神の末裔は褥に微睡む。

織緒こん

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 俺の里帰りには外務卿が同行することになった。ジェムの友人だしトーニャに求婚してるし(いつのまに⁈)一緒にいて一番違和感がないから。本当の選出理由は、外交で培った話術で情報を集めるためだ。現在重要な外交問題を抱えてないのも大きい。国内の問題のほうがでかいもんな。

 トーニャは最初は同行したがったけど、外務卿が一緒ならと辞退した。男性が怖いとか諸々の理由もあるんだろうけど、未婚なのでトーニャの付き添い役シャペロンが必要になるからだ。置いていくけどお義母様がいるから心配ない。

 里帰りに当たって、俺はティシューの診察を受けた。

 し、し、し、下も全部触診された、恥ずかしくて泣きそう。 ⋯⋯前世の奥さん、あの羞恥に耐えてふたりも子どもを産んでくれてありがとう。

 命に関わる疾患はない。胃が荒れてるのと少し血が薄いらしいけど食事で改善が見込める範囲だって。恐らく以前はもっと悪かったろうって。クズ王から解放されて食事の量が増えて、上向きになってるんじゃないかってティシューが言った。

 で、下だよ。下。

 男の象徴とオタマちゃんは神子返り特有のサイズで⋯⋯つまりささやかなのがデフォルト。切ない。

 いいんだ、可憐なアリスレアにご立派なのが付いていても違和感しかないから、泣かない!

 胎の中は後ろから指を挿れて外から腹を押された。何を診ているのか逐一説明してくれるから不安はなかったけど、恥ずかしいのだけはどうしようもない。子宮の大きさの確認だって。

 アリスレアの子宮は十二~三歳程度の大きさしかなかった。全体的に硬く強張って収縮した状態なんだそうだ。強張りが取れたら年齢相応に成熟するはずだけど、機能が正常に戻るかは運だって。

 原因は言わずもがな、ゲス乳兄弟に飲まされた薬湯だ。いや、もう毒薬って言っていいんじゃね?

 ティシューは毒流しの煎じ薬を三ヶ月分積み上げると、リリィナの側を長時間離れたくないと言って、慌ただしく城に戻って行った。

 ジェムとお義父様は納采の品を集めるのに必死になっていた。納采の品⋯⋯要するに結納の贈り物だな。クズ王の思いつきで婚約期間もなく結婚した俺たちは、結婚式もしていない。

 色々ありすぎて、俺も父上のことすっかり忘れてたし。酷い息子でごめんよ。アリスレア本人なら真っ先に領地に帰りたがったんだろうけど、いまいちシュトレーゼンに対する望郷の感情が薄い。おっさんの意識が強いせいだろう。⋯⋯牛丼チェーン店のほうが恋しいのは、流石に口に出してはいけないと思う。

 お義母様も張り切って、俺の旅装を整えてくれた。シンプルなチュニックと細身のパンツルックは、楽を追求した仕様だ。助かります、お義母様。

 ジェムは馬車は窮屈そうだったけど、将軍としてではなく、侯爵家の継嗣としてシュトレーゼンを訪ねるのでおとなしくしている。いや、馬車のなかは広いよ。でも馬上の開放感とは比べようもないだろう。

 侯爵家の馬はいい馬だ。途中の駅(馬の替え所)で置いていきたくはないってことで、馬の体力温存のため、ゆっくり進む。馬のための休憩もたっぷりとる予定で、シュトレーゼン領にたどり着くのは王都を出て実に十日後になると言う。

 外務卿が巧みな話術で盛り上げてくれたので、道中退屈することはなかったけど、七日目の夜、事件は起こった。

 いわゆる野盗という方々から、熱烈歓迎を受けてしまったのだな。

 位置的にはシュトレーゼン領とアリスレアが嫁すはずだった隣領、あとふたつ別の領地がごちゃっとなってるあたりにある森。

 ほら日本にだってあるだろ? 県境や市町村の外れの、どこの警察署からも絶妙に遠い地域。しかも一歩踏み越えると管轄が変わってややこしくなるヤツ。

 野営のための天幕から少し離れた場所で、用足しを済ませた俺は、薄汚れたおっさんと遭遇した。斥候かなんかだったらしく、ひとりで天幕の方を伺ってたんだよ。見るからに怪しい後ろ姿だったんで、やり過ごそうと息を潜めてしゃがみ込んでたんだけど⋯⋯後ろから肩をポンっとね。

 驚いたのなんの、もうひとりいやがった。

「こりゃすげぇ別嬪さんだ。売ればいい値がつきそうだが、その前に味見でもするか」

 振り向いた俺の顔を見て、わかりやすくゲスい悪党の台詞を吐きやがった。最初に俺が見つけた男もこっちに気づいて近づいてくる。合流されたら厄介だ。

 まずは見た目で油断してくれよ。この可憐な容姿は武器になる。

 ジェムと似たような体格だけど、むさ苦しさは百万倍だな。見上げると相手が一瞬怯んだ。俺だって鏡で見るたび驚くんだ。初見の野盗が見惚れてもしょうがない。

「ハッ‼︎」

 気合一発、腰を落として伸び上がり、鳩尾に頭突きをかます。よろめいたところで脚を引っ掛けて草むらに転がした。

 あとは⋯⋯。

 逃げる!

 二発目はない。俺の実力じゃ不意打ちの一発勝負だ。捕まったらおしまいだ。

 俺は無手だし、相手の腰には抜き身の剣が下がってた。月明かりで見ても手入れが行き届いていない、刃こぼれだらけの剣だ。あんなので斬りつけられたら感染症でお陀仏だ!

 天幕の方に行きたいけど、最初のおっさんが邪魔だ。夜の森で彷徨う愚挙は犯さない。夜の森で木登りする暴挙には出たけど。

 三年の奥宮生活ですっかり薄くなった手のひらの皮膚に、ささくれが刺さる。夜闇の中、手探りで払った木の枝が反動で跳ね返って、頬を打った。それでも子どものころの感覚を覚えていた身体は、難なく枝葉の覆い被さる高さまで登り切った。あとはじっとかくれんぼだ。

 天幕のほうから剣戟が聞こえる。さっきのおっさんたちの仲間が襲撃しているのかもしれない。残念だったな、相手は国軍の将軍様だぜ。外務卿の腕は如何程か知らないが、侯爵家お抱えの護衛は騎士並みだ。

 思った通りすぐに静かになって、しばらくして俺を探すジェムの声が聞こえた。その途端、全身の力が抜けた。

「アリス! どこだ⁈ 返事ができるか、アリス‼︎」

 勝手に涙が出る。怖かったんだ、俺?

「ここ⋯⋯木の上⋯⋯⋯⋯」

「アリス⋯⋯! よかった!」

 よくない! 暗い上に涙で前が見えなくて降りられない。おっさんが子どもみたいに泣くなんて、恥ずかしすぎる。その上腰まで抜けたみたいで、身動きができなくなった。

 結局ジェムに抱き下ろしてもらって、そのまましがみついて泣いてしまった。

 気がついたら朝だった。

 あれ?
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