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初動を誤る。
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父親か兄貴のような口ぶりで、恥じらいを持つようにと諭された。直接は言われなかったけど、ようはそういうことだろって感じで。
「俺、男だよ」
あ、て表情すんな。
「あのね、育ち盛り伸び盛りの十七歳男子なわけ。ジェムが十七歳のとき、どんな生活してた?」
「⋯⋯軍部で訓練をしていたな。しかし、アリスはどちらかというと文官だろう?」
まぁ、王妃の職務は書類仕事が多いな。けど財務卿のオーデル子爵ブレントはたまに気晴らしに剣を振るうと言っていた。あんなに細くてなよやかなのに。王都の学院では全生徒がなんらかの武術を専攻しなくちゃならないらしいし、俺が柔軟したくらいでなんだというんだ。
「内務卿が俺をなにかに担ごうとしているのは知ってる?」
お義父様と内務卿がコソコソしてるんだけど。ついでに外務卿と軍務卿も遊びに来る。
この国は王様の補佐に宰相がいて、その下に内務卿、外務卿、財務卿、法務卿、軍務卿の五卿がいる。宰相と五卿の六人で国を動かす省庁を統括してるんだけど、そのうち四人がヴィッツ侯爵家に出入りしてるってことだ。どうも宰相と法務卿もお仲間で、流石に全員は拙かろうと遠慮しているらしい。
お義母様も内務卿に確認してたけど、あのクズ王には大分思うところがあるらしい。アリスレアの実家、シュトレーゼン伯爵家は建国の時代にまで遡る古い家だ。他領にはあまり知られてないけれど、女神エレイアの子たる双子神が降りたった湖とか、双子の弟神ユレが先祖さんと愛し合ったとか伝わる社があったりする。日本の田舎に土地神さんの謂れがあるのと変わらない。
女神エレイアに縁のあるシュトレーゼン伯爵家の血は、担ぎ上げるのにちょうどいい神輿だろう? そう思って聞いてみると、ジェムは苦い表情をして頷いた。
「クズに楯突くんだろ? 自衛は必要じゃないかな。返り討ちにするとかこっちから討って出るのは無理だけど、逃げる隙くらいは作れた方がいいと思うんだけど」
「それはそうだが」
「ちなみに、さっきのは準備運動だよ。この身体、運動不足だから本格的に始める前に慣らしとかなきゃ。それに俺がやるのは実戦向きじゃない。どっちかって言うと演舞だな」
お茶も飲み終わったことだし、ちょっくらデモンストレーションといくか。
「すぐ終わるし武器も使わないから見てて」
立ち上がって姿勢を正す。ジェムがなにか言う前に、目を半分閉じた。ルームシューズを履いたままだけど、裸足になる姿を見て止められたくないから諦める。
深呼吸して心を凪ぐ。
構えは両手の拳を大腿の前に、脚は八の字。
挙動に入る。
左拳左側面中段外受け右後屈立ちからの、右中段外受け左下段受け閉足立。閉足立のまま左中段外受け右下段受け⋯⋯この身体で初めて行う型。
細い手足は風鳴りを生まなかったのが、ちょっと悔しい。
一通り型を終えると、初めの姿勢に戻って礼をする。気になってジェムを見ると、赤味を帯びた黒い瞳を見張って俺を見詰めていた。眼差しに熱を感じてちょっとビビる。マニアな人に餌を与えたときみたいな視線だな。もしかして空手みたいな武術はこの国にはないのかもしれない。将軍、格闘技マニアとかじゃないよね?
「⋯⋯美しいな。神への奉納舞を見ているようだ」
舞ときたか。マニアじゃなかった。武術とは思ってもらえなかったようだ。そう言えばアリスレア、ダンスをする姿も妖精とか言われてたもんな。
「相手を驚かすくらいならいけそうだろ? で、あとは脱兎の如く逃げる」
戦おうなんてさらさら思っちゃいない。全国大会一回戦負けだぞ。組手と言ったって所詮田舎道場のメンツが相手のお遊戯だったし。あのころはマジで真剣に青春してたけど、剣と魔法の世界じゃ猫騙しみたいなものだからな。自惚れて死ぬ気は無い。
ジェムの向かいに座り直して、侍女が淹れなおしてくれた温かいお茶を飲む。お、美味い。侍女に目線で礼を伝えると彼女も微笑み返してくれた。
そんな俺を眺めているジェム。
なんだよ、礼は大事だ。部下に何かをさせて当然みたいな表情して踏ん反り返る上司は嫌われるんだぞ。俺もニコニコ、相手もニコニコ、気持ちよく仕事してもらうには、感謝の気持ちは大切にしなきゃだめだ。
「ほんの半刻前、私は王妃様を、大事に大事に、真綿に包むように愛してやらねばならない、そう思っていた」
アリスレアならそうだろうな。
「いずれ妻として遇するとしても、そこに生まれるのは憐憫か保護欲だろうとも思った。⋯⋯だが、たった今、あなたに興味を持った」
は?
