神の末裔は褥に微睡む。

織緒こん

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温もりに縋る。

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 広いベッドの上で横になりもせず、きつく自分の身体を抱きしめていた俺は、戻ってきたジェムの姿を見るなり縋りつこうと手を伸ばした。ベッドから転げ落ちそうになって、すんでのところでジェムに抱き止められる。

「なにがあった? 悪夢にうなされたと言うが、この脅えよう、それだけではあるまい」

 背中に回された力強い腕に安心して、ようやく震えが収まる。

「夢は、夢なんだけど」

 ベッドに乗り上げるように俺を抱きしめているジェムの胸におでこを押しつけて、グリグリと擦り付ける。デコッパチがひりついたけど、そんなもの気にしない。

「魂を共有している面子メンツの中に、ユレがいる⋯⋯」

「ユレ⋯⋯シュトレーゼン伯爵家の祖、女神の末子すえご。双子の弟神のユレで間違いないか?」

「この身体を『僕の末裔すえ』って言った」

「⋯⋯ならば、ユレ神だ」

 姉神イェンがアリスレアを可愛がった理由に納得する。自分の弟そのものだからだ。

「ユレ神と魂の影で話したのか?」

「話したっていうか、一方的なお告げみたいなのがあったんだ。母様が危ないって姉様に伝えてって」

 ジェムの身体が強張った。

「母様とは、ユレ神にとっての母神ということか。すなわち女神エレイアに危機が迫っているということだな」

 王家が持つ女神の加護がどうとかいう以前に、クズ王を廃するとかどうでもいいのかもしれない。女神の御身になにかあれば、加護なんてあってもなくても一緒だ。

「イェン⋯⋯イェンに会わなきゃ」

 会ったこともない女神様の危機に、訳もわからず恐怖が湧き起こる。魂の底の底が重く冷えて、鳩尾が苦しい。

「会えるあてがあるのか?」

「⋯⋯湖」

 ユレとイェンが初めに降り立った場所だ。そこでユレはひとりの青年に出会って恋に落ちた。ユレが青年と同じ寿命ときを生きるために人間ひとに転身すると、イェンは可愛い弟が亡くなるまで、この大地にとどまった。

 その場所で、アリスレアは度々イェンと会った。アリスレアだけじゃない、ユレが愛したシュトレーゼンの領民は皆、イェンのめぐし子だ。それでもアリスレアが一番のお気に入りだったのは、アリスレアの中にユレが眠っていたからだったんだな。

「湖に行けば、俺なら会える。他のひとはイェンの気まぐれ⋯⋯偶然に頼るしかないけど、アリスなら呼べる」

 どこの場所でもいいわけじゃない。あの湖じゃなけりゃ駄目だ。

「行きたい」

「もう夕暮れだ。明日にしよう」

「もともとイェンに会いに、シュトレーゼンまで来たんだ。ジェム、お願いだ。行かせて」

「落ち着くんだ。食事をして、ゆっくり睡眠をとって、体調を整えてからだ。その顔色では許可できない」

 俺が感じている恐怖は、多分俺のじゃない。ユレが恐れている。神様レベルで感じる恐怖って、俺の情けない例えで言ったら、ノストラダムスの大予言みたいなものだろう? 恐怖の大王が降ってくるんだ。あっちの世界じゃ何事も起こらなかったけど、神々の息吹を感じる原初に近いこの世界なら、なにが起きても不思議じゃない。

「でも⋯⋯」

「姉神イェンに拝謁が叶ったとても、今すぐに何かができるわけもない。ことはエーレィエンの中で片がつくのか、大陸そのものを巻き込んでいるのかで、話も変わってくるだろう。いずれにせよ、アリスひとりが背負うものではない」

 ジェムは抱きしめた腕を緩めてくれない。絶対に部屋から出さないつもりかもしれない。

「魔獣の過剰繁殖や天候の不純など、クシュナ陛下に対する女神の加護が薄れたのではないのかもな。女神の力そのものが及ばなくなっている可能性もある。マスクスに言って、諸外国に使者を立てるべきかもしれない」

 それもそうか⋯⋯。魔獣に関してはジェムや軍務卿の管轄だし、外交は正しく外務卿の仕事だ。

「いずれにせよ、王都に戻ってからだ。お父上には挨拶に来て早々失礼つかまつるが、せめて少しだけでも、あなたとの時間を持ってもらいたい。そのかわり、王都への復路は多少無理をすることにしよう頑張れるか?」

 頑張る!

 もう一度おでこをジェムの胸に擦り付けてから、そっと身体を離す。俺が落ち着いたのが伝わったのか、拘束はすぐに解かれた。

「ごめん、ジェム。ちょっと取り乱した」

 もう一度腕に抱き込まれる。

「お母上の墓前にも挨拶がしたい。そのくらいの時間は、私にくれないか?」

 ーーーーッ!

 なんだ、コレ⁈

 突然胸がキュウッとなって、冷えていた手足に血が通った。

 もちろん母上の墓参りは行くつもりだった。盆暮正月を大事にする田舎者には、それを外すなんてことは言語道断だ。庭の花を摘んで馬でダッシュで行って帰ってくるつもりだったのに、ジェムがそんなことを言うなんて。

「夕食後、お父上にあなたを攫っていくことを許していただく予定だった。その時に、墓前をおとないたいと願おうと思っていたのだが⋯⋯」

 攫っていくもなにも、俺はもう書類上は妻だ。爵位もヴィッツ家の方が上だから、お伺いを立てなくても許されるのに。

 家族を大事にしてくれるのが嬉しい。

 おずおずと腕を伸ばして、ジェムの背中に回した。胴に厚みがありすぎて腕が回り切らなかった。俺の身体は貧相で、吹けば飛ぶようだ。でもこの逞しい男が守ってくれる⋯⋯⋯⋯マズイ、俺の思考が乙女オジサンになってきた。

 それでもしばらくの間でいいから、この温もりから得られる安心感に包まれていたかった。
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