そう言えばの笹岡くん。

織緒こん

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それから編

和泉くんは大迷惑

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 生徒会役員の月曜日は忙しい。和泉いずみ御幸みゆきは生徒会長なので、当然誰よりも忙しい。

 週末まとめておいた、月曜定例の全校朝会用の資料を小脇に抱えて歩いていると、風紀委員長万里小路までのこうじしずかに引き止められた。

「和泉、君のお兄ちゃんを保健室に放り込んだ。親衛隊に見張らせているけど、朝会が終わるまで伊集院いじゅういんに悟らせないで」
「今日は会計の報告はないから、伊集院がいなくても問題ないが⋯⋯雄大ゆうだいがどうかしたのか?」
「化けの皮が剥がれまくってる」

 万里小路は少女めいた面貌に疲れを滲ませて、空を仰いだ。

「アレを放置したら大惨事だ」

 そんな大袈裟な。和泉は思ったが、朝会を終えて保健室に足を運んで、膝から崩れ落ちた。

 なんだこのダダ漏れ!

「御幸君がお迎え? 万里小路君が、迎えが来るまでカーテンから出るなって言うから⋯⋯」

 和泉の継兄、笹岡ささおか雄大ゆうだいが救護用の仮眠ベッドに座って、とろりと笑った。

 そこは『ほにゃん』だろう! 

『とろりと』なんて笑ってるんじゃねぇ!

 ガタガタと音がして、座っていた付き添いのチワワがふたり、椅子から転げ落ちた。腰が抜けたらしいが、いい人選だ。どう見ても受け身側である。ふたりはお互いに支え合って、教室に戻って行った。

「寮に帰るか?」

 できれば帰って欲しい。授業が始まって生徒が廊下にいなくなったら速攻で。

「体調は悪くないから、授業に出たいな」

 無理だから。

 整った白い面貌の中、瞳が濡れたように潤んでいる。泣いているわけでもないのにうるうると揺れて、地味な顔に壮絶な色気を彩っていた。

 この週末、なにがあった!

 て言うか、なにやりやがった伊集院!

「ねぇ御幸くん、膝が汚れちゃうよ。そんなへたり込んで、御幸君こそ具合が悪いんじゃない?」

 ベッドから降りて自分も床に膝をつき、和泉と視線を合わせてきた。心配げな声音は、彼の善良さを教えてくれる。だが、和泉には迷惑極まりなかった。

「かーいちょ、俺のゆーだになにしてんのぉ?」

 軽薄な声がして、後ろ襟を掴まれた。和泉は乱暴に笹岡から引き剥がされたが、犯人は分かっている。

 予想に違わず、そこにいたのは伊集院いじゅういん隼人はやとで、ニコニコと人好きのする笑顔で立っていた。

 人好き?⋯⋯目が笑ってねぇよ。

「隼人くん」
「うわぁ、ゆーだ。それダメだよ」

 だらしない甘い声で笹岡の手を取って立ち上がらせた伊集院は、柔らかく笑んだ。今度の笑顔は眦が優しく下がっている。

 表の顔も裏の顔も笑顔かよ。

 和泉はひとりで立ち上がりながら、心の中で悪態をついた。

「色っぽくて可愛いけど、それじゃあ教室に行くのは危険だなぁ」

 そっと腰に手を回して、額にチュッとキスをする。笹岡は怒りもせずにぽっと顔を赤くした。眦にますます色気が滴る。

「こんな地味な顔、誰も見てないと思うけど」

 首を傾げて白い頬を撫でさする。

「地味って言わないの。俺のゆーだはとっても可愛い!」

 自分はいったい、なにを見せられているんだろう。和泉は逃げたくなった。去って行ったチワワが羨ましい。

 しかしふたりを残してここを去るわけにはいかない。保健室こんなところにふたりきりにするなんて、伊集院に据え膳を差し出すようなものだ。

「あー、ゴホンゴホン」
「え、あ、御幸君!」

 びっくりしたのか笹岡の色気が霧散した。自分の存在をすっかり忘れ去られていたことに気付いて、ちょっと悲しくなる。いると分かっていておっぱじめられても困るが。

「まだいたの?」
「置いていけるわけないだろう!」

 伊集院に邪魔者扱いされた。自分でも邪魔だと思う。しかし生徒会長としても笹岡の家族としても、立ち去るわけにはいかないのだ!

「伊集院、頼むから学校では大人しくしていてくれ!」
「寮ならオッケー?」
「そんなわけあるか!」

 言いながら、和泉は笹岡のダダ漏れの意味を考えた。⋯⋯答はもう出ているが、認めたくはない。可愛い彼女なら紘子さん(継母)に嬉々として告げ口してやるのに!

「あーその、なんだ。雄大は幸せか?」

 なんだか娘の恋路を探る父親のようだ。問われた笹岡はキョトンとして、問うた和泉を見た。

「うん」

 にっこり笑って頷かれて、和泉は脱力した。寮に帰しても伊集院がついて行きそうだ。それでは保健室と変わらない。

「雄大、迎えに来たよ」

 カラカラと引き戸を開ける音がして、古林こばやし宗近むねちかが現れた。和泉は比較的常識人が現れて、ホッと息を漏らした。

「さっきのL H Rロングホームルームで席替えしたんだ。窓際の一番後ろにしたよ。隣は俺。前は親衛隊長だから安心して」

 古林は笹岡にではなく伊集院に伝えた。

「授業中は穴熊みたいに囲っておくから、休み時間には様子を見にくればいい」
「サンキュ。さすがに授業は受けなきゃならないからね」

 伊集院は笹岡の隣のクラスだから、休み時間のたび会いに行くことも可能だ。

「あぁもう、雄大ったら。こんなに可愛くしてもらっちゃって、曽祖父様になんて言えばいいんだろう」
「俺も紘子さんに、なんて言えばいいんだろう」

 笹岡を通じて遠戚関係になったふたりは、しみじみと言った。和泉は心労を分かち合ってくれそうな古林に、勝手にシンパシーを感じた。

「そうだ、伊集院君。前に雄大のお胎をタプタプにしてやるみたいなこと言ってたけど、あまり負担をかけないであげてね」
「大丈夫、ちゃんとスキン着けてるさ。部屋のシャワーブースじゃ狭くて手伝えないからね」

 ちょっと待て。古林は常識人ではなかったのか?

「⋯⋯手伝うって、なにを?」

 笹岡までなにを言い出す? 伊集院が笹岡の耳に内緒話でなにかを言うと、せっかく霧散した色気が復活した。和泉は頭を抱えた。どうせろくでもない、エロいことを言ったに決まっている。

「いつかどこかに旅行に行こうか。それまでタプタプは楽しみに取っておこうね」
「⋯⋯隼人君のバカ。恥ずかしい⋯⋯⋯⋯」

「さっきからタプタプ、タプタプと、なにがタプタプなんだ!」
「馬の種付け一回の精液が五リットルって話」
「うん、当て馬と繁殖牝馬とお婿さんの話だったよな」
「なにがお婿さんだ。当て馬の対義語は種馬じゃないか。言葉をいいように飾るな、この種馬!」

 和泉がキレた。

 笹岡は真っ赤になって、恥ずかしそうに伊集院の袖に取り縋っている。ますます色気が高らかに匂い立って、笹岡は俯いた。耳まで赤い。

 なんで自分はこんなとこにいるんだろう。

 和泉は自分だけが迷惑を被っているんじゃないかと、奥歯を噛みしめたのだった。


 
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