「思慮深そうに思えて、天真爛漫、それだけ美しい器を手に入れてもそれに頓着しない清々しさ。可愛らしいな」
おあ?
あんた頭、おかしいんじゃね?
「おっさんに向かって、天真爛漫はないだろ⁈」
言うに事欠いて可愛いだと⁈ 外見は確かにそうだが、中身はしょぼくれた四十七歳のサラリーマンだぞ⁈
「恋に落ちるのに年齢も性別も関係ないだろう?」
年齢はともかく、性別は乗り越えるにはハードルがって⋯⋯俺の身体、孕み胎持ちの神子返りだった! それ以前にこの国の教会も神殿も、ついでに法律も、同性婚を認めてたよなッ!
「幸いあなたは、すでに私の妻だ。ゆっくり口説くことにしよう」
「く⋯⋯口説く⋯⋯⋯⋯」
黒い瞳の偉丈夫が、甘やかに目を細めた。
どこだ? 俺のなにが、ジェムのおかしなスイッチを押したんだ?
俺の人生、口説いたり口説かれたりしたことがない。奥さんとはサークル仲間からの自然発生的な友情カップルだったし、アリスレアは家同士が繋げたかつての婚約者との礼儀正しい交流(なんせ十四歳だ)、クズ王はノーカウント!
「む⋯⋯無理。あんたみたいな男の憧れを凝縮したみたいないい男、勘弁してくれ」
そもそもなんの話をしてたんだっけ?
そうだ、俺の運動についてだ。畜生、どんだけ鍛えても、俺の身体はジェムみたいな逞しいものにはならなさそうだ。
「ほう、アリスには私はそんなふうに見えているのか」
「背ぇ高いし、腕も胸も腰もぶっといし、ハンサムな上、トーニャも安心する気遣いさんに口説かれる? 無理無理、ありえない無理ゲー」
「なるほど、褒めてもらった全てを有効に活用しよう」
真面目な表情で言うな! やばい、この堅物野郎、まさか本気で来るんじゃないだろうな! ホント、なんでこうなるよ⁈
「俺、男だよ」
あ、て表情すんな。
「あのね、育ち盛り伸び盛りの十七歳男子なわけ。ジェムが十七歳のとき、どんな生活してた?」
「⋯⋯軍部で訓練をしていたな。しかし、アリスはどちらかというと文官だろう?」
まぁ、王妃の職務は書類仕事が多いな。けど財務卿のオーデル子爵ブレントはたまに気晴らしに剣を振るうと言っていた。あんなに細くてなよやかなのに。王都の学院では全生徒がなんらかの武術を専攻しなくちゃならないらしいし、俺が柔軟したくらいでなんだというんだ。
「内務卿が俺をなにかに担ごうとしているのは知ってる?」
お義父様と内務卿がコソコソしてるんだけど。ついでに外務卿と軍務卿も遊びに来る。
この国は王様の補佐に宰相がいて、その下に内務卿、外務卿、財務卿、法務卿、軍務卿の五卿がいる。宰相と五卿の六人で国を動かす省庁を統括してるんだけど、そのうち四人がヴィッツ侯爵家に出入りしてるってことだ。どうも宰相と法務卿もお仲間で、流石に全員は拙かろうと遠慮しているらしい。
お義母様も内務卿に確認してたけど、あのクズ王には大分思うところがあるらしい。アリスレアの実家、シュトレーゼン伯爵家は建国の時代にまで遡る古い家だ。他領にはあまり知られてないけれど、女神エレイアの子たる双子神が降りたった湖とか、双子の弟神ユレが先祖さんと愛し合ったとか伝わる社があったりする。日本の田舎に土地神さんの謂れがあるのと変わらない。
女神エレイアに縁のあるシュトレーゼン伯爵家の血は、担ぎ上げるのにちょうどいい神輿だろう? そう思って聞いてみると、ジェムは苦い表情をして頷いた。
「クズに楯突くんだろ? 自衛は必要じゃないかな。返り討ちにするとかこっちから討って出るのは無理だけど、逃げる隙くらいは作れた方がいいと思うんだけど」
「それはそうだが」
「ちなみに、さっきのは準備運動だよ。この身体、運動不足だから本格的に始める前に慣らしとかなきゃ。それに俺がやるのは実戦向きじゃない。どっちかって言うと演舞だな」
お茶も飲み終わったことだし、ちょっくらデモンストレーションといくか。
「すぐ終わるし武器も使わないから見てて」
立ち上がって姿勢を正す。ジェムがなにか言う前に、目を半分閉じた。ルームシューズを履いたままだけど、裸足になる姿を見て止められたくないから諦める。
深呼吸して心を凪ぐ。
構えは両手の拳を大腿の前に、脚は八の字。
挙動に入る。
左拳左側面中段外受け右後屈立ちからの、右中段外受け左下段受け閉足立。閉足立のまま左中段外受け右下段受け⋯⋯この身体で初めて行う型。
細い手足は風鳴りを生まなかったのが、ちょっと悔しい。
一通り型を終えると、初めの姿勢に戻って礼をする。気になってジェムを見ると、赤味を帯びた黒い瞳を見張って俺を見詰めていた。眼差しに熱を感じてちょっとビビる。マニアな人に餌を与えたときみたいな視線だな。もしかして空手みたいな武術はこの国にはないのかもしれない。将軍、格闘技マニアとかじゃないよね?
