神の末裔は褥に微睡む。

織緒こん

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心の傷は目に見えぬ。

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 共に生活するようになってジェムと色々な話をした。最初にお茶を飲んだとき、口説く宣言をされたけれど、有言実行野郎だった。おっさんを口説いてなにが楽しんだか⋯⋯。

 度々お義母様と一緒に奉仕活動に出かけるが、だいたいエスコートに着いてくる。お義母様は嬉々として重い荷物を持たせるけど、従僕が仕事を取られて眉毛が八の字になっていた。頑張れ、従僕君!

 今日は朝から大忙しでお義母様やトーニャと孤児院に出かける準備をしている。玄関には沢山のバスケットが並び、小間使いたちが忙しそうにしていた。

「これはなんの騒ぎだい? いつもの孤児院に行くんだとばっかり思っていたよ」

「もちろん孤児院だよ。今日は子供たちとピクニックに行くんだ」

 打ち解けて、気安い口調で言葉を交わしたら、指先にキスされた。礼儀正しく夜は別々にやすむが、挨拶のキスは習慣になった⋯⋯頬や唇じゃないだけよしとしよう。

「ピクニックって、まさか本当にするのか?」

 食事会の時になし崩しに話が進んでいった計画。お義母様が言うように、魔物討伐隊を借り出すことは不可能だし、実質軍務の次席たるジェムに話は行ってないだろう?

「あぁ、だからうちで弁当を用意するのか」

 小間使いが屋敷の奥から運び出してくるバスケットを、従僕がせっせと馬車に積み込んでいる。孤児院で用意出来るはずもないし、言い出しっぺは侯爵夫人なのだから当然だ。

 「子供たちもとても楽しみにしてくれているんだ。この前慰問した時に伝えたら、今日の分の作業は出来るだけ前の日にしておくんだって、大騒ぎだったんだよ。辺境から討伐隊が連れてきた新入りちゃんたちの交流も兼ねるつもりだったんだけど、もう一緒になって大騒ぎしてた」

 なにか行事非日常があると会話も弾むだろう。はしゃぐ子どもたちを思い出して口元が緩むのが止められなかった。

「子供が十五人もいると俺たちだけでは引率が難しくて。内務卿が有志を募ってくれてるんだ」

「内務卿が?」

「非番の方々のうち、子供と遊んでやっても良いという方に声がけしてもらったんだ」

「外務や軍務からも希望が出ましたよ」

 家令に案内されてやって来た、外務卿シャッペン伯爵マスクスは、俺の言葉を攫った。朝から色気を滴らせて、妙に目の毒だ。外務卿の色を含んだ眼差しには頓着せず、礼儀正しく挨拶をした。

「おはようございます、外務卿さま。今日はせっかくのお休みにお付き合いいただいて、ありがとうございます」

「いいえ、私も楽しみにしておりましたよ」

「おい、私は初耳だったのに、なぜマスクスが知っているんだ?」

「それはもちろん、侯爵夫人からお誘いいただいたからです」

 外務卿がとろりと微笑んだ。

「⋯⋯さわやかな朝に夜の空気を持ち込むな」

 ジェムはがっくりと肩を落とした。滴る色気を放つ彼の友人は、見た目の美しさを裏切って、案外いい性格をしている。今、無駄に色気を振り撒いているのは、さっきからトーニャが、こちらを気にしているのに気づいているからだ。彼は普段、朝からこんな状態ではない。

「外務卿様、トーニャに意地悪しては駄目ですよ」

「おや、アリスはマスクスのややこしい性格を把握しているのだな」

 俺が困った顔をして言ったら、ジェムはすこし驚いたみたいだ。こういう奴、たまに入社してくるんだよ。うまく使うとものすごい戦力になる。ただしクセが強過ぎて、使う方も使われる方もお互いを選ぶけど。

 ジェムが遠征していた一ヶ月半の間に、各務の長は度々侯爵邸に訪れた。目的は俺の立場の足場固めというか、担ぐ神輿の確認なんだけど、外務卿に限ってはそれだけではなかったようだ。

「継嗣夫人、意地悪などと人聞きの悪いことを⋯⋯。愛らしい仔猫がいたら、じゃらしてみたくなるものです」

 各国の大使夫人を虜にした笑顔で、外務卿は言った。ジェムと目を見合わせた後、ふたり揃ってため息を漏らした。

「おや、ご夫婦仲のよろしいことですね。仕種がぴったり同じです」

 しゃあしゃあと言ってのけて、彼はもう一度、わざとらしいくらいにっこりと微笑んだ。夫婦、と強調される。俺は耳が赤くなるのを感じて「あちらを手伝ってまいります」ともごもご言いながら、トーニャの姿を探してその場を外した。

 なにが夫婦だ。

 政略結婚⋯⋯でもないか、ともかく、いきなりの結婚だったんだから、まだそんな関係じゃない。

「よかったですね。脈アリみたいですよ。照れて逃げるなんて、可愛いじゃないですか」

「⋯⋯お前な」

 ジェムと外務卿がなにか話していたけれど、すでに背中を向けていた俺にはもそもそとしか聞こえなかった。

 何故だかぷりぷり怒っているトーニャと合流すると、忙しなく働く従僕たちが荷馬車に薪を積んでいるのを手伝おうとして断られた。それにしても薪とは、お義母様はマジでバーベキューをするつもりなのか⁈ 金網もある⋯⋯こりゃマジだな。

 こうなったら楽しんだもん勝ちだな。

「トーニャ、ほっぺた膨らましてるのも可愛いけど、マスクス卿はジェムに任せて楽しもうか」

 トーニャが男全般を信用していないのはクズ王のせいで、外務卿にしてみたら彼女が勝手におそれているに過ぎないんだけどさ、まだ十五歳の女の子なんだぜ。中身おっさんの俺とは違うんだ。そこは加減してあげなきゃ可哀そうだ。

「そうですね。子どもたちも待ってますもの」

 ようやく笑顔を見せたトーニャにほっとしながら、俺はお義母様に手招きされて一緒の馬車に乗り込んだのだった。
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