14 / 22
それから編
和泉くんは大迷惑
しおりを挟む
生徒会役員の月曜日は忙しい。和泉御幸は生徒会長なので、当然誰よりも忙しい。
週末まとめておいた、月曜定例の全校朝会用の資料を小脇に抱えて歩いていると、風紀委員長万里小路静に引き止められた。
「和泉、君のお兄ちゃんを保健室に放り込んだ。親衛隊に見張らせているけど、朝会が終わるまで伊集院に悟らせないで」
「今日は会計の報告はないから、伊集院がいなくても問題ないが⋯⋯雄大がどうかしたのか?」
「化けの皮が剥がれまくってる」
万里小路は少女めいた面貌に疲れを滲ませて、空を仰いだ。
「アレを放置したら大惨事だ」
そんな大袈裟な。和泉は思ったが、朝会を終えて保健室に足を運んで、膝から崩れ落ちた。
なんだこのダダ漏れ!
「御幸君がお迎え? 万里小路君が、迎えが来るまでカーテンから出るなって言うから⋯⋯」
和泉の継兄、笹岡雄大が救護用の仮眠ベッドに座って、とろりと笑った。
そこは『ほにゃん』だろう!
『とろりと』なんて笑ってるんじゃねぇ!
ガタガタと音がして、座っていた付き添いのチワワがふたり、椅子から転げ落ちた。腰が抜けたらしいが、いい人選だ。どう見ても受け身側である。ふたりはお互いに支え合って、教室に戻って行った。
「寮に帰るか?」
できれば帰って欲しい。授業が始まって生徒が廊下にいなくなったら速攻で。
「体調は悪くないから、授業に出たいな」
無理だから。
整った白い面貌の中、瞳が濡れたように潤んでいる。泣いているわけでもないのにうるうると揺れて、地味な顔に壮絶な色気を彩っていた。
この週末、なにがあった!
て言うか、なにやりやがった伊集院!
「ねぇ御幸くん、膝が汚れちゃうよ。そんなへたり込んで、御幸君こそ具合が悪いんじゃない?」
ベッドから降りて自分も床に膝をつき、和泉と視線を合わせてきた。心配げな声音は、彼の善良さを教えてくれる。だが、和泉には迷惑極まりなかった。
「かーいちょ、俺のゆーだになにしてんのぉ?」
軽薄な声がして、後ろ襟を掴まれた。和泉は乱暴に笹岡から引き剥がされたが、犯人は分かっている。
予想に違わず、そこにいたのは伊集院隼人で、ニコニコと人好きのする笑顔で立っていた。
人好き?⋯⋯目が笑ってねぇよ。
「隼人くん」
「うわぁ、ゆーだ。それダメだよ」
だらしない甘い声で笹岡の手を取って立ち上がらせた伊集院は、柔らかく笑んだ。今度の笑顔は眦が優しく下がっている。
表の顔も裏の顔も笑顔かよ。
和泉はひとりで立ち上がりながら、心の中で悪態をついた。
「色っぽくて可愛いけど、それじゃあ教室に行くのは危険だなぁ」
そっと腰に手を回して、額にチュッとキスをする。笹岡は怒りもせずにぽっと顔を赤くした。眦にますます色気が滴る。
「こんな地味な顔、誰も見てないと思うけど」
首を傾げて白い頬を撫でさする。
「地味って言わないの。俺のゆーだはとっても可愛い!」
自分はいったい、なにを見せられているんだろう。和泉は逃げたくなった。去って行ったチワワが羨ましい。
しかしふたりを残してここを去るわけにはいかない。保健室にふたりきりにするなんて、伊集院に据え膳を差し出すようなものだ。
「あー、ゴホンゴホン」
「え、あ、御幸君!」
びっくりしたのか笹岡の色気が霧散した。自分の存在をすっかり忘れ去られていたことに気付いて、ちょっと悲しくなる。いると分かっていておっぱじめられても困るが。
「まだいたの?」
「置いていけるわけないだろう!」
伊集院に邪魔者扱いされた。自分でも邪魔だと思う。しかし生徒会長としても笹岡の家族としても、立ち去るわけにはいかないのだ!
「伊集院、頼むから学校では大人しくしていてくれ!」
「寮ならオッケー?」
「そんなわけあるか!」
言いながら、和泉は笹岡のダダ漏れの意味を考えた。⋯⋯答はもう出ているが、認めたくはない。可愛い彼女なら紘子さん(継母)に嬉々として告げ口してやるのに!