「⋯⋯美しいな。神への奉納舞を見ているようだ」
舞ときたか。マニアじゃなかった。武術とは思ってもらえなかったようだ。そう言えばアリスレア、ダンスをする姿も妖精とか言われてたもんな。
「相手を驚かすくらいならいけそうだろ? で、あとは脱兎の如く逃げる」
戦おうなんてさらさら思っちゃいない。全国大会一回戦負けだぞ。組手と言ったって所詮田舎道場のメンツが相手のお遊戯だったし。あのころはマジで真剣に青春してたけど、剣と魔法の世界じゃ猫騙しみたいなものだからな。自惚れて死ぬ気は無い。
ジェムの向かいに座り直して、侍女が淹れなおしてくれた温かいお茶を飲む。お、美味い。侍女に目線で礼を伝えると彼女も微笑み返してくれた。
そんな俺を眺めているジェム。
なんだよ、礼は大事だ。部下に何かをさせて当然みたいな表情して踏ん反り返る上司は嫌われるんだぞ。俺もニコニコ、相手もニコニコ、気持ちよく仕事してもらうには、感謝の気持ちは大切にしなきゃだめだ。
「ほんの半刻前、私は王妃様を、大事に大事に、真綿に包むように愛してやらねばならない、そう思っていた」
アリスレアならそうだろうな。
「いずれ妻として遇するとしても、そこに生まれるのは憐憫か保護欲だろうとも思った。⋯⋯だが、たった今、あなたに興味を持った」
は?
「思慮深そうに思えて、天真爛漫、それだけ美しい器を手に入れてもそれに頓着しない清々しさ。可愛らしいな」
おあ?
あんた頭、おかしいんじゃね?
「おっさんに向かって、天真爛漫はないだろ⁈」
言うに事欠いて可愛いだと⁈ 外見は確かにそうだが、中身はしょぼくれた四十七歳のサラリーマンだぞ⁈
「恋に落ちるのに年齢も性別も関係ないだろう?」
年齢はともかく、性別は乗り越えるにはハードルがって⋯⋯俺の身体、孕み胎持ちの神子返りだった! それ以前にこの国の教会も神殿も、ついでに法律も、同性婚を認めてたよなッ!
「幸いあなたは、すでに私の妻だ。ゆっくり口説くことにしよう」
「く⋯⋯口説く⋯⋯⋯⋯」
黒い瞳の偉丈夫が、甘やかに目を細めた。
どこだ? 俺のなにが、ジェムのおかしなスイッチを押したんだ?
俺の人生、口説いたり口説かれたりしたことがない。奥さんとはサークル仲間からの自然発生的な友情カップルだったし、アリスレアは家同士が繋げたかつての婚約者との礼儀正しい交流(なんせ十四歳だ)、クズ王はノーカウント!
「む⋯⋯無理。あんたみたいな男の憧れを凝縮したみたいないい男、勘弁してくれ」
そもそもなんの話をしてたんだっけ?
そうだ、俺の運動についてだ。畜生、どんだけ鍛えても、俺の身体はジェムみたいな逞しいものにはならなさそうだ。
「ほう、アリスには私はそんなふうに見えているのか」
「背ぇ高いし、腕も胸も腰もぶっといし、ハンサムな上、トーニャも安心する気遣いさんに口説かれる? 無理無理、ありえない無理ゲー」
「なるほど、褒めてもらった全てを有効に活用しよう」
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