神の末裔は褥に微睡む。

織緒こん

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手折られた花枝。

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 内務卿の姪御さんは内務卿に似ていなかった。当たり前だ、奥方の姪御さんだから。

 奥宮への入宮許可証を提げた三十歳ちょいくらいの女性は、不機嫌そうに立っていた。クズ王が大嫌いなので招聘をめちゃくちゃ嫌がっているんだそうだ。

「クズ王のことは嫌いでもいいけどさ、愛妾は誘拐の被害者かもしれないから助けてくれないかな」

「それはどう言うことかしら?」

 掻い摘んで理由を話すと、レティシアという名の女医は『ティシューと呼んで』と微笑んだ。内務卿の身内だけあって、話が早い。

 なおも渋るジェムを振り払うのに難儀していると、ティシューはジェムに向かって俺の健康診断を請け負うから、ここは譲れと言った。変な薬を飲まされ続けたアリスレアの身体は、一度きちんと診察したほうがいいと言いくるめて、ジェムの首を縦に降らせたのだ。

 すげぇな、キャリアウーマン。

 医者の小姓に見えるように身成を整えて、医療器具の入った大きな鞄を持つ。女官に案内されてふたりで奥宮に潜入したけど、やっぱりドレスじゃないからか気付かれなかった。新入りの女官や侍女、まさかアリスレアを女の子だと思ってないだろうな。

 二ヶ月前まで住んでいた場所だ。案内されるフリをして、周りの様子をさぐる。別に変わったところはない。

 辿り着いたのは、側室のための部屋だった。流石に王妃の間ではないけれど、愛妾が入るには過分な部屋だった。慣例を無視して好き放題やってやがるな、クズ王め。奥の間になるほど掻っ攫いにくいんだけどな。

 美しい調度は代々のもので、恐らくクズ王の趣味ではない。ソファーにぐったりと臥した女性は、段々重ねのふりふりドレスを着ていて、あれこそがクズ王の壊滅的な美的センスの真骨頂だ。

「なんてこと!」

 ティシューが小さく叫んで駆け寄った。ドレスの背中のボタンを引きちぎらんばかりに、上半身を寛げて行く。

「待って、ティシュー! 俺がいるんだけど‼︎」

 可憐なアリスレアの見た目に騙されるな! 中身はおっさんだ! 妙齢の女性を剥くんじゃない!

「妊娠初期の女性に、こんなにキツく締め付けるドレスを着せるなんてなにを考えているのかしら!」

 そうだった、俺がどうこうよりガヴァナ夫人の体調が大事だ。案内役の女官にガウンを用意させると、はだけた背中を見ないようにして上半身を覆った。

 ガヴァナ夫人はソファーの上で、俺たちから距離を取るように身動ぎをした。

「リリィナ・ガヴァナ夫人、アーシーさんの奥さんだよね?」

 青褪めた顔が上げられて、俺を見た。まだ警戒の色が濃い。

「俺はアーシーさんの上司のヴィッツ将軍の妻だ。あなたがガヴァナ夫人だとしたら、旦那さんが探している。助けに来たよ」

 見る間に瞳が潤んで、ぽろりと雫が落ちた。

「リリィナ・ガヴァナ夫人?」

 もう一度尋ねると、今度は素直に頷いた。ヴィッツ将軍⋯⋯ジェムの名前は、信頼を得るのにもってこいの武器だ。

 ガヴァナ夫人が安心したところで、ティシューが簡単に問診して脈を測ったり浮腫を調べたりし始めた。変なものを飲まされなかったかと問われて、こっそり捨てたと返答されたので、ティシューとふたり、深い安堵の息をもらした。

「初めに診てくれたジュゼッタお婆さんが、普通の人には身体にいいものでも妊婦には危険なものがあるから、変なものは飲み食いするなって」

 ガヴァナ家の近所に住む産婆さん、ナイスだ!

 それにしてもあのサイコヤンデレ乳兄弟、やっぱり変なもの用意しやがったか。

「夕べの分は、こっちの砂糖壺シュガーポットに移し替えてあります」

 飲んだふりして空の砂糖壺に移し替えて、人がいなくなってからハンカチに吸わせて捨てたり、悪阻で吐き戻してしまったときに吐瀉物の入った洗面器に捨てたりしたらしい。頭も良くて度胸がある。こんな状況で、ましてや悪阻で体調が悪いなかで、パニック起こさないでよく頑張った!

「成分を調べたいから、これは回収しましょう」

 ティシューは砂糖壺の中身が溢れないよう、包帯でぐるぐるに巻いて蓋を固定した。パッキンもテープもないからこれが精一杯だ。

「これからあなたを救出する計画をたてるよ。必ず旦那さんの元に帰してあげるから、気をしっかり持って」

「⋯⋯嫌。もう、帰れない。だって私、汚れちゃったもの」

 ガヴァナ夫人は俯いた。

 ⋯⋯だよなぁ。あのクズ王、ガヴァナ夫人のお胎にいるのが自分の子だって思ってるってことは、手ぇ出してるってことだもんな。

「気持ち悪かった。怖かった。アーシーじゃない人にあんなことされるの、死ぬほど嫌だったの。でも私が死んだら、赤ちゃんはどうなるの⋯⋯?」

「ガヴァナ夫人⋯⋯リリィナって呼んでいい?」

 ティシューに目配せをして場所を譲ってもらうと、ガヴァナ夫人の臥すソファーの前に膝をついた。手を取って温めるように擦る。冷え切った指先が痛々しかった。

 俺の問いかけに夫人がコクリと頷いたので、リリィナと呼ぶことにする。

「俺はアリスレア。アリスと呼んで」

 リリィナはもう一度頷いた。

「頑張ったね。騒いだり抵抗したりしたら、赤ちゃんが死んじゃうと思ったんだろう? リリィナは魔獣に齧られただけだ。魔獣から赤ちゃんを守ったなんて凄いな。立派な強いお母さんだ」

「お母さん? こんなに汚れても、お母さんでいていいの?」

「魔獣に齧られて、ちょっと怪我しただけだ。どこも汚れていないよ」

 そうさ、リリィナもアリスレアも汚れてなんかいない。クズ王なんて人間ひとにカウントするのも腹立たしい。魔獣扱いで充分だ!

「うちの旦那がね、アーシーさんのこと『いい弓使いだ』って褒めてたよ。今回の魔獣討伐で大活躍したんだろうね。大丈夫、魔獣クズ王はアーシーさんとうちの旦那が退治してくれるよ」

 嘘は言ってない。誇張はしてるけど。そのための下準備は、宰相と五卿が着々と整えているらしいからな。そのうち王家転覆だ!

「ホントに? アーシー、私のこと汚いって思わない?」

「そんなこと言われたら、俺が正拳突き教えてあげるから、一発殴ってリリィナから捨てちゃいなよ」

 アーシーさんに会ったことないから、そんなことない⋯⋯って言い切れない。代わりに拳を構えてエアパンチを披露した。リリィナはようやく、微かにだけど微笑んだ。
 
 
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