星月夜と銃術師〈モノクロームの純愛〉

織緒こん

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 魔獣討伐隊は無事に任務を終え、恙なく解散を迎えた。一部の討伐隊員に現れた原因不明の体調不良は経過を観察することになったが、バースを再検査したことでオメガと断定された。極めて異例の事態であり、辺境へ調査隊が派遣されることになったのは当然のことと言える。

 原因が判明したのは、バース転換が起こってから実に七年後のこと。北の樹海に自生する植物の根の汁と、とある魔獣の唾液腺から分泌される毒素が混じることで発生する毒に冒されたことで、遺伝子が組み変わることが判明する。魔獣も植物も彼の土地にしか棲息しない種類だというから、運が悪かったという他ない。とはいえ現段階では誰もその原理を知ることもなく、討伐隊の一部の隊員が転換した事実だけが重くのしかかっていた。

 騎士の中にはベータの妻との間に子を持つ者もいて、本人が転換を受け入れても家族がそうできないこともあった。軍は実力重視で、オメガ性であっても発情期をコントロールできればそれまで通り従軍できた。しかし家庭という閉じた空間では、理解されない事例も数例あったのだ。

 その中で唯一アルファからオメガに転換したクラングランは、ホーリーライトに攫われるように彼の自宅に閉じ込められていた。初めての発情期を王都に帰還してすぐに迎えてしまったため、自宅にはなんの準備もなかったのだ。

 魔術師団にはオメガの治癒師の緊急避難用の隔離室もあるのだが、ホーリーライトはクラングランをそこに押し込めることはせず、自宅に連れ帰った。アルファ用の抑制剤は常備してあったし、必要なくなったクラングランの手持ちも回収してオメガの発情に抗った。鋼の忍耐でオメガの発情期を介助する姿に、様子を見にきた治癒師が感嘆のため息を漏らしたほどだ。

「ホーリーライト殿。ヒート中のオメガを自宅に連れ込んでただ世話をするだけなど、狂気の沙汰ですよ。世の中のアルファの幾人が、これだけの献身をもってオメガに接することが出来るのでしょうね」

 治癒師はそう言って、ひとりで部屋に篭るヒート中のオメガに必要なものを帳面に書いてよこした。ホーリーライトはそれら全てをすぐさま用意すると、自分は摂取上限ギリギリの抑制剤を噛み砕いてクラングランの世話をする。

 クラングランはホーリーライトのベッドの上で、身を守るように丸くなって過ごしていた。褐色の肌は汗に濡れ、白銀の髪が頬に張り付いて邪魔そうに見えた。クラングランがそれを払ってやると、涙で潤んだ瞳が見上げてくる。

「ホー……隔離室に投げておいてもよかったのに……」

 番でもないオメガへの対処は、それが一番正しい。ホーリーライトがクラングランを自宅に連れ帰った事実は消えないだろう。クラングランはホーリーライトの未来の恋人に申し訳なく思った。事故だとわかってくれるだろうか。熱い吐息の合間に途切れ途切れ語ると、ホーリーライトの眉が寄った。優しい顔立ちのクラングランと違って強面の部類に入るホーリーライトである。いささか剣呑な表情になるが、クラングランには見慣れたものだ。

「そんな事するものか」

 柔らかな桃をクラングランの口元に寄せながら、ホーリーライトはぶっきらぼうに言った。あとはただ、甘い吐息が寝室に溶けていく。

 

 そうして発情期の明けた朝、ホーリーライトはクラングランに跪いて求婚した。

「お前の頸を噛みたいと、出会った日から思っていた」

 発情を終えたばかりで気だるげに寝台に腰掛けたクラングランは、ぼんやりと首を傾げる。

「僕は匂いがわからない出来損ないのアルファで……オメガの誘惑フェロモンどころか、アルファの威圧フェロモンも感じられなくて」

「それでも俺の匂いは感じてくれていただろう?」

 ホーリーライトがクラングランの両手を押し頂くように、額をすり寄せた。細いが剣を握る筋張った指には、魔術師が好んで付ける装飾品はない。

「アルファ同士では叶わぬ想いだと、親友でいることに甘んじていた。お前は?」

「僕は…………」

 クラングランの褐色の頬に涙がこぼれ落ちた。長い睫毛が濡れて白銀に光っている。

「逃げないのは、同じ気持ちでいてくれてるからだろう?」

「だとしても、アルファでなくなった僕は君のとなりにいる資格がない。背中を預けるに足る男でいたかった」

 戦があったのは昔のこと。それでも軍に所属する以上、有事には戦場に立たねばならない。クラングランの運命を変えた早春の討伐隊のように、魔獣を相手にすることもある。もともと鍛えても大きくならなかった身体が、オメガに転換したことによってどれだけ萎えていくのか、不安で仕方がない。

「馬鹿だな、お前は占星術師じゃないか。他の占星術師は隊列の一番後ろでふんぞり返っているぞ」

 ホーリーライトの言葉には語弊がある。確かに多くの占星術師は戦闘そのものには役立たずで、後方で守りの結界の中にいるのが常だ。けれど彼らは決して威張り散らしているわけではない。結界の中で絶えず空を見上げて風を感じ、地に足をつけて大地の機嫌を窺っている。攻撃型の魔術師もほとんどが遠距離向きのため、接近戦にもつれ込んだ後は後方支援に回る。

 剣を持ち、拳を振り上げる『白黒の魔術師たち』が規格外なだけだ。それでも彼はクラングランの不安を払うように、あえて軽い言葉を選んで口にした。そしてその真心は、まっすぐに彼の胸に届いた。

「……好きです」

「俺は愛しているぞ?」

「…………恥ずかしいことを言わないで」

 跪いていたホーリーライトが身を起こして、うつむくクラングランの頬を両手で包み込む。上背のある男は跪いたまま顎を上げ、自分を見下ろす愛しい存在の唇の甘さを掠め取ったのだった。
 
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