神の末裔は褥に微睡む。

織緒こん

文字の大きさ
上 下
11 / 95

初動を誤る。

しおりを挟む
 父親か兄貴のような口ぶりで、恥じらいを持つようにと諭された。直接は言われなかったけど、ようはそういうことだろって感じで。

「俺、男だよ」

 あ、て表情カオすんな。

「あのね、育ち盛り伸び盛りの十七歳男子なわけ。ジェムが十七歳のとき、どんな生活してた?」

「⋯⋯軍部で訓練をしていたな。しかし、アリスはどちらかというと文官だろう?」

 まぁ、王妃の職務は書類仕事が多いな。けど財務卿のオーデル子爵ブレントはたまに気晴らしに剣を振るうと言っていた。あんなに細くてなよやかなのに。王都の学院では全生徒がなんらかの武術を専攻しなくちゃならないらしいし、俺が柔軟したくらいでなんだというんだ。

「内務卿が俺をなにかに担ごうとしているのは知ってる?」

 お義父様と内務卿がコソコソしてるんだけど。ついでに外務卿と軍務卿も遊びに来る。

 この国は王様の補佐に宰相がいて、その下に内務卿、外務卿、財務卿、法務卿、軍務卿の五卿がいる。宰相と五卿の六人で国を動かす省庁を統括してるんだけど、そのうち四人がヴィッツ侯爵家に出入りしてるってことだ。どうも宰相と法務卿もお仲間で、流石に全員はまずかろうと遠慮しているらしい。

 お義母様も内務卿に確認してたけど、あのクズ王には大分思うところがあるらしい。アリスレアの実家、シュトレーゼン伯爵家は建国の時代にまで遡る古い家だ。他領にはあまり知られてないけれど、女神エレイアの子たる双子神が降りたった湖とか、双子の弟神ユレが先祖せんそさんと愛し合ったとか伝わる社があったりする。日本の田舎に土地神さんのいわれがあるのと変わらない。

 女神エレイアに縁のあるシュトレーゼン伯爵家の血は、担ぎ上げるのにちょうどいい神輿だろう? そう思って聞いてみると、ジェムは苦い表情カオをして頷いた。

「クズに楯突くんだろ? 自衛は必要じゃないかな。返り討ちにするとかこっちから討って出るのは無理だけど、逃げる隙くらいは作れた方がいいと思うんだけど」

「それはそうだが」

「ちなみに、さっきのは準備運動だよ。この身体、運動不足だから本格的に始める前に慣らしとかなきゃ。それに俺がやるのは実戦向きじゃない。どっちかって言うと演舞だな」

 お茶も飲み終わったことだし、ちょっくらデモンストレーションといくか。

「すぐ終わるし武器も使わないから見てて」

 立ち上がって姿勢を正す。ジェムがなにか言う前に、目を半分閉じた。ルームシューズを履いたままだけど、裸足になる姿を見て止められたくないから諦める。

 深呼吸して心を凪ぐ。

 構えは両手の拳を大腿の前に、脚は八の字。

 挙動に入る。

 左拳左側面中段外受け右後屈立ちからの、右中段外受け左下段受け閉足立。閉足立のまま左中段外受け右下段受け⋯⋯この身体で初めて行う型。

 細い手足は風鳴りを生まなかったのが、ちょっと悔しい。

 一通り型を終えると、初めの姿勢に戻って礼をする。気になってジェムを見ると、赤味を帯びた黒い瞳を見張って俺を見詰めていた。眼差しに熱を感じてちょっとビビる。マニアな人に餌を与えたときみたいな視線だな。もしかして空手みたいな武術はこの国にはないのかもしれない。将軍、格闘技マニアとかじゃないよね?

「⋯⋯美しいな。神への奉納舞を見ているようだ」

 舞ときたか。マニアじゃなかった。武術とは思ってもらえなかったようだ。そう言えばアリスレア、ダンスをする姿も妖精とか言われてたもんな。

「相手を驚かすくらいならいけそうだろ? で、あとは脱兎の如く逃げる」

 戦おうなんてさらさら思っちゃいない。全国大会一回戦負けだぞ。組手と言ったって所詮田舎道場のメンツが相手のお遊戯だったし。あのころはマジで真剣に青春してたけど、剣と魔法の世界じゃ猫騙しみたいなものだからな。自惚れて死ぬ気は無い。

