主人公はふたりいる。

織緒こん

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体育祭はルート分岐点?

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 五月も半ばを過ぎ、校内は体育祭に向けてざわめいている。以前は九月開催だったのだけど、近年の残暑の厳しさのため四年前に五月の最終土曜日に変更されたらしい。でも五月もやっぱり暑すぎて、学校側は頭を抱えているとかいないとか。

 チーム分けはクラス単位、全学年の縦割りなので、うちのクラスはの白百合団になる。⋯⋯三年百合組に藤宮会長が在籍してた。団結式とかちょいちょい顔合わせるんだけど、「お」って顔して片手あげるのやめて欲しい。花城さんの視線が痛い。

「ねぇねぇ浦っち、もしかして風紀委員長って蓮子はす組?」

 浦っちが蓮子組だから、もしかしてと思ったんだけど、当たってた。

「我が睡蓮すいれん団の団長サマだよ」

 そっか、浦っちはボンバーと同じクラスだから、風紀委員長とボンバーの繋がりも切れてないのか。やっぱり花城さんと大空くんは、それぞれ主人公なんだろうか。マイナスからのスタートで、好感度上げてくのかも。

「体育祭かぁ、イベントありそうだよなぁ」
「だよねー。お姉ちゃん情報ないの?」
「ない」

 うわぁ言い切った。

「ボンバーはあれからどうしてる? わたし、結局のところ、ボンバーとは遭遇してないのよ」

 そう、実はボンバーと直接会ってないの。瓶底眼鏡とアフロヘアを遠目でチラッと見ただけで、事故の時は声だけ聞いたの。風紀委員長が身形指導するって言ってたから、ふたりの接触はあるはずなんだけど、進展はどうよ。

「風紀に呼び出しくらったけど、アフロも眼鏡もそのまんま。俺も一条と二宮と一緒に呼ばれて、なんとかしろって頼まれた」
「着々と巻き込まれてるわね」
「アンタもね」
「ボンバーの好感度は? 生徒会室で会った時、超面倒そうだったんだけど」
「べらぼうに低いよ。何言ってもトンチンカンな返事しか返ってこないし、コメカミに青筋立ててた」

 事故の時、薄ぼんやり聞こえていたボンバーの口調を思い出す。あの状態のわたしに向かって、其処退けかましたあれですな。まともな会話が成り立つとは思えない。風紀委員長も匙を投げたくなるだろう。

「基本的に面倒見のいい人だと思うんだ。俺の脚も気遣ってくれたし、体育祭に出られないのを残念がってくれるし」

 とか言いながら嫌そうだね、浦っちよ。気持ちはわかる。関心を持たれたくないんだよね。

「峰さんは出られるの?」
「バラエティ競技ね」

 リレーや徒競走のような、高得点の花形競技は無理。玉入れに決まって、密かにニヤリとしている。

 実はアラサーOL、玉入れ得意なのだ!  超マイナー、町おこし自治会対抗競技玉入れの代表だったのよ。町内会のおっちゃんおばちゃんとブイブイ言わしてたわ。今、白百合団の玉入れメンバーに極意を伝授しているのだ、えっへん。

「なに目立つことしてんだよ」

 呆れないでよ。出られない人の前ではしゃいで悪かったけど、ちょっとくらい良いじゃん。会長と花城さんのことで胃がキリキリしてるんだもん、気分転換も必要だわ。

「それより、これから体育祭が終わるまでひとりになるなよ。設営中の櫓とか用具室とか、セオリー通りなら絶対に何か倒れてくるから」
「花城さんにも近づかないでおくわ。あなたもボンバーに寄っちゃだめよ」

 体育祭についての情報はほとんどなく、それから当日までの日程は、スマホで連絡を取り合うだけだった。ギプスが取れたって喜びのメールが来たり、途中で一度『 エマージェンシー! ボンバー絡みで風紀委員長とサシ! 助けてー!』と来たので『逃げろ! 無理なら健闘を祈る!』と返信しておいた。

 そんなこんなで体育祭当日は、嫌になるくらいいい天気になった。開会式では保健医がマイクを持って熱中症注意喚起をした。今日は保健室と職員会議室は冷房を入れておくらしい。サボって勝手に入り込んでは駄目だけど、具合が悪くなったら申し出るように、とのお達しである。

