破滅への道っすから!

 ゲスの身体から滲み出していたもやが気体から固体に変化していく。ウネウネと黒光りするウナギみたいなのが、ぬるんとクズ王に擦り寄った。

「クシュナ様、そろそろ参りましょう。神が供物を欲しておられるようです」

「そうか?」

「はい」

 ふたりが連れ立って出て行くと、暫く息を詰める。完全に気配が消えるまでそのままでいた。長いような短いような沈黙の後、メイフェアが床に膝をついた。俺も椅子の上でぐたりと脱力する。

「⋯⋯アレは、人間ひとですか?」

「半年前まではそうだった気がするけど、今のはそうだと断言できない」

 メイフェアの掠れた声に投げやりに返事をして、俺は煌びやかなシャンデリアが下がる天井を仰いだ。
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