星月夜と銃術師〈モノクロームの純愛〉

織緒こん

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 魔獣の討伐は、辺境の領主が想像したよりもあっさりと終了した。予想よりも多くの魔獣が城壁に向けて押し寄せてきたが、砦にたどり着く前に遠距離からの狙撃で数を減らしたからである。

 魔術師は接近戦よりも遠距離での攻撃が得意な者が多い。ホーリーライトはその典型だった。魔弾銃という特殊な長銃に魔力を込め、狙い撃ちにする。一度引き金を引くだけで一直線に数頭の魔獣を串刺しに仕留めるのは、百米もの距離があることを考えると化け物じみた能力である。これが地方貴族の私兵団から中央に推挙された実力だった。他の魔術師たちも健闘したが火の魔術師は山火事を恐れて加減したし、風の魔術師は火を煽るのを懸念した。実際の実力の数分の一しか発揮できなかったが、それでも優れた魔術師が住んでいない辺境の地にあって、その活躍は十分であった。

 魔術師たちの尽力で魔獣の数は半分ほどに減り、近くまで迫ってきた残りは待ち構えていた騎士たちが仕留めた。痩せた魔獣は訓練された騎士たちの敵ではない。数で押されなければなんとでもなる。クラングランは魔術師の身でありながら、騎士に混じって剣を振るった。ホーリーライトに至っては素手である。なんとも規格外な魔術師に、騎士たちは内心で呆れ果てるのだった。

 無事に討伐を終えたその夜……クラングランと数人の騎士が発熱した。複数の患者が出たことで何かの伝染病が疑われたが、全員が翌朝にはけろりとしている。疲れが出たのだろうと決着をつけて、討伐隊は王都へ帰還すべく荷を整えた。

 復路は往路よりも格段に楽に進んだ。春を迎えて昼間の気温は暖かくなり、日も少しずつ長くなっているおかげである。そんな中、ホーリーライトはとなりを進むクラングランから、爽やかな柑橘系の香りがすることに気がついた。蜂蜜を溶かした檸檬果汁のような甘酸っぱい匂いは、確かにクラングランから放たれている。

「クラン、遅れ気味だ。体調が良くないのか?」

 やや弾むような呼吸で額に汗を滲ませているクラングランを訝しげに見やって、ホーリーライトは彼の額に落ちかかる白い前髪に手を伸ばした。指通りのいい柔らかな髪の毛をかきあげると汗の匂いなのか、ふわりと柑橘の香りが広がった。何かがおかしい。

「よくわからない。体温調節がうまくいってないみたいだ。とても暑い」

 先ほどの問いに答えると襟元に人差し指を突っ込んで、早春の冷たい空気を取り込むように生地を浮かせている。
「隊列を離れるか? 俺たちふたりなら、隊長も許可するだろう」

「そこまでじゃないよ。野営地までは保つと思う」
「お前が言うなら信じるが」

 背中を預けるに足る相手のことを信じている。そう言いながらもホーリーライトは気をつけてクラングランを見ていることにした。彼はホーリーライトを困らせるような嘘は言わないが、困らせないための嘘はその限りではない。ほんの時々だが。

 野営地に辿り着いたとき、隊列のあちこちから体調不良者の報告が上がった。いずれも討伐達成の夜に発熱を訴えた隊員で、クラングラン以外はベータの二次性を持っている騎士である。医療班に所属するオメガの魔術師は、彼らを一目見るなり隔離を言い渡した。

『とにかくアルファから離して』

 それはつまり、彼らの症状がオメガ特有のものに酷似しているということに他ならない。たまたまベータの騎士同士で固まっていたために事故が起こらなかっただけで、アルファが近くにいたら危なかったようだ。本人たちもわけがわからないといった様子で、言われるままに医療魔術師の言葉に従った。統率の取れた討伐隊の隊員らしく、理由のある命令には逆らわない。

 ベータの患者はそうして集められたが、アルファのクラングランは彼らと同じ場所に隔離するのは危険と判断された。クラングランはオメガの匂いを感じられないが、それを知るものは少ない。ひとり天幕に引きこもり、その入り口をホーリーライトが見張った。アルファの中のアルファであるホーリーライトが見張りに立つことに難色を示す者もいたが、他のアルファが匂いにつられてやってきたとき、ベータの騎士では抑えることが難しい。

「治癒師がオメガで助かったな」

「規則だからね」

 天幕の分厚い布越しに、ホーリーライトとクラングランは言葉を交わした。魔獣被害や天災の復興支援の現場には、オメガの被災者もいる。彼ら彼女らは初対面のアルファ騎士との接触で、予想外の発情期に入ることがある。災害の現場で被害者も加害者も作らないために、遠征には必ずオメガの治癒師がふたり以上同行することになっていた。

「ホーはなんともない?」

「正直言って、抑制剤は多量摂取している。ベータの患者の匂いは甘ったるくて好きじゃないが、お前の匂いは好ましくて今はマズいな。まだ薄いが、クランからは爽やかな蜂蜜檸檬の匂いがしているぞ」

「君からはスパイシーな石鹸の匂いがする」

「スパイシーな石鹸って、どんな石鹸なんだ?」

 クラングランは「僕もわからない」と言って笑った。その笑い声の間に、熱い吐息が混じる。

「でも……君以外のアルファの匂いはわからないんだ」
 天幕の中からの声はその後、朝になるまで途絶えた。

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