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生徒会長 藤宮錦 ①
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星陵学園の映えある生徒会長・藤宮錦は、女子生徒が階段から落ちる姿を見送った。身体は反射的に彼女に向かって手を伸ばしたが、それは届かなかった。
「イヤっ、こわぁい」
ピンクブラウンに染めた髪の毛が胸元で揺れて、持ち主がしがみついている。無性にイラついて、両手で肩を掴んで引き剥がし、階段を駆け下りた。三峰依子の友人らしきふたりの、甲高い悲鳴が背中を追いかけて来る。男子生徒を下敷きにして、三峰依子がぐったりと倒れていた。
風紀委員長が珍妙な男子を怒鳴りつけていて、藤宮はそれどころじゃないだろうと舌打ちをした。
「依子さんっ、依子さんっ」
「誰か先生に連絡を!」
パタパタとスカートを翻してやって来た三峰嬢の友人たちが、彼女に取りすがろうとするのを引き止めた。頭を打っていたら、動かしては危険だ。
(大丈夫だよ、心配しないで)
三峰嬢の唇が震えた。藤宮は息を飲んだ。かすかな囁きは、友人を気遣うものだった。
「藤宮、何があった? 彼女の名前はわかるか?」
「一年百合組の三峰依子と言っていた。正直何が何だか⋯⋯。事故だとは思うがちょっと腑に落ちない」
風紀委員長・高根沢芳樹が寄って来た。高根沢は近くにいた風紀委員に保健医への連絡を指示し、野次馬から数人の男子を選んで現場を封鎖させた。流石に校内の警備をさせたら仕事が早い。
「三浦が重そうにしてるじゃないか! 早く三浦の上からのけろよ! アンタもこんなところで寝てたら迷惑なんだぞ!」
「お前は黙ってろ!」
「お前じゃない、大空翔だ! 名前はきちんと呼びなさいってお母さんに習わなかったのか? 俺は名乗ったぞ、お前の名前はなんだ?」
「そこのお前、コイツを黙らせろ!」
珍妙な男子がトンチンカンなことをほざいて、高根沢がキレ気味に、連れらしい地味なふたり連れに言った。突然振られたふたりは、オロオロするばかりだ。
「命令はダメだぞ、お願いしなくちゃ! そっちのアンタもいつまで寝てるんだ? いい加減起きなよ!」
「寝てるんじゃない! 失神してるんだ!」
「高根沢、コイツ締めていいか?」
一連のやり取りは藤宮をイラつかせた。大空と言う珍妙な一年生は、頭のネジが足りないどころか一本もないのに違いない。
「俺、大丈夫ですから。この子動かすと危険だから、救急車が来るまでこのままにしてください」
呻くように三浦が言った。どこか痛むのか眉根を寄せている。
「イヤなことはイヤって言わなきゃダメだぞ! 重たいだろ、三浦!」
「動かすとこの子、死ぬから」
「!!」
三浦が大空をにらんだ。流石に二の句が継げなかったのか大空が口を噤んだので静かになった。代わりに三浦の言葉に衝撃を受けた女子生徒ふたりが、ヘナヘナと座り込んだ。
藤宮と高根沢は、大空を黙らせるための方便だと気づいたが、友人の事故に動揺しているふたりには耐えられなかったようだ。
しばらく異様な沈黙が場を支配したが、程なくざわめきと共に保健医と一年百合組・蓮子組の担任がやって来た。保健医は直ぐに藤宮たちに情況をきくと、救急車の要請をした。
保健医が救急車に付き添って行き、担任たちは家族への連絡のため立ち去った。動揺するふたりの女子生徒を、校内カウンセリングの女性が保健室へ連れて行ったところで、藤宮と高根沢はほっと息をついた。
救急隊員と保健医のやり取りから察するに、大事には至らなそうだった。
「事情を整理しよう。階段の上で何があった?」
「生徒同士のトラブルがあったんだが、そこに居合わせた」
藤宮はかいつまんで説明した。
「で、その女子が手を払ったんだな? そんな端に立ってたのか?」
「いや、そうでもない。だったらあの女が抱きついて来た勢いで、俺が落ちてる」
ぽやぽやした雰囲気の彼女は、あの女に手を払われて一瞬目を丸くした。その後よろけて、捩った身体は後頭部から落ちて行った。女がしがみ付いて来て、伸ばした藤宮の手は空を切った。
「⋯⋯あの女が居ない」
頰を腫らして、上目遣で身体をくねらせた女。今のところ事故だが、当事者と言える女が消えた。救急隊員の回りをスゲースゲーと煩くしてついて行った大空と、彼を必死で引き止めながら追いかけていたふたり組は、ひとまず事故には関係ない。しかし、彼女には話を聞かなければならないだろう。
「あの女って犯人扱いか。犯罪のニュースだって、容疑が固まるまでは女性って言うだろ」
「生理的に受け付けないタイプだったんだ」
「そこは公平に見ろよ」
「さっきのトンチンカン野郎と同じ臭いがした」
「⋯⋯そりゃしょうがない」
高根沢は大空翔の空気を読まないトンチンカンな様を思い出して、ゲンナリした。アレの女版なら、さぞかしウザいことだろう。
「悪いが風紀を貸してくれ。一の百合の女子が何か騒ぎを起こしてないか、聞き込みを頼みたい」
「了解、今日中に終わらせる。明後日からゴールデンウィークだ、明日にはその女子、呼び出すんだろ?」