 団分けは四つ。百合組の白百合団、蓮子組の睡蓮団、桔梗組の岡止々岐おかととき団、芙蓉組の紅芙蓉団。普通に白組とかじゃ駄目だったのかな。 岡止々岐なんて伝統の団名らしいんだけど、意味不明すぎてスマホで検索しちゃったわよ。桔梗の古代名なんだって。ちなみに蓮子と睡蓮は、似ているけど別の花だ。

 各分団、百メートル走、二百メートル走と順調に点数を重ね、綱引きやらパン食い競争なんかで白熱し、玉入れではグラウンドの度肝を抜いてやった。ぬっふっふ、開始十五秒で全ての玉を籠に入れてやったわよ。

 ぽっかーん、てしてたわ。

 玉入れってね、個人で好き勝手に投げてちゃ駄目なの。開始の瞬間に地面に撒かれた玉を集めて、十個一組で俵積みを作るの。その形のままバレーボールのトスみたいにして投げ上げると、塊で籠に入るのよ。ポイントはひとりずつ投げること。でないと人が投げたのとぶつかって、バラけて籠に入らないから。

 二回戦とも白百合団圧勝。

 放送部のエースが興奮して実況してるのを聞きながら選手退場口に移動する。浦っちが口を開けて呆けているのが見えた、ププッ。

 白百合団に戻ると、大きな歓声で迎えられた。嬉しくなって、一緒に玉入れをしていた春香さんたちとハイタッチする。出迎えた団長の藤宮会長が笑顔で拍手していた。

「すごいな。あんな玉入れは初めて見たぞ」
「秘密の特訓の成果ですわ」
「依子さんが効果的な方法を調べてくださったんです」

 聡子さんと春香さんがぺろっとバラした。調べたんじゃなくて知ってたんだけど、言えるわけもない。

「皆さん、借り物競争が始まってますよ」

 あからさまに話題を変えてみる。白百合団以外はすでに気持ちを切り替えて、グラウンドの選手を応援していた。

 紙切れを持った青鉢巻の男子生徒が、応援席をキョロキョロして何かを探している。あの鉢巻の色は岡止々岐団ね。彼は花城さんを引っ張り出すと、手首を掴んで走り出した。花城さんは照れたような仕草をしているけど、抵抗はしない。そのまま朝礼台に登ると、男子生徒は司会の放送部員に紙切れを渡した。

「お題はーー『好きな人』! おーっと彼女さんですかぁ⁈」
「ちっ違います!」

 マイクパフォーマンスにグラウンドが湧く。放送部員にマイクを突きつけられた花城さんは、大袈裟に首を振った。真っ赤な顔をして、とても可憐だ。あの顔が般若になるんだから、不思議だねぇ。

「彼女じゃないけど『好きな人』です! 付き合ってください!」
「ごめんなさいっ」
「残念っ! 玉砕したけど、お題はクリアだぁ! 二の桔梗、勇気ある彼に盛大な拍手を~っ!」

 何の茶番だ。白百合団の一年生は白けて半眼になっていた。クラスでの一部男子に媚びる姿を見てる身としては、冷めた目を向けるのはしょうがない。他団のお題にノコノコ付いて行って得点獲得に貢献してるんだもん、藤宮会長も一緒になって半眼になってたよ。

 その後も『靴』『学園長』と無難なお題が続き、ふと見ると高根沢委員長が男子生徒を姫抱きして走っていた。

 浦っち!

 モブらしく小柄だけど、人間ひとり抱いて走るって、風紀委員長、いったいどんだけ馬鹿力なの! 軽やかに朝礼台に登ると早速、放送委員が紙を開いてマイクを掲げた。

「お題は『不憫な人』! おやぁ? 一の蓮子の彼は不憫なんですか⁈」
「骨折して体育祭に参加出来ないなんて、不憫じゃないか?」
「高根沢委員長はこう言ってますが、ご本人は?」
「⋯⋯姫抱っこされてる、今この瞬間が不憫です⋯⋯⋯⋯」

 どっと受けた。

「満場一致でクリア!」

 うわぁ、本当に不憫だ。松葉杖をどこかに置いてきたのだろう、浦っちは帰りも風紀委員長に姫抱きされたまま連れていかれた。脳裏にドナドナが浮かんだよ。

 午前の競技は、妙な興奮に包まれて盛況のうち終了したのだった。
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