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帰省の終わりに。
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ジェムは本当に自分で花を摘もうとして、シュリに全力で止められていた。
「若様、草木と言うものは、繊細です。素人が勝手に刈り取って、枯れでもしたらどういたします。これほど美しい庭を丹精なさった庭師にも失礼です」
そんなやり取りを経て、俺たちが選んで庭師が摘んだ花を持って墓参りをして、その後の三日間、昼間は父上と静かに過ごした。運動もしたかったけれど、人間の身には過ぎる劇薬を摂取した俺を、父上がひどく心配してベッドに閉じ込めようとしたので、なんとか敷地内の散歩だけはもぎ取った次第だ。
三日の間、爺やとシュリは王都に帰還するための旅の支度を細々進め、ジェムは俺を父上に譲って護衛たちとシュトレーゼン領内の視察をしていた。難民が押し寄せることになったとき、受け入れるための土地や設備をどうするべきか、宰相と内務大臣とも連携を取らなくちゃならないから、その下見だって。案内はベリーのパパのノーマさんだ。
ジェムの視察は半分建前だってわかってる。王妃だったころと違って、父上が王都に上ったときは自由に俺に会えるようにしてくれるとはいえ、しばらくのお別れだ。少しでも一緒に居られるようにとの、ジェムの優しさだった。
ちょっと寂し⋯⋯いや、なんでもない。
二日目の夕方、散策から帰ってきたジェムが妖精を拾ってきた。違った、案内してきた。
「やあ、アリス。大きくなったなぁ。お爺ちゃんのところにおいで」
そう言って両手を広げた妖精は、お爺ちゃんにはとても見えない美しい青年で、ジェムよりも年下に見える。人間よりも長寿の種族で、こう見えて結構な長生きだ。母上は人間だけども彼の養い子だったので、この妖精はアリスレアを孫と呼んで憚らない。
「これはこれは、緑の君。ようこそおいでくださいました」
「義父と呼べ、と何度言ったらいいのかな? お前は私の娘の婿だ。水くさい」
無理だと思う。俺もじーちゃんって呼べないわ。こんなキラキラしい生き物。
「さて、私が放浪を切り上げてここにやって来たのは、イェンに頼まれたからだ。ノーマとルシンダ、狼の民と共に、シュトレーゼンを守らねばならん。この地はユレとシュトレーゼンの約束の地というだけでなく、大地の気脈の要でもある。難民に荒らされては困るのでな」
緑の君は色々ぶっ込んで来た。
ジェムは館までの道すがらある程度の話は終えていたのか、領主と妖精の会話に割り込むことはなかった。
「土のと火のにも心話で呼びかけたから、じきに来るだろう。時が来るまでに、煉瓦を焼いて仮設の住宅でも作っておこう」
煉瓦積みの住宅は、もはや仮設じゃないと思う。
近い将来シュトレーゼンに押し寄せるだろう難民対策は、父上と緑の君に任せておいて大丈夫そうだ。
いよいよ王都に出立する前日、父上は俺とジェムを呼んだ。
わざわざふたり揃って呼ばれたのは、アリスレアの元婚約者のことを話すためだった。第三者に悪様に噂を聞くよりは、父上から話しておきたかったと言われれば、そうかと納得した。
正直言って色々ありすぎて、申し訳ないけどすっかり過去の人だった。少なくともおっさんにとっては。
アリスレアが兄様と呼んで慕った人が、妻を迎えたことは知っている。ゲス乳兄弟がアリスレアの絶望する表情見たさに、声高に教えてくれたからな。
お相手は女官だそうだ。⋯⋯アリスレアが無体をされたとき、クズ王を諌めて花瓶を叩きつけられた、あの女性。顔に傷を負ったことで婚約者に破談にされて、不憫に思った陛下のお声がかりでちょうど婚約者のいない兄様との縁が結ばれたのだそうだ。
ふざけてんな、あのクズ野郎。
父上と隣領の当主は仲良しで、こんなことになっても関係は拗れずにたまに酒を酌み交わす仲なんだけど、お嫁にきた女官さんが本当にいい人で泣けてくるとかなんとか。
