そう言えばの笹岡くん。

織緒こん

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それから編

笹岡くんは食べられる✳︎

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 いつものように朝風呂に入り、朝食を食べた土曜日のこと。その日は食堂で別れずに、伊集院いじゅういん隼人はやとの部屋にやって来た。笹岡ささおか雄大ゆうだいはちょっと緊張してソワソワしている。

 今日はとても天気がいい。絶好の洗濯日和だ。

 部屋の隅から宅配の段ボール箱を引き摺り出して、ガムテープを剥がす。開梱して中から出したのは、洗濯用の粉石鹸、液体石鹸、石鹸洗濯用柔軟剤。他にも食器洗い用や掃除用、底の方にはボディ、ヘアケア用品まで入っている。

「あれ、この箱。うちの母が愛用してる化粧品ブランドの箱だよ」
「ホント? 嬉しいな。俺のうちのブランドだよ」
「そうなの?」

 プティ・アンジェ・グループの、通信販売用のパッケージである。オーガニック・コスメ部門の主任から、新レーベルのサンプルを送ってもらったので、梱包材が会社のものになってしまった。

「見たことないパッケージだね」

 洗濯石鹸の粉袋の背面を見て、笹岡は成分を読んでいる。ふむふむと頷いて全部の商品を見ると、パァっと顔を輝かせた。

「余計なもの、何にも入ってないね。柔軟剤とかリンスに入ってる香りも天然の精油だ」

 柔軟剤と言いつつも、クエン酸と天然由来香料しか入っていない。食べても平気だ。薬事法の問題で用途を明記しないと販売できないからだ。伊集院は笹岡のために必死に勉強したのだ。

「こんなライン、プティ・アンジェにあった?」
「新レーベルなんだ。モニターしてくれる?」

 ふたりでわちゃわちゃしながら、洗濯機で粉石鹸を攪拌してシーツもタオルも洗濯した。実はどちらも新品だが、伊集院は使つかめは洗濯する派だ。

 ワンルームマンションと同じ造りをしているため、各部屋にベランダがある。洗濯物から爽やかなミントの香りが広がって、笹岡はにっこりした。

 洗濯物を干しても手が痒くならない。

「これ、欲しいな。販路に乗るのはどのくらい先?」
「発売は未定だけど、発売しても買わなくてもいいよ。ゆーだのための石鹸だから」
「え?」
「この石鹸シリーズ、俺からゆーだにプレゼント」

 もともと開発中のレーベルだったが、社内では石鹸専門メーカーと競うことを『利がない』という意見もあった。また、スキンケアやヘアケアと洗濯石鹸は畑が違う。それをまとめて同レーベルにするなど、業界人には思いもよらぬことだった。

 伊集院は笹岡に会って、敏感肌の人の辛さを知った。

「処方箋薬局とかドラッグストアで売りたいんだ。肌の弱い人って、インターネットや口コミで探して取り寄せて、無くなりそうになったら早めに注文してって、面倒くさくない? 街の薬局で売ってたら、すごく助かると思うんだ」

 と、オーガニック部門を統括する姉に切々と訴えてみた。ちょうど古林翁からツナギがあったことで、日の目を見ることなく終わりそうだった開発商品が、世に出ることになった。

「キッカケはゆーだだけど、俺の進路の標になった」

 家の仕事のどっかの部署で、金を儲けて会社を大きくすることに邁進するんだろうなぁ、なんて、漠然とした未来だったけど。

「お陰で伊集院家では、ゆーだは神様扱いだよ。チャランポランな末っ子に、やる気を出させたんだから」
「ご実家?」
「うん、一生大事にしたい運命と出会っちゃったって伝えてある」
「いいいいい、一生⁈」
「公認だよ」

 動きを止めた笹岡は、一瞬後に全身真っ赤になった。

「公認?」

 実のところ実家だけでなく、笹岡の曽祖父の古林翁にもぶっちゃけている。しばらく前の会食の折、翁に頭を下げて懇願して来た。

 翁は笹岡のために敏感肌用のケア用品を開発するための資金を、充分に出資してくれると約束してくれた。⋯⋯正直、財界の重鎮が曾孫ひとりにここまで甘いのに驚いた。

 外堀は埋めきって、内堀は半分埋めた。

 それから伊集院はギクシャクする笹岡を誘って、図書室に向かった。緑森学園の図書室は、週末も開放されていて、昇降口を通らなくても外から直接入館できる。あらゆるジャンルの本が収められていて、明らかに主婦向けと思われるナチュラルハウスキーピング系のムック本などもあり、くすくす笑いながら閲覧した。