 ジェムの向かいに座り直して、侍女が淹れなおしてくれた温かいお茶を飲む。お、美味い。侍女に目線で礼を伝えると彼女も微笑み返してくれた。

 そんな俺を眺めているジェム。

 なんだよ、礼は大事だ。部下に何かをさせて当然みたいな表情カオして踏ん反り返る上司は嫌われるんだぞ。俺もニコニコ、相手もニコニコ、気持ちよく仕事してもらうには、感謝の気持ちは大切にしなきゃだめだ。

「ほんの半刻前、私は王妃様を、大事に大事に、真綿に包むように愛してやらねばならない、そう思っていた」

 アリスレアならそうだろうな。

「いずれ妻として遇するとしても、そこに生まれるのは憐憫か保護欲だろうとも思った。⋯⋯だが、たった今、あなたに興味を持った」

 は?

「思慮深そうに思えて、天真爛漫、それだけ美しい身体を手に入れてもそれに頓着しない清々しさ。可愛らしいな」

 おあ?

 あんた頭、おかしいんじゃね?

「おっさんに向かって、天真爛漫はないだろ⁈」

 言うに事欠いて可愛いだと⁈ 外見は確かにそうだが、中身はしょぼくれた四十七歳のサラリーマンだぞ⁈

「恋に落ちるのに年齢も性別も関係ないだろう?」

 年齢はともかく、性別は乗り越えるにはハードルがって⋯⋯俺の身体、孕み胎持ちの神子返りだった! それ以前にこの国の教会も神殿も、ついでに法律も、同性婚を認めてたよなッ!

「幸いあなたは、すでに私の妻だ。ゆっくり口説くことにしよう」

「く⋯⋯口説く⋯⋯⋯⋯」

 黒い瞳の偉丈夫が、甘やかに目を細めた。

 どこだ? 俺のなにが、ジェムのおかしなスイッチを押したんだ?

 俺の人生、口説いたり口説かれたりしたことがない。奥さんとはサークル仲間からの自然発生的な友情カップルだったし、アリスレアは家同士が繋げたかつての婚約者との礼儀正しい交流(なんせ十四歳だ)、クズ王はノーカウント!

「む⋯⋯無理。あんたみたいな男の憧れを凝縮したみたいないい男、勘弁してくれ」

 そもそもなんの話をしてたんだっけ?

 そうだ、俺の運動についてだ。畜生、どんだけ鍛えても、俺の身体はジェムみたいな逞しいものにはならなさそうだ。

「ほう、アリスには私はそんなふうに見えているのか」

「背ぇ高いし、腕も胸も腰もぶっといし、ハンサムな上、トーニャも安心する気遣いさんに口説かれる? 無理無理、ありえない無理ゲー」

「なるほど、褒めてもらった全てを有効に活用しよう」

 真面目な表情カオで言うな! やばい、この堅物野郎、まさか本気で来るんじゃないだろうな! ホント、なんでこうなるよ⁈
しおりを挟む
感想 240

あなたにおすすめの小説

異世界転生先でアホのふりしてたら執着された俺の話

深山恐竜
BL
俺はよくあるBL魔法学園ゲームの世界に異世界転生したらしい。よりにもよって、役どころは作中最悪の悪役令息だ。何重にも張られた没落エンドフラグをへし折る日々……なんてまっぴらごめんなので、前世のスキル(引きこもり)を最大限活用して平和を勝ち取る! ……はずだったのだが、どういうわけか俺の従者が「坊ちゃんの足すべすべ~」なんて言い出して!?

悪役令息に転生して絶望していたら王国至宝のエルフ様にヨシヨシしてもらえるので、頑張って生きたいと思います!

梻メギ
BL
「あ…もう、駄目だ」プツリと糸が切れるように限界を迎え死に至ったブラック企業に勤める主人公は、目覚めると悪役令息になっていた。どのルートを辿っても断罪確定な悪役令息に生まれ変わったことに絶望した主人公は、頑張る意欲そして生きる気力を失い床に伏してしまう。そんな、人生の何もかもに絶望した主人公の元へ王国お抱えのエルフ様がやってきて───!? 【王国至宝のエルフ様×元社畜のお疲れ悪役令息】 ▼この作品と出会ってくださり、ありがとうございます!初投稿になります、どうか温かい目で見守っていただけますと幸いです。 ▼こちらの作品はムーンライトノベルズ様にも投稿しております。 ▼毎日18時投稿予定