夫を立て、舅を立て、姑に素直に教えを乞うて、領民に尽くしながら、幼いアリスレアを守れなかった後悔に苛まれているらしい。そして自分が妻の座に納まったことを酷く恥じている。わざわざ隣領の領主がアリスレアの父親である父上の耳にも入れちゃうくらい、思い詰めているんだって。
父上はジェムに頭を下げた。妻の昔の婚約者の話など、気持ちの良いものではないと。
そうして俺は、兄様と奥様に会いたいと思った。
その夜、寝支度を済ませてベッドに潜り込むと、早速ジェムにねだった。明日出立したら、ちょっとだけコースを変えて、隣領に立ち寄ってもらえないだろうか。
「お願いだ、ジェム。俺を庇って怪我をした勇気ある女性に感謝の言葉を伝えたい。兄様に会って結婚のお祝いを伝えて、ジェムを紹介して、それで⋯⋯初恋にもならなかった想いを終わりにしたいんだ」
アリスレアは恋に恋していた。今ならわかる。兄様は優しい兄様と言う存在で、ひとりの男性ではなかった。咄嗟に名前も出てこないんだ。おっさんにとっては過去の人だけど、アリスレアとしても、区切りをつけておきたかった。
隣領の領主が父上に泣きつくくらいだ。兄様は奥様を愛してるんだろう。だから俺が区切りをつけに行くことで、奥様の憂いが晴れたらいい。
「それで、あのさ。子どもの恋を、全部、過去にできたらさ⋯⋯ジェムと、大人の恋を始めたいんだ」
「アリス⋯⋯」
ジェムが大きくため息をついた。
「隣領に寄るのはなんの問題もない」
「じゃあ、なにがため息案件?」
もそもそとジェムに擦り寄る。筋肉の発する熱量はぬくぬくと温かい。ちょっと恥ずかしいけど、この温もりは手放せないな。
「そう言うところだ。(これだけ誘惑しておいて、まだその気ではないのだろう?)」
「口の中でゴニョゴニョ言うなよ。最後きこえないぞ」
「聞かれたくないからな」
「なんだよ、それ! もう、しょうがないなぁ。明日は早いから寝ような」
母上の墓参りも済ませた。シュトレーゼン領は父上と緑の君がいれば問題ない。あとは過去に決別するだけだ。
目を閉じるとすぐに眠りがやってくる。あったかくて幸せだ。あ、おやすみのチュウ忘れた⋯⋯。
「若様、草木と言うものは、繊細です。素人が勝手に刈り取って、枯れでもしたらどういたします。これほど美しい庭を丹精なさった庭師にも失礼です」
そんなやり取りを経て、俺たちが選んで庭師が摘んだ花を持って墓参りをして、その後の三日間、昼間は父上と静かに過ごした。運動もしたかったけれど、人間の身には過ぎる劇薬を摂取した俺を、父上がひどく心配してベッドに閉じ込めようとしたので、なんとか敷地内の散歩だけはもぎ取った次第だ。
三日の間、爺やとシュリは王都に帰還するための旅の支度を細々進め、ジェムは俺を父上に譲って護衛たちとシュトレーゼン領内の視察をしていた。難民が押し寄せることになったとき、受け入れるための土地や設備をどうするべきか、宰相と内務大臣とも連携を取らなくちゃならないから、その下見だって。案内はベリーのパパのノーマさんだ。
ジェムの視察は半分建前だってわかってる。王妃だったころと違って、父上が王都に上ったときは自由に俺に会えるようにしてくれるとはいえ、しばらくのお別れだ。少しでも一緒に居られるようにとの、ジェムの優しさだった。
ちょっと寂し⋯⋯いや、なんでもない。
二日目の夕方、散策から帰ってきたジェムが妖精を拾ってきた。違った、案内してきた。
「やあ、アリス。大きくなったなぁ。お爺ちゃんのところにおいで」
そう言って両手を広げた妖精は、お爺ちゃんにはとても見えない美しい青年で、ジェムよりも年下に見える。人間よりも長寿の種族で、こう見えて結構な長生きだ。母上は人間だけども彼の養い子だったので、この妖精はアリスレアを孫と呼んで憚らない。
「これはこれは、緑の君。ようこそおいでくださいました」
「義父と呼べ、と何度言ったらいいのかな? お前は私の娘の婿だ。水くさい」
無理だと思う。俺もじーちゃんって呼べないわ。こんなキラキラしい生き物。