「あーその、なんだ。雄大は幸せか?」
なんだか娘の恋路を探る父親のようだ。問われた笹岡はキョトンとして、問うた和泉を見た。
「うん」
にっこり笑って頷かれて、和泉は脱力した。寮に帰しても伊集院がついて行きそうだ。それでは保健室と変わらない。
「雄大、迎えに来たよ」
カラカラと引き戸を開ける音がして、古林宗近が現れた。和泉は比較的常識人が現れて、ホッと息を漏らした。
「さっきのL H Rで席替えしたんだ。窓際の一番後ろにしたよ。隣は俺。前は親衛隊長だから安心して」
古林は笹岡にではなく伊集院に伝えた。
「授業中は穴熊みたいに囲っておくから、休み時間には様子を見にくればいい」
「サンキュ。さすがに授業は受けなきゃならないからね」
伊集院は笹岡の隣のクラスだから、休み時間のたび会いに行くことも可能だ。
「あぁもう、雄大ったら。こんなに可愛くしてもらっちゃって、曽祖父様になんて言えばいいんだろう」
「俺も紘子さんに、なんて言えばいいんだろう」
笹岡を通じて遠戚関係になったふたりは、しみじみと言った。和泉は心労を分かち合ってくれそうな古林に、勝手にシンパシーを感じた。
「そうだ、伊集院君。前に雄大のお胎をタプタプにしてやるみたいなこと言ってたけど、あまり負担をかけないであげてね」
「大丈夫、ちゃんとスキン着けてるさ。部屋のシャワーブースじゃ狭くて手伝えないからね」
ちょっと待て。古林は常識人ではなかったのか?
「⋯⋯手伝うって、なにを?」
笹岡までなにを言い出す? 伊集院が笹岡の耳に内緒話でなにかを言うと、せっかく霧散した色気が復活した。和泉は頭を抱えた。どうせ陸でもない、エロいことを言ったに決まっている。
「いつかどこかに旅行に行こうか。それまでタプタプは楽しみに取っておこうね」
「⋯⋯隼人君のバカ。恥ずかしい⋯⋯⋯⋯」
「さっきからタプタプ、タプタプと、なにがタプタプなんだ!」
「馬の種付け一回の精液が五リットルって話」
「うん、当て馬と繁殖牝馬とお婿さんの話だったよな」
「なにがお婿さんだ。当て馬の対義語は種馬じゃないか。言葉をいいように飾るな、この種馬!」
和泉がキレた。
笹岡は真っ赤になって、恥ずかしそうに伊集院の袖に取り縋っている。ますます色気が高らかに匂い立って、笹岡は俯いた。耳まで赤い。
なんで自分はこんなとこにいるんだろう。
和泉は自分だけが迷惑を被っているんじゃないかと、奥歯を噛みしめたのだった。
週末まとめておいた、月曜定例の全校朝会用の資料を小脇に抱えて歩いていると、風紀委員長万里小路静に引き止められた。
「和泉、君のお兄ちゃんを保健室に放り込んだ。親衛隊に見張らせているけど、朝会が終わるまで伊集院に悟らせないで」
「今日は会計の報告はないから、伊集院がいなくても問題ないが⋯⋯雄大がどうかしたのか?」
「化けの皮が剥がれまくってる」
万里小路は少女めいた面貌に疲れを滲ませて、空を仰いだ。
「アレを放置したら大惨事だ」
そんな大袈裟な。和泉は思ったが、朝会を終えて保健室に足を運んで、膝から崩れ落ちた。
なんだこのダダ漏れ!
「御幸君がお迎え? 万里小路君が、迎えが来るまでカーテンから出るなって言うから⋯⋯」
和泉の継兄、笹岡雄大が救護用の仮眠ベッドに座って、とろりと笑った。
そこは『ほにゃん』だろう!
『とろりと』なんて笑ってるんじゃねぇ!
ガタガタと音がして、座っていた付き添いのチワワがふたり、椅子から転げ落ちた。腰が抜けたらしいが、いい人選だ。どう見ても受け身側である。ふたりはお互いに支え合って、教室に戻って行った。
「寮に帰るか?」
できれば帰って欲しい。授業が始まって生徒が廊下にいなくなったら速攻で。
「体調は悪くないから、授業に出たいな」
無理だから。
整った白い面貌の中、瞳が濡れたように潤んでいる。泣いているわけでもないのにうるうると揺れて、地味な顔に壮絶な色気を彩っていた。
この週末、なにがあった!
