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不安に揺らぐ。
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アーシーがイケメンの面を涙と鼻水でグチャグチャにしてから一ヶ月、彼は妻と娘にメロメロだったが、俺とレントも娘ちゃん⋯⋯プラムローズに夢中になった。プラムちゃんを通してお腹の子に夢中になったって言うのが正しいか。
赤ちゃんを身近にして実感が湧いたんだ。
早く産まれてきて欲しい気持ちと、少しでも長くお腹に留めて独り占めしておきたい気持ちが混ざり合った。どちらも幸せな気持ちになる。
レントは俺とは違う感情で、少しでも長くお腹に留めておきたい気持ちが強いと言った。
「せめて九ヶ月までは⋯⋯」
不安げに瞳を揺らしている。
レントの赤ちゃんは順調に育っているけど、順調すぎて母体がだいぶヤバい。三歩歩くだけで骨盤が軋むように痛み、股関節に激痛が走るらしい。神子返りは骨格的には男性だから、骨盤が女性より狭いんだよな。ティシューと神殿からやってきた産婆さんの診察では、子宮口も緩んでいるらしい。
「イェンも赤ちゃんを祝福するついでに、レントも祝福してくれりゃよかったのに」
「そんな、恐れ多い!」
ぶつくさ言ったらレントが真っ青になった。
もともとなよやかで細いから、お腹に押し潰されそうだ。肉割れも酷いから、軍務卿に見られて幻滅されないか不安に思っているみたいだ。そんな心配してるの本人だけなんだけどなぁ。あれだけ執着されてそれでも不安って、どれだけ自分に自信がないんだか。
肉割れに関しては、前世の奥さんがお腹にクリームを塗りたくっていたのを思い出して、シュトレーゼンのルシンダさんに便りを出した。魔法で精製した天然オイルの美容液を頼んである。
レントの不安も気にかかるけど、イェンのことも気になっている。この間からレントのことを頼もうと思って、何度か喚んでるんだけど、ちっともやってこない。俺は名前を呼ぶだけでよかったから、ベリーがするような祝詞を唱えるみたいな儀式はしたことない。
「イェンは来ないし、魔獣討伐は長引いてるし、気がかりが多いったら」
前回の討伐は往復も含めて二ヶ月で終わっていたのに、帰還の連絡が来ない。イェンに様子を見に行ってもらおうと思ったのに、いくら呼びかけても現れないんだ。
最近は王城の上に変な雲が立ち込めていて、気味が悪い。心なし、空気も澱んでいる気がする。
イェンは以前、俺の気配が辿れなかったと言った。王城が暗黒神の気配に満ちて、俺の気を覆い隠していたからだとか。あの変な雲も、暗黒神絡みなんだろうか?
「大司祭と巫子長も、あの雲はおかしいって言ってたし」
「私は外には参りませんから、その雲は見たことがありません。そんなに禍々しいのですか?」
失敗した。客間以外は茶話室にしか出向けないレントの不安を煽ったようだ。基本、トイレ以外は自分で歩くことをティシューに禁止されているので、レントは気になっても見に行くことができない。想像ばかりが膨らんで、余計な恐怖を増長している。
話題を変えよう。
「乳母をマーレに頼んで派遣してもらう段取りだろ? 今、ティシューがトーニャと一緒に神殿に迎えに行ってるんだ。お義母様とも何回か面接してるから安心していいよ」
軍務卿のお身内からも推薦があったので、一緒に来てくれるはずだ。いずれレントは侯爵邸を出て、自邸か軍務卿の屋敷に帰るから、乳母は必要だもんね。
ウチの子にだってリリィナひとりじゃダメだろ。プラムちゃんとの時間も必要だし、ひとりでゆっくりする時間だって必要だ。乳母ってお乳が出る人の仕事ってことはさ、確実に産後の女性なんだよ。本当はゆっくりしてなきゃいけない。
そんなわけで、今リリィナは、外気浴のついでにプラムちゃんの顔を見せに来る以外の仕事は禁止している。仕事じゃないだろうって? 仕事って言っておかないと、他に雑用を探しちゃうんだよ、あの働き者!
そんなわけで今日、乳母を務めてくれる女性が四人やってくる。俺たちの臨月まではまだ早いけど、母子で来てもらうから、赤ちゃんが環境に慣れるための時間を設けておかないとね。レントの子が三つ子ちゃんなので、お産が早まるかもしれないし。
「侯爵邸、一気に賑やかになるぞ! 乳母たちの赤ちゃんも合わせると、すごい人数になる。乳児園だな!」
「ふふ、可愛いでしょうね。みんな」
よかった、レントの笑顔が戻った。もともと柔和な顔立ちの美人だから、母性がダダ漏れるとものすごい破壊力だ。前世の娘が言うところの『ママみが出て尊い』ってヤツだろうか?
「ですが、約束のお時間を少し過ぎたようですね」
「赤ちゃん連れだからしょうがないよ。子連れで計画通りに行こうなんて、思う方が間違いなんだから」
「そうなのですか?」
俺が自信満々で断言したら、レントが首を傾げて扉を護っているアーシーに聞いた。リリィナはプラムちゃんのおっぱいタイムで席を外している。
「はい。お屋敷の中でさえ、予定通りに行きません。外出となったらとても大変だと思います!」
熱血ヒーロー属性の熱い男は、情熱的に語った。積極的に育児に参加しているらしい。家族で同じ職場に住み込みで働いてりゃ、そうなるわな。
「では、あまり心配しなくても良いのですね」
「そう言うこと。じゃあ、そろそろレントは休まないとな」
あまり長時間はレントの身体に障る。軍務卿がレントのために置いていった、体格のいい侍従に運ばれて行くのを見送ってから、先ほど小さな合図を送ってきたシュリを呼ぶ。
「気づいてくださってようございました」
「レントにきかせたくないんでしょ?」
「⋯⋯これ以上のご不安は、本格的にお身体に触りますから」
「ヤバいヤツなんだ」
軍務卿になにかあったのか?
「レティシア医師が城に連行されたと知らせが来ました」
「はい⁈」
いつ? どこで? トーニャは無事? 乳母さんたちと赤ちゃんは?
て言うか。
「クズとゲス、どっちだ⁈ マジクソ腹立つ‼︎ いっぺん死んでこいや‼︎」
ティシューの不在は、レントの生命に関わるっつうの‼︎
赤ちゃんを身近にして実感が湧いたんだ。
早く産まれてきて欲しい気持ちと、少しでも長くお腹に留めて独り占めしておきたい気持ちが混ざり合った。どちらも幸せな気持ちになる。
レントは俺とは違う感情で、少しでも長くお腹に留めておきたい気持ちが強いと言った。
「せめて九ヶ月までは⋯⋯」
不安げに瞳を揺らしている。
レントの赤ちゃんは順調に育っているけど、順調すぎて母体がだいぶヤバい。三歩歩くだけで骨盤が軋むように痛み、股関節に激痛が走るらしい。神子返りは骨格的には男性だから、骨盤が女性より狭いんだよな。ティシューと神殿からやってきた産婆さんの診察では、子宮口も緩んでいるらしい。
「イェンも赤ちゃんを祝福するついでに、レントも祝福してくれりゃよかったのに」
「そんな、恐れ多い!」
ぶつくさ言ったらレントが真っ青になった。
もともとなよやかで細いから、お腹に押し潰されそうだ。肉割れも酷いから、軍務卿に見られて幻滅されないか不安に思っているみたいだ。そんな心配してるの本人だけなんだけどなぁ。あれだけ執着されてそれでも不安って、どれだけ自分に自信がないんだか。
肉割れに関しては、前世の奥さんがお腹にクリームを塗りたくっていたのを思い出して、シュトレーゼンのルシンダさんに便りを出した。魔法で精製した天然オイルの美容液を頼んである。
レントの不安も気にかかるけど、イェンのことも気になっている。この間からレントのことを頼もうと思って、何度か喚んでるんだけど、ちっともやってこない。俺は名前を呼ぶだけでよかったから、ベリーがするような祝詞を唱えるみたいな儀式はしたことない。
「イェンは来ないし、魔獣討伐は長引いてるし、気がかりが多いったら」
前回の討伐は往復も含めて二ヶ月で終わっていたのに、帰還の連絡が来ない。イェンに様子を見に行ってもらおうと思ったのに、いくら呼びかけても現れないんだ。
最近は王城の上に変な雲が立ち込めていて、気味が悪い。心なし、空気も澱んでいる気がする。
イェンは以前、俺の気配が辿れなかったと言った。王城が暗黒神の気配に満ちて、俺の気を覆い隠していたからだとか。あの変な雲も、暗黒神絡みなんだろうか?