言いながら高根沢は身をかがめて、落ちていた構内シューズを拾い上げた。片方だけのそれは、三峰依子のものに違いなかった。
「イヤっ、こわぁい」
ピンクブラウンに染めた髪の毛が胸元で揺れて、持ち主がしがみついている。無性にイラついて、両手で肩を掴んで引き剥がし、階段を駆け下りた。三峰依子の友人らしきふたりの、甲高い悲鳴が背中を追いかけて来る。男子生徒を下敷きにして、三峰依子がぐったりと倒れていた。
風紀委員長が珍妙な男子を怒鳴りつけていて、藤宮はそれどころじゃないだろうと舌打ちをした。
「依子さんっ、依子さんっ」
「誰か先生に連絡を!」
パタパタとスカートを翻してやって来た三峰嬢の友人たちが、彼女に取りすがろうとするのを引き止めた。頭を打っていたら、動かしては危険だ。
(大丈夫だよ、心配しないで)
三峰嬢の唇が震えた。藤宮は息を飲んだ。かすかな囁きは、友人を気遣うものだった。
「藤宮、何があった? 彼女の名前はわかるか?」
「一年百合組の三峰依子と言っていた。正直何が何だか⋯⋯。事故だとは思うがちょっと腑に落ちない」
風紀委員長・高根沢芳樹が寄って来た。高根沢は近くにいた風紀委員に保健医への連絡を指示し、野次馬から数人の男子を選んで現場を封鎖させた。流石に校内の警備をさせたら仕事が早い。
「三浦が重そうにしてるじゃないか! 早く三浦の上からのけろよ! アンタもこんなところで寝てたら迷惑なんだぞ!」
「お前は黙ってろ!」
「お前じゃない、大空翔だ! 名前はきちんと呼びなさいってお母さんに習わなかったのか? 俺は名乗ったぞ、お前の名前はなんだ?」
「そこのお前、コイツを黙らせろ!」
珍妙な男子がトンチンカンなことをほざいて、高根沢がキレ気味に、連れらしい地味なふたり連れに言った。突然振られたふたりは、オロオロするばかりだ。
「命令はダメだぞ、お願いしなくちゃ! そっちのアンタもいつまで寝てるんだ? いい加減起きなよ!」
「寝てるんじゃない! 失神してるんだ!」
「高根沢、コイツ締めていいか?」
一連のやり取りは藤宮をイラつかせた。大空と言う珍妙な一年生は、頭のネジが足りないどころか一本もないのに違いない。
「俺、大丈夫ですから。この子動かすと危険だから、救急車が来るまでこのままにしてください」
呻くように三浦が言った。どこか痛むのか眉根を寄せている。
「イヤなことはイヤって言わなきゃダメだぞ! 重たいだろ、三浦!」
「動かすとこの子、死ぬから」
「!!」
三浦が大空をにらんだ。流石に二の句が継げなかったのか大空が口を噤んだので静かになった。代わりに三浦の言葉に衝撃を受けた女子生徒ふたりが、ヘナヘナと座り込んだ。
藤宮と高根沢は、大空を黙らせるための方便だと気づいたが、友人の事故に動揺しているふたりには耐えられなかったようだ。
しばらく異様な沈黙が場を支配したが、程なくざわめきと共に保健医と一年百合組・蓮子組の担任がやって来た。保健医は直ぐに藤宮たちに情況をきくと、救急車の要請をした。
保健医が救急車に付き添って行き、担任たちは家族への連絡のため立ち去った。動揺するふたりの女子生徒を、校内カウンセリングの女性が保健室へ連れて行ったところで、藤宮と高根沢はほっと息をついた。
救急隊員と保健医のやり取りから察するに、大事には至らなそうだった。
「事情を整理しよう。階段の上で何があった?」
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藤宮はかいつまんで説明した。
「で、その女子が手を払ったんだな? そんな端に立ってたのか?」
「いや、そうでもない。だったらあの女が抱きついて来た勢いで、俺が落ちてる」
ぽやぽやした雰囲気の彼女は、あの女に手を払われて一瞬目を丸くした。その後よろけて、捩った身体は後頭部から落ちて行った。女がしがみ付いて来て、伸ばした藤宮の手は空を切った。
「⋯⋯あの女が居ない」
頰を腫らして、上目遣で身体をくねらせた女。今のところ事故だが、当事者と言える女が消えた。救急隊員の回りをスゲースゲーと煩くしてついて行った大空と、彼を必死で引き止めながら追いかけていたふたり組は、ひとまず事故には関係ない。しかし、彼女には話を聞かなければならないだろう。
「あの女って犯人扱いか。犯罪のニュースだって、容疑が固まるまでは女性って言うだろ」
「生理的に受け付けないタイプだったんだ」
「そこは公平に見ろよ」
「さっきのトンチンカン野郎と同じ臭いがした」
「⋯⋯そりゃしょうがない」
高根沢は大空翔の空気を読まないトンチンカンな様を思い出して、ゲンナリした。アレの女版なら、さぞかしウザいことだろう。
「悪いが風紀を貸してくれ。一の百合の女子が何か騒ぎを起こしてないか、聞き込みを頼みたい」
「了解、今日中に終わらせる。明後日からゴールデンウィークだ、明日にはその女子、呼び出すんだろ?」
言いながら高根沢は身をかがめて、落ちていた構内シューズを拾い上げた。片方だけのそれは、三峰依子のものに違いなかった。
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