て言うか、なにやりやがった伊集院!
「ねぇ御幸くん、膝が汚れちゃうよ。そんなへたり込んで、御幸君こそ具合が悪いんじゃない?」
ベッドから降りて自分も床に膝をつき、和泉と視線を合わせてきた。心配げな声音は、彼の善良さを教えてくれる。だが、和泉には迷惑極まりなかった。
「かーいちょ、俺のゆーだになにしてんのぉ?」
軽薄な声がして、後ろ襟を掴まれた。和泉は乱暴に笹岡から引き剥がされたが、犯人は分かっている。
予想に違わず、そこにいたのは伊集院隼人で、ニコニコと人好きのする笑顔で立っていた。
人好き?⋯⋯目が笑ってねぇよ。
「隼人くん」
「うわぁ、ゆーだ。それダメだよ」
だらしない甘い声で笹岡の手を取って立ち上がらせた伊集院は、柔らかく笑んだ。今度の笑顔は眦が優しく下がっている。
表の顔も裏の顔も笑顔かよ。
和泉はひとりで立ち上がりながら、心の中で悪態をついた。
「色っぽくて可愛いけど、それじゃあ教室に行くのは危険だなぁ」
そっと腰に手を回して、額にチュッとキスをする。笹岡は怒りもせずにぽっと顔を赤くした。眦にますます色気が滴る。
「こんな地味な顔、誰も見てないと思うけど」
首を傾げて白い頬を撫でさする。
「地味って言わないの。俺のゆーだはとっても可愛い!」
自分はいったい、なにを見せられているんだろう。和泉は逃げたくなった。去って行ったチワワが羨ましい。
しかしふたりを残してここを去るわけにはいかない。保健室にふたりきりにするなんて、伊集院に据え膳を差し出すようなものだ。
「あー、ゴホンゴホン」
「え、あ、御幸君!」
びっくりしたのか笹岡の色気が霧散した。自分の存在をすっかり忘れ去られていたことに気付いて、ちょっと悲しくなる。いると分かっていておっぱじめられても困るが。
「まだいたの?」
「置いていけるわけないだろう!」
伊集院に邪魔者扱いされた。自分でも邪魔だと思う。しかし生徒会長としても笹岡の家族としても、立ち去るわけにはいかないのだ!
「伊集院、頼むから学校では大人しくしていてくれ!」
「寮ならオッケー?」
「そんなわけあるか!」
言いながら、和泉は笹岡のダダ漏れの意味を考えた。⋯⋯答はもう出ているが、認めたくはない。可愛い彼女なら紘子さん(継母)に嬉々として告げ口してやるのに!
「あーその、なんだ。雄大は幸せか?」
なんだか娘の恋路を探る父親のようだ。問われた笹岡はキョトンとして、問うた和泉を見た。
「うん」
にっこり笑って頷かれて、和泉は脱力した。寮に帰しても伊集院がついて行きそうだ。それでは保健室と変わらない。
「雄大、迎えに来たよ」
カラカラと引き戸を開ける音がして、古林宗近が現れた。和泉は比較的常識人が現れて、ホッと息を漏らした。
「さっきのL H Rで席替えしたんだ。窓際の一番後ろにしたよ。隣は俺。前は親衛隊長だから安心して」
古林は笹岡にではなく伊集院に伝えた。
「授業中は穴熊みたいに囲っておくから、休み時間には様子を見にくればいい」
「サンキュ。さすがに授業は受けなきゃならないからね」
伊集院は笹岡の隣のクラスだから、休み時間のたび会いに行くことも可能だ。
「あぁもう、雄大ったら。こんなに可愛くしてもらっちゃって、曽祖父様になんて言えばいいんだろう」
「俺も紘子さんに、なんて言えばいいんだろう」
笹岡を通じて遠戚関係になったふたりは、しみじみと言った。和泉は心労を分かち合ってくれそうな古林に、勝手にシンパシーを感じた。
「そうだ、伊集院君。前に雄大のお胎をタプタプにしてやるみたいなこと言ってたけど、あまり負担をかけないであげてね」
「大丈夫、ちゃんとスキン着けてるさ。部屋のシャワーブースじゃ狭くて手伝えないからね」
ちょっと待て。古林は常識人ではなかったのか?