「さて、私が放浪を切り上げてここにやって来たのは、イェンに頼まれたからだ。ノーマとルシンダ、狼の民と共に、シュトレーゼンを守らねばならん。この地はユレとシュトレーゼンの約束の地というだけでなく、大地の気脈の要でもある。難民に荒らされては困るのでな」
緑の君は色々ぶっ込んで来た。
ジェムは館までの道すがらある程度の話は終えていたのか、領主と妖精の会話に割り込むことはなかった。
「土のと火のにも心話で呼びかけたから、じきに来るだろう。時が来るまでに、煉瓦を焼いて仮設の住宅でも作っておこう」
煉瓦積みの住宅は、もはや仮設じゃないと思う。
近い将来シュトレーゼンに押し寄せるだろう難民対策は、父上と緑の君に任せておいて大丈夫そうだ。
いよいよ王都に出立する前日、父上は俺とジェムを呼んだ。
わざわざふたり揃って呼ばれたのは、アリスレアの元婚約者のことを話すためだった。第三者に悪様に噂を聞くよりは、父上から話しておきたかったと言われれば、そうかと納得した。
正直言って色々ありすぎて、申し訳ないけどすっかり過去の人だった。少なくともおっさんにとっては。
アリスレアが兄様と呼んで慕った人が、妻を迎えたことは知っている。ゲス乳兄弟がアリスレアの絶望する表情見たさに、声高に教えてくれたからな。
お相手は女官だそうだ。⋯⋯アリスレアが無体をされたとき、クズ王を諌めて花瓶を叩きつけられた、あの女性。顔に傷を負ったことで婚約者に破談にされて、不憫に思った陛下のお声がかりでちょうど婚約者のいない兄様との縁が結ばれたのだそうだ。
ふざけてんな、あのクズ野郎。
父上と隣領の当主は仲良しで、こんなことになっても関係は拗れずにたまに酒を酌み交わす仲なんだけど、お嫁にきた女官さんが本当にいい人で泣けてくるとかなんとか。
夫を立て、舅を立て、姑に素直に教えを乞うて、領民に尽くしながら、幼いアリスレアを守れなかった後悔に苛まれているらしい。そして自分が妻の座に納まったことを酷く恥じている。わざわざ隣領の領主がアリスレアの父親である父上の耳にも入れちゃうくらい、思い詰めているんだって。
父上はジェムに頭を下げた。妻の昔の婚約者の話など、気持ちの良いものではないと。
そうして俺は、兄様と奥様に会いたいと思った。
その夜、寝支度を済ませてベッドに潜り込むと、早速ジェムにねだった。明日出立したら、ちょっとだけコースを変えて、隣領に立ち寄ってもらえないだろうか。
「お願いだ、ジェム。俺を庇って怪我をした勇気ある女性に感謝の言葉を伝えたい。兄様に会って結婚のお祝いを伝えて、ジェムを紹介して、それで⋯⋯初恋にもならなかった想いを終わりにしたいんだ」
アリスレアは恋に恋していた。今ならわかる。兄様は優しい兄様と言う存在で、ひとりの男性ではなかった。咄嗟に名前も出てこないんだ。おっさんにとっては過去の人だけど、アリスレアとしても、区切りをつけておきたかった。
隣領の領主が父上に泣きつくくらいだ。兄様は奥様を愛してるんだろう。だから俺が区切りをつけに行くことで、奥様の憂いが晴れたらいい。
「それで、あのさ。子どもの恋を、全部、過去にできたらさ⋯⋯ジェムと、大人の恋を始めたいんだ」
「アリス⋯⋯」
ジェムが大きくため息をついた。
「隣領に寄るのはなんの問題もない」
「じゃあ、なにがため息案件?」
もそもそとジェムに擦り寄る。筋肉の発する熱量はぬくぬくと温かい。ちょっと恥ずかしいけど、この温もりは手放せないな。
「そう言うところだ。(これだけ誘惑しておいて、まだその気ではないのだろう?)」
「口の中でゴニョゴニョ言うなよ。最後きこえないぞ」
「聞かれたくないからな」
「なんだよ、それ! もう、しょうがないなぁ。明日は早いから寝ような」
母上の墓参りも済ませた。シュトレーゼン領は父上と緑の君がいれば問題ない。あとは過去に決別するだけだ。
目を閉じるとすぐに眠りがやってくる。あったかくて幸せだ。あ、おやすみのチュウ忘れた⋯⋯。
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