「大司祭と巫子長も、あの雲はおかしいって言ってたし」
「私は外には参りませんから、その雲は見たことがありません。そんなに禍々しいのですか?」
失敗した。客間以外は茶話室にしか出向けないレントの不安を煽ったようだ。基本、トイレ以外は自分で歩くことをティシューに禁止されているので、レントは気になっても見に行くことができない。想像ばかりが膨らんで、余計な恐怖を増長している。
話題を変えよう。
「乳母をマーレに頼んで派遣してもらう段取りだろ? 今、ティシューがトーニャと一緒に神殿に迎えに行ってるんだ。お義母様とも何回か面接してるから安心していいよ」
軍務卿のお身内からも推薦があったので、一緒に来てくれるはずだ。いずれレントは侯爵邸を出て、自邸か軍務卿の屋敷に帰るから、乳母は必要だもんね。
ウチの子にだってリリィナひとりじゃダメだろ。プラムちゃんとの時間も必要だし、ひとりでゆっくりする時間だって必要だ。乳母ってお乳が出る人の仕事ってことはさ、確実に産後の女性なんだよ。本当はゆっくりしてなきゃいけない。
そんなわけで、今リリィナは、外気浴のついでにプラムちゃんの顔を見せに来る以外の仕事は禁止している。仕事じゃないだろうって? 仕事って言っておかないと、他に雑用を探しちゃうんだよ、あの働き者!
そんなわけで今日、乳母を務めてくれる女性が四人やってくる。俺たちの臨月まではまだ早いけど、母子で来てもらうから、赤ちゃんが環境に慣れるための時間を設けておかないとね。レントの子が三つ子ちゃんなので、お産が早まるかもしれないし。
「侯爵邸、一気に賑やかになるぞ! 乳母たちの赤ちゃんも合わせると、すごい人数になる。乳児園だな!」
「ふふ、可愛いでしょうね。みんな」
よかった、レントの笑顔が戻った。もともと柔和な顔立ちの美人だから、母性がダダ漏れるとものすごい破壊力だ。前世の娘が言うところの『ママみが出て尊い』ってヤツだろうか?
「ですが、約束のお時間を少し過ぎたようですね」
「赤ちゃん連れだからしょうがないよ。子連れで計画通りに行こうなんて、思う方が間違いなんだから」
「そうなのですか?」
俺が自信満々で断言したら、レントが首を傾げて扉を護っているアーシーに聞いた。リリィナはプラムちゃんのおっぱいタイムで席を外している。
「はい。お屋敷の中でさえ、予定通りに行きません。外出となったらとても大変だと思います!」
熱血ヒーロー属性の熱い男は、情熱的に語った。積極的に育児に参加しているらしい。家族で同じ職場に住み込みで働いてりゃ、そうなるわな。
「では、あまり心配しなくても良いのですね」
「そう言うこと。じゃあ、そろそろレントは休まないとな」
あまり長時間はレントの身体に障る。軍務卿がレントのために置いていった、体格のいい侍従に運ばれて行くのを見送ってから、先ほど小さな合図を送ってきたシュリを呼ぶ。
「気づいてくださってようございました」
「レントにきかせたくないんでしょ?」
「⋯⋯これ以上のご不安は、本格的にお身体に触りますから」
「ヤバいヤツなんだ」
軍務卿になにかあったのか?
「レティシア医師が城に連行されたと知らせが来ました」
「はい⁈」
いつ? どこで? トーニャは無事? 乳母さんたちと赤ちゃんは?
て言うか。
「クズとゲス、どっちだ⁈ マジクソ腹立つ‼︎ いっぺん死んでこいや‼︎」
ティシューの不在は、レントの生命に関わるっつうの‼︎
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