「⋯⋯手伝うって、なにを?」
笹岡までなにを言い出す? 伊集院が笹岡の耳に内緒話でなにかを言うと、せっかく霧散した色気が復活した。和泉は頭を抱えた。どうせ陸でもない、エロいことを言ったに決まっている。
「いつかどこかに旅行に行こうか。それまでタプタプは楽しみに取っておこうね」
「⋯⋯隼人君のバカ。恥ずかしい⋯⋯⋯⋯」
「さっきからタプタプ、タプタプと、なにがタプタプなんだ!」
「馬の種付け一回の精液が五リットルって話」
「うん、当て馬と繁殖牝馬とお婿さんの話だったよな」
「なにがお婿さんだ。当て馬の対義語は種馬じゃないか。言葉をいいように飾るな、この種馬!」
和泉がキレた。
笹岡は真っ赤になって、恥ずかしそうに伊集院の袖に取り縋っている。ますます色気が高らかに匂い立って、笹岡は俯いた。耳まで赤い。
なんで自分はこんなとこにいるんだろう。
和泉は自分だけが迷惑を被っているんじゃないかと、奥歯を噛みしめたのだった。
107
お気に入りに追加
994
あなたにおすすめの小説


風紀委員長様は王道転校生がお嫌い
八(八月八)
BL
※11/12 10話後半を加筆しました。
11/21 登場人物まとめを追加しました。
【第7回BL小説大賞エントリー中】
山奥にある全寮制の名門男子校鶯実学園。
この学園では、各委員会の委員長副委員長と、生徒会執行部が『役付』と呼ばれる特権を持っていた。
東海林幹春は、そんな鶯実学園の風紀委員長。
風紀委員長の名に恥じぬ様、真面目実直に、髪は七三、黒縁メガネも掛けて職務に当たっていた。
しかしある日、突如として彼の生活を脅かす転入生が現われる。
ボサボサ頭に大きなメガネ、ブカブカの制服に身を包んだ転校生は、元はシングルマザーの田舎育ち。母の再婚により理事長の親戚となり、この学園に編入してきたものの、学園の特殊な環境に慣れず、あくまでも庶民感覚で突き進もうとする。
おまけにその転校生に、生徒会執行部の面々はメロメロに!?
そんな転校生がとにかく気に入らない幹春。
何を隠そう、彼こそが、中学まで、転校生を凌ぐ超極貧ド田舎生活をしてきていたから!
※11/12に10話加筆しています。
目立たないでと言われても
みつば
BL
「お願いだから、目立たないで。」
******
山奥にある私立琴森学園。この学園に季節外れの転入生がやってきた。担任に頼まれて転入生の世話をすることになってしまった俺、藤崎湊人。引き受けたはいいけど、この転入生はこの学園の人気者に気に入られてしまって……
25話で本編完結+番外編4話
すべてを奪われた英雄は、
さいはて旅行社
BL
アスア王国の英雄ザット・ノーレンは仲間たちにすべてを奪われた。
隣国の神聖国グルシアの魔物大量発生でダンジョンに潜りラスボスの魔物も討伐できたが、そこで仲間に裏切られ黒い短剣で刺されてしまう。
それでも生き延びてダンジョンから生還したザット・ノーレンは神聖国グルシアで、王子と呼ばれる少年とその世話役のヴィンセントに出会う。
すべてを奪われた英雄が、自分や仲間だった者、これから出会う人々に向き合っていく物語。


もういいや
ちゃんちゃん
BL
急遽、有名で偏差値がバカ高い高校に編入した時雨 薊。兄である柊樹とともに編入したが……
まぁ……巻き込まれるよね!主人公だもん!
しかも男子校かよ………
ーーーーーーーー
亀更新です☆期待しないでください☆

心からの愛してる
マツユキ
BL
転入生が来た事により一人になってしまった結良。仕事に追われる日々が続く中、ついに体力の限界で倒れてしまう。過労がたたり数日入院している間にリコールされてしまい、あろうことか仕事をしていなかったのは結良だと噂で学園中に広まってしまっていた。
全寮制男子校
嫌われから固定で溺愛目指して頑張ります
※話の内容は全てフィクションになります。現実世界ではありえない設定等ありますのでご了承ください

【完結】義兄に十年片想いしているけれど、もう諦めます
夏ノ宮萄玄
BL
オレには、親の再婚によってできた義兄がいる。彼に対しオレが長年抱き続けてきた想いとは。
――どうしてオレは、この不毛な恋心を捨て去ることができないのだろう。
懊悩する義弟の桧理(かいり)に訪れた終わり。
義兄×義弟。美形で穏やかな社会人義兄と、つい先日まで高校生だった少しマイナス思考の義弟の話。短編小説です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる