そう言えばの笹岡くん。

織緒こん

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伊集院、笹岡くんと出会う

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 信州の山奥にある緑森学園は絵に描いたような全寮制の学校で、俺様生徒会長やら謎の微笑み副会長、チャラ男会計、無口書記、双子庶務、ありがち設定満載の生徒会役員が幅をきかせている。
 その他、親衛隊持ちの風紀やらイケメンだのチワワだの華々しい生徒たちが話題を提供する中、二年花組に在籍する笹岡雄大ささおかゆうだいは淡々と勉学に励み生活していた。

 笹岡は普段はその他大勢に埋没しているが、ふとした時に「そう言えば、笹岡君て⋯⋯」と思い出す、そんな生徒であった。
 成績は上の下、運動はそこそこ、顔立ちは整ってはいるが地味。実家のランクも可もなく不可もなく、本当に地味な存在だったのだが。

 生徒会にて会計を務める伊集院隼人いじゅういんはやとは、チャラ男の名に恥じぬ朝帰りの途中、寮内の浴場に寄った。伊集院の昨夜のお相手は親衛隊のチワワちゃんで、あざと可愛くあんあん啼いてくれて、それなりに満足できた。初めはちょっとわざとらしい感じもしたが、自分の下で次第に演技を忘れて悶える様が、お馬鹿で可愛かったから良しとする。が、二度目は多分ない。

 寮の大浴場は、一晩中入浴可能である。信州の山奥という立地のお陰で、掛け流しの天然温泉が引かれている。豊富な湯量の恩恵に預かり、水道料金と燃料費がかからない為、学生寮にもかかわらず時間無制限に入浴できるのであった。ちなみに清掃は、生徒が学校に行っている昼間である。

 それはさておき伊集院は、チワワちゃんとの情事の跡を洗い流そうと、浴場にやって来た。自分の部屋にシャワーブースはあるが、チワワちゃんの匂いを持ち込みたくなかったからである。
 脱衣所の窓から見える夜空が、薄い紫に変わって来ていた。もうじき朝日が昇るだろう。
 静かな朝の浴場に、伊集院が戸を開ける音が響いた。カラカラという軽快な音は思ったよりも大きくて、先客を大いに驚かせたようだ。
 びっくり、を顔全体で表して振り向いたのは、「そう言えば」の笹岡だった。並んだ蛇口の前で風呂椅子に座った笹岡は、目も口もぽかんと開けて伊集院を見ていた。身体中を泡だらけにしている。

「あ、おはよう」

 ふにゃんと笑って朝の挨拶をして来た。

「お、おう。おはよー」

 伊集院は気圧されるように頷いて、挨拶を返す。
 笹岡は何事もなかったかのように鏡に向き直ると、さっさと泡を流して浴槽に移っていった。 ぽやんと頬を緩ませて温泉を堪能している。

 さて、伊集院はチャラ男であるが、意外とマメな男でもある。可愛いチワワちゃんたちを幻滅させない為に、筋トレなんかもコソコソ続けている。ヒョロすぎずゴツすぎず、綺麗な魅せる筋肉は、チワワちゃんたちに大変好評である。ベッドの中で見せつけると、大抵の子たちはねっとりと見つめた後で慌てて恥ずかしがるフリをする。

 それなのに笹岡の態度は、純粋に突然の物音に驚いただけだった。自分以外の人間を認識して物音の原因を把握すると、伊集院などどうでもいいと言うように、まるで意識をしている様子がない。

 伊集院は風呂椅子に腰を下ろすと、備え付けのボディソープのポンプを押した。人工的な香料の匂いが漂ってくる。笹岡が使っていた蛇口の辺りに視線を落とすと、洗面器の中に固形石鹸とネットが入っていた。ふと、あの石鹸はどんな匂いがするのかと気になった。無意識に身体を洗い頭からシャワーを浴びる。髪の毛をたっぷり濡らしてシャンプーを泡だてていると、背後でザバリと湯が揺れる音がして、笹岡が立ち上がる気配がする。
 
「じゃ、お先に」

 笹岡は気の抜けた声で言うと、洗面器を手にして浴場を後にした。伊集院は返事をしようとして失敗した。シャンプーの泡が目と口に入ってそれどころではなかったからだ。必死にシャワーで流して、浴槽にも入らずに追いかけた。けれど、すでに脱衣所には誰もいない。

 寝不足の頭が見せた夢だった訳ではない。彼は二年花組の笹岡雄大、確かに学園に在籍する生徒だ。そう言えば⋯⋯と思い出す。こんな風に「そう言えば」と、ふとした瞬間に思い出す生徒だった。

 伊集院はハタと動きを停止した。

「なんで俺は、アイツの後を追っかけているんだ?」

 辛うじて名前と顔だけ知っている、一般生徒。緑森学園は実家の勢力図がそのまま縮小された空間だ。表向き生徒は皆平等が謳われているが、幼い頃からのエリート教育や社交の経験から、能力差が現れるのは当然のことだ。良い家の子弟は良い教育を受け、そこそこの家はそこそこの教育を受ける。学園を離れた社交の場でも顔を見ることはないから、笹岡雄大は伊集院とはなんの接点もない生徒だった。

 風呂を済ませて自室に戻っても、時間はまだ七時前だ。いつもなら時間ギリギリまで仮眠を取って、朝食も摂らずに登校するのだが、眠気は襲って来なかった。登校時間まですることもないので、諦めて食堂に向かう。
 朝食をきちんと摂る副会長と庶務たちに遭遇して珍しがられたり、親衛隊に代わる代わる挨拶されてチャラく投げキスを返したりして時間を潰し、その後の一日はそわそわと落ち着かずに過ごした。

 夜になってチワワちゃんの誘いを断ると、早々に自室のベッドに倒れこんだ。こんな時間に自分の部屋にいるなんて、随分と久しぶりだ。テスト前以外は親衛隊がローテーションを組んで誘いに来るから、基本的に毎晩チワワちゃんの部屋に赴く。けれど今夜はそんな気分になれなかった。

 笹岡の白い身体が脳裏を掠める。手の平で洗面器から泡をすくって、体をくるくると撫でるように洗っていた。⋯⋯わずかな時間でそこまで見ていた自分に驚いたが、スポンジを使わずに手の平で直接身体をさする姿を思い出し、カッと身体が熱くなった。

 アイツは自分の身体のどこまで、あの手で撫でさすっているのだろうか? アイツの手で、俺の身体をそうされたら、どんなに気持ちがいいだろう。

 気付くと伊集院の男の部分が硬く張り詰めていた。湯に浸かってほにゃりと緩ませた頰を思い出し、とろりとした眼差しを自分に向けさせたいと思った。そこに手を添えて、風呂椅子に腰掛ける後ろ姿を脳裏に浮かべ、後背位で貫く想像をすると、グッと質量を増した。
 白い背中からまろやかな尻しか見ていない。鎖骨や胸元を夢想する。

 果ては呆気なくやって来た。早すぎて笑ってしまう。

 今朝の笹岡は、伊集院に向かって「おはよう」と言った。浴場で素っ裸での朝の挨拶だった。いつかこの場所⋯⋯ベッドの上で言わせてやる。もちろん素っ裸だ。いや、自分のシャツなら着ていて良い。何も知らない身体に、一から教え込むことを思って、背中がゾクゾクした。

 待て、一から?

 笹岡はフリーなのだろうか? なぜ、あんな早朝に浴場にいたのだろう。伊集院の入浴時間は、大体午前二時から三時ごろだった。毎晩チワワちゃんと楽しんで、自室に戻る途中で寄るのがルーティンだ。それが昨夜はねちっこく誘って来るタイプの子で、しつこく強請られて部屋を出るのが遅くなった。それで笹岡に会ったのだから良しとするが、彼も情事の痕跡を消すためだったとしたら。

 白い背中には、残された跡はなかった。では前は? 相手は跡を残すのを嫌うのか?
 不思議なことに笹岡が誰かを組み敷く姿は想像出来なかった。

 伊集院の口に笑みが浮かぶ。いつものチャラい笑みでなく、男臭いケモノ染みた笑みだった。フリーならば良い。そうでなくても奪うまでだ。

 頭も尻も軽いチワワちゃんと遊ぶのはおしまいだ。伊集院は名前と顔しか知らない相手に落ちたことを自覚して、もう一度自身を滾らせた。
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