平凡なSubの俺はスパダリDomに愛されて幸せです

おもち
BL
スパダリDom(いつもの)× 平凡Sub(いつもの) BDSM要素はほぼ無し。 甘やかすのが好きなDomが好きなので、安定にイチャイチャ溺愛しています。 順次スケベパートも追加していきます

小悪魔系世界征服計画 ~ちょっと美少年に生まれただけだと思っていたら、異世界の救世主でした~

朱童章絵
BL
「僕はリスでもウサギでもないし、ましてやプリンセスなんかじゃ絶対にない!」 普通よりちょっと可愛くて、人に好かれやすいという以外、まったく普通の男子高校生・瑠佳(ルカ)には、秘密がある。小さな頃からずっと、別な世界で日々を送り、成長していく夢を見続けているのだ。 史上最強の呼び声も高い、大魔法使いである祖母・ベリンダ。 その弟子であり、物腰柔らか、ルカのトラウマを刺激しまくる、超絶美形・ユージーン。 外見も内面も、強くて男らしくて頼りになる、寡黙で優しい、薬屋の跡取り・ジェイク。 いつも笑顔で温厚だけど、ルカ以外にまったく価値を見出さない、ヤンデレ系神父・ネイト。 領主の息子なのに気さくで誠実、親友のイケメン貴公子・フィンレー。 彼らの過剰なスキンシップに狼狽えながらも、ルカは日々を楽しく過ごしていたが、ある時を境に、現実世界での急激な体力の衰えを感じ始める。夢から覚めるたびに強まる倦怠感に加えて、祖母や仲間達の言動にも不可解な点が。更には魔王の復活も重なって、瑠佳は次第に世界全体に疑問を感じるようになっていく。 やがて現実の自分の不調の原因が夢にあるのではないかと考えた瑠佳は、「夢の世界」そのものを否定するようになるが――。 無自覚小悪魔ちゃん、総受系愛され主人公による、保護者同伴RPG(?)。 (この作品は、小説家になろう、カクヨムにも掲載しています)

美貌の騎士候補生は、愛する人を快楽漬けにして飼い慣らす〜僕から逃げないで愛させて〜

飛鷹
BL
騎士養成学校に在席しているパスティには秘密がある。 でも、それを誰かに言うつもりはなく、目的を達成したら静かに自国に戻るつもりだった。 しかし美貌の騎士候補生に捕まり、快楽漬けにされ、甘く喘がされてしまう。 秘密を抱えたまま、パスティは幸せになれるのか。 美貌の騎士候補生のカーディアスは何を考えてパスティに付きまとうのか……。 秘密を抱えた二人が幸せになるまでのお話。

身体検査

RIKUTO
BL
次世代優生保護法。この世界の日本は、最適な遺伝子を残し、日本民族の優秀さを維持するとの目的で、 選ばれた青少年たちの体を徹底的に検査する。厳正な検査だというが、異常なほどに性器と排泄器の検査をするのである。それに選ばれたとある少年の全記録。

転生悪役令息、雌落ち回避で溺愛地獄!?義兄がラスボスです!

めがねあざらし
BL
人気BLゲーム『ノエル』の悪役令息リアムに転生した俺。 ゲームの中では「雌落ちエンド」しか用意されていない絶望的な未来が待っている。 兄の過剰な溺愛をかわしながらフラグを回避しようと奮闘する俺だが、いつしか兄の目に奇妙な影が──。 義兄の溺愛が執着へと変わり、ついには「ラスボス化」!? このままじゃゲームオーバー確定!?俺は義兄を救い、ハッピーエンドを迎えられるのか……。 ※タイトル変更(2024/11/27)

異世界転移して美形になったら危険な男とハジメテしちゃいました

ノルジャン
BL
俺はおっさん神に異世界に転移させてもらった。異世界で「イケメンでモテて勝ち組の人生」が送りたい!という願いを叶えてもらったはずなのだけれど……。これってちゃんと叶えて貰えてるのか?美形になったけど男にしかモテないし、勝ち組人生って結局どんなん?めちゃくちゃ危険な香りのする男にバーでナンパされて、ついていっちゃってころっと惚れちゃう俺の話。危険な男×美形(元平凡)※ムーンライトノベルズにも掲載

処理中です...