 笹岡の強張りも取れ、リラックスした笑顔が出てくると、伊集院はほっとした。

 部屋に戻るころには洗濯物はきれいに乾いていて、畳むと太陽の匂いがした。太陽の匂いのするタオルは、なんだか幸せの象徴に思える。フカフカのタオルに頬擦りする笹岡が幸せそうに笑うからだろうか。

 なんだかんだで一日中くっついて過ごして、夕食も一緒に食堂に行った。笹岡が和泉の継兄になったことをばらしてからは、伊集院の親衛隊も大人しい。隊長に『伊集院から求めるのは問題ない』ことを徹底して通達するよう頼んだので、笹岡に私刑を企てるものは制裁される。笹岡に詳しくは知らせていないが、安心できることだけわかってもらえればいい。

 好きなもの、好きなこと、苦手なもの、取り留めない話をしながらふたりは歩いて、寮の部屋への分かれ道までたどり着いた。

「部屋まで送るよ」

 伊集院はいつものように申し出た。

「⋯⋯」
「どうしたの、ゆーだ?」

 うつむく笹岡の耳が赤い。

 とろりと色気が滴った。

「どうしたの、ゆーだ⁈」

 同じ台詞を違う気持ちで口にする。なんでここで色気がダダ漏れる! 俺は何もしていない! 伊集院は焦った。

 笹岡の指が伊集院の袖をキュッと掴んだ。

「僕のお胎のなか、タプタプにして?」

 伊集院は笹岡の手を握ると、無言で自分の部屋に向かった。扉を開けると洗濯に使った衣類用リンスの爽やかなミントの香りがする。ひとりがけのリラックスチェアに腰を下ろすと、膝の上に笹岡を座らせて、腹に手を回して抱きしめた。

「無理しないで」

 坪倉に囁かれた言葉が、笹岡を縛り付けているのだろうか。

 伊集院は高校生になってから、親衛隊員以外を抱いたことがない。隊員の序列の確認とキャットファイトの回避のためであって、そこに生理的な欲望の発散以外の感情はない。親衛隊員は決して恋人ではなかった。

 笹岡に秘密や隠し事はしたくないが、純情な彼にはセフレ的な関係の説明は、キャパオーバーで頭がパンクしそうだ。

「朝からずっとドキドキしてた。僕のこと、朝まで閉じ込めるために、シーツを洗濯するのかなって思ってたんだ」

 ぶつん。

 理性が切れる音がした。

「閉じ込めて、いいの?」

「閉じ込めて、いいの」

 笹岡が首を回して伊集院を見た。潤んだ瞳に射抜かれて、伊集院は切れた理性を結び直すことを放棄した。

 噛み付くようにキスをする。二度目に触れた唇は、前よりも甘かった。きっと明日は、もっと甘い。

 唇をこじ開けて舌を差し込み、慣れない笹岡を翻弄した。⋯⋯否、翻弄されたのは伊集院だったかもしれない。たかがキスにこんなに夢中になったことはない。

 存分に口内を掻き回してキスを解くと、笹岡はぐにゃんと力を失って伊集院にもたれかかった。首元のボタンを外し、襟を寛げると白い首に舌を這わせた。

「⋯⋯はっ」

 短く、笹岡の吐息が漏れる。

「色っぽくて可愛い」

 それから、伊集院は丁寧に笹岡の身体を拓いて繋がった。笹岡はたくさん泣いて、鳴いて、啼いた。白い身体をくねらせて、自分を翻弄する男にしがみつく。

 初めての身体は中ではイけなくて、それでも前ではいっぱいイッて。

「隼人くん⋯⋯好き⋯⋯⋯⋯」

 笹岡の告白を合図にするように、伊集院は薄い膜の中に己の欲を吐き出した。

 
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