主人公はふたりいる。

織緒こん

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嵐を呼ぶヒロイン

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 オリエンテーションは恙無く終了しなかった。

 ええ、そりゃもう大騒ぎだった。

 ヒロインちゃんである花城さんは、行く先々でプチ揉め事を起こした。スポーツ系の女子部に見学行けば「汗臭い」と大声でのたまい、文化系の部活は「キモい」と蔑む。反面、スポーツ系男子部は品がないほど黄色い声援を送って、女子マネには喧嘩を売っていた。
 
 モブ三人組はその度に花城さんをその場から引っ張り出し、きつく注意し、謝り倒した。

 アラサーOLの謝罪スキルを持ってしてもキツイ。

 オリエンテーションは部活動・委員会活動の見学会だ。先輩方は新入生のために、授業を潰して活動を見せてくださっている。それに対して暴言を吐くとは何事だ。

 聡子さんが切々と訴えるように諭したものの、花城さんはどこ吹く風。そっぽを向いてピンクブラウンの髪の毛をいじっている。⋯⋯聞いちゃいない。

「だって女の子が汗臭いのって、マナー違反じゃないの」

 花城さんは 小馬鹿にしたように言った。あら、一応聞いてたのね。

「それに化学室とか図書室とかにこもってコソコソやってるのって、根暗っていうか、キモくて生理的に受け付けないの」

 なんだろう、いつもの甘ったるい口調じゃないのは、ここにイケメンがいないからかな? 生徒会長さまや風紀委員長さまがいたら、その台詞言う?

「花城さん、いい加減になさいませ!」

 あ、聡子さんがキレた。

 聡子さん、怒ったとこ見たことなかった! 

「我が校の女子スポーツ選手は、国の強化選手にも選ばれる方もいらっしゃいます。化学部には数学選手権世界大会入賞者が、美術部には二科展入賞者が、そのほかにも数えたらキリがありません。あなたの個人的な偏見は心の中だけになさい!」

 言い切りましたね、聡子さん!

 彼女の言う通り、うちの学校の生徒は優秀なのだ。生活に余裕がある分習い事にも熱心な家庭が多いし、才能を見出したらとことん追求する環境を整えることが出来る。

 因みに聡子さんが言った化学部員は、花城さんが大好きなお金持ちなイケメンだ。白衣の似合うインテリイケメンね。

 一方聡子さんに叱責された花城さんは、今度こそ馬耳東風、シラーっとして肩をすくめた。全身で「面倒臭い」って言ってるのがダダ漏れている。

 この態度はないわ~って眺めてたら、花城さんの肩がピクッと揺れた。視線の先は⋯⋯あ、生徒会長が階段を上ってくる。

 突然だった。

 花城さんが突然パチンと自分の頰を叩いたと思ったら、よろけるように生徒会長の前にまろび出た。

 何してんの、アンタ?

「酷いです、わたし何もしていないのに!」

 片方の頰を真っ赤にして、大きな瞳にウルウルと涙を湛えている。生徒会長はいきなり目の前に飛び出してきた女子生徒に一瞬怯んだようだ。そりゃそうだ、人間は反射的に仰け反るものだ。

 花城さんはそれが不満だったのか、グイグイ会長に寄っていく。「コワイ」とか小さな声が聞こえたけど、わたしはアンタが怖い。聡子さんと春香さんもドン引きしてる。

 花城さんがちらりとこっちに視線を向けると、生徒会長がつられてわたしたちに気がついた。あれ? ヤバくない?

「おい、お前たち。これは何だ」

 これとは状況のことでしょうか、あなたに擦り寄るヒロインちゃんのことでしょうか。

 どう答えるべきか悩んでいると、花城さんがぽろぽろと涙を零し始めた。満々と湛えていたものが、睫毛の堤防を越えたらしい。

「わ、わたし、彼女たちとオリエンテーション回ってて⋯⋯感想を言ったり応援したりしてただけなのに⋯⋯」

 ふるふると震えて、体をぎゅっと縮こませる。あ、会長の胸に縋り付きながら、ほっぺたつねってる。まあそうよね、一回やそこら自分で叩いたからって、いつまでも赤いわけじゃない。

「本当か?」

 会長は花城さんじゃなく、わたし達に問うた。こちらは頷くしかない。何せ彼女の言葉に嘘はないからだ。感想の内容や応援の態度を言わないだけで、こんなに実際の状況と違って聞こえるのね。しかも、頰の赤みには何一つ触れていないのに、あたかも暴力を振るわれたかのようだ。

「少し配慮が足りないようでしたので、注意を促していました」

 春香さんがおっとり言った。聡子さんに言わせては危険な気がして、わたしも参戦する。

「ええ、つい応援に熱が入ったようで、関係者の方に控えるよう要請されましたの」

 実際は騒ぎすぎた挙句、休憩中に選手をサポートする女子マネを「媚びてる」と貶して、怒った部長に追い出されたのだ。ついさっき、男子バスケット部の出来事。爽やかなイケメン部長は大事な妹さんを貶されて、たいそうお怒りだった。

 外部生の花城さんは、バスケット部の麗しい兄妹を知らなかったので、イケメンと美少女が親しげにしてるのが気に食わなかったのだろう。

 春香さんとわたしはオブラートを三枚重ねくらいにして言ったのに、花城さんがギロリと睨む。美少女が台無しなんだけどな。

 だいたい分が悪い。花城さんは嘘は言っていないし、暴力を振るわれたとも言っていない。会長だって暴力を疑う言葉は口にしていない。状況的には、言いがかりをつけて暴力を振るったように見える。でも、こちらから頰の赤みについて何かいうことは、言い訳にしか見えないワケだ。

「花城さん、会長はお忙しくていらっしゃいます。それに男性のそばに寄りすぎですよ」

 聡子さん、言外に離れろと言いましたね。なんか聡子さんの周りが寒い気がする⋯⋯。怒ったの初めて見たけど、怒らせちゃいけない人だったのね!

「さ、聡子さん落ち着いて」

 春香さんが聡子さんの袖を引いた。ふたりは小学生の頃から一緒らしいので、なだめ役はお任せしよう。

 わたしは仕方なく(ええ、仕方なく!)花城さんを会長から引き剥がすために、ふたりの方へ歩んだ。

「彼女は少し興奮しているようです。見学は休憩して、教室で落ち着くまで様子を見ようと思います」

 花城さんではなく会長に言う。わたしが言ったって聞きはしないだろうから、まずは会長からだ。会長だって面倒ごとはごめんだろう。乗ってくれると踏んだ。

「そうだな、それがいい」

  会長はすぐに頷いた。
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