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アナフィラキシーショック 勘違い思い込みヤンデレ×あの子

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俺の恋人はよく言えばおおらか。悪く言えば大雑把だ。

前からあれほど似合うよと言っていたのに、違う柄のブラウスを着ている。
身体が冷えてしまうからやめろと言ったのに、温かいハーブティーではなく冷たいコーヒーを飲んでいる。

同じ会社で、同じフロアにいるのだからすぐに分かるのに。
忙しいのも分かるが、俺の言葉が軽く流されてしまっているようで少々歯がゆく思う時もある。

今日だって一緒に昼を食べに行くつもりでいたのに、コンビニで買ったおにぎりを片手にモニターとにらめっこをしている。
昼休みにも関わらず、頑張っているその姿はとても健気で可愛らしいが、眉間の皺はいただけない。


「はい、これ差し入れ」


温かいココアを彼女のデスクに置く。
集中しすぎて俺が傍にいたことに気が付かなかったのだろう。
驚いたようにこちらを見た。丸い瞳が俺を捉える。


「佐野君。ごめん全然気が付かなくて…いつもありがとう」


彼女はそう言って、差し入れにそっと手を触れる。
俺の節ばった手と違って彼女の手はふっくらと柔らかそう。その薬指には俺が贈る指輪が嵌まるのだと思うと嬉しくなる。


「あまり根詰めるなよ。皺、できてんぞ」


自分の眉間に指を当てて見せれば、はっとしたような顔をした後苦笑いをする。


「ごめん、部長から急に今度の会議に使う資料の変更を頼まれて…焦ってて」と困ったように笑う。


「またか?お前結構念入りに部長に確認してたよな?」


「そう。あれほど確認したのに、最終調整に入った途端に修正しろってさ。予防策はとってたけどやっぱり手間は掛かるんだよねぇ…」


ため息をひとつついて、また眉間に皺が寄るの見つめる。
少し疲れた様子の彼女を憂う。

お前昨日帰るの遅かっただろ?いつもより化粧が濃いのは顔色が悪いのをごまかす時だ。

俺をもっと頼れば良いのに。
社内では恋人でいることを隠しているから大っぴらに頼みづらいのも分かるが、よりにもよっていけ好かない後輩に頼むなんて。
午前中、必死にパソコンと向き合っては、そいつと都度確認や打ち合わせをしている。
彼女の声だけ聴きたいのに、ああでもないこうでもないと二人で話していればそいつの声が否が応でも耳に入り込んできて不快だった。

いくらなんでも、ちょっと気を許しすぎじゃないか?
そいつもそいつで、彼女と話しているときは妙に楽しそうに見えて、好意の目で見ているのがわかる。気持ち悪いんだよ。あの眼を思い出して心の中で悪態をつく。


「手伝うことあれば、俺もやるから声かけろよ」


「ありがとう、助かる。頼れる同期はやっぱり違うね」とにこりと笑い、「佐野君午後から外回りでしょ?今日も寒いからあったかくしてね」と優しい言葉と笑顔を向けられる。
少しの逢瀬ではあるが、心が満たされた。それと同時に、午後は彼女を見守れないことを歯がゆく思いながら、外回りへ行くために自分のデスクに戻った。





仕事納めに向けて、各部署追い込みをかけている。
彼女の部署も、類に漏れず残業が続いているようだった。

今日はあのしゃしゃり出てくる後輩は、出張で不在。
他の社員も週末ということもあって残業もほどほどに帰ったようだった。

部署が違えば帰りも違うくなってしまうため、こうやって一緒に帰ることができる日はかなり久しぶりだった。
夜の帳が下りて肌を刺すような寒さもあるが、ふたりで仕事の愚痴や近況などたわいもないことで言葉を交わすこういった時間も大事に思えた。
彼女も少し疲れているようだが、キリの良いところまで仕上げたようで少しほっとした様子で隣を歩く。


「その腕時計、新しいの買った?」


そう言って鞄のベルトについている、時計を見やる。
いつもつけている時計とは違う。ピンクゴールドのベルトと装飾性のある文字盤の時計。

「よく気が付いたね。ついこの前新しくしたの」

彼女のその言葉と選ばなさそうなデザインのそれに、強烈な違和感を覚えた。
そして、その違和感は言葉になって口をつく。


「でもお前、金属アレルギーだよな?」


彼女のデスクに迎えに行った時には腕につけずに、デスクに置いていた。帰る時も鞄のベルトにつけているあたりアレルギーのある金属を使用しているのは明らかだった。

アレルゲンのあるものを、彼女自ら買うなんてことはありえない。
家族や親しい友人ならば当然金属アレルギーのことを知っているから、贈るなんてことはしないはず。
それに、彼女が先日まで身につけていた皮素材の時計の方が、シンプルながら上品なデザインで似合っていた。

つまり、彼女のアレルギーのことを知らない、彼女の好みを知りもしない人間が贈ったことになる。


それなのに、自分にあわない時計を目に見えるところに置き、それほど大事にする理由は?

今こうして時計の話をしながら幸せそうに微笑む、その理由は?

その時計の向こうに――――――誰がいる?


底冷えするような寒さと、星もない夜の闇に侵食されるように、心にじわりと黒いものが滲む。

彼女は俺の言葉に僅かながら驚いた顔をしたが、すぐに微笑みこう述べた。


「…うん。でもせっかくの時計だし皮ベルトにしちゃうのも、もったいないかなって」


「お前にそんなのは似合わない。やめた方が良いぞ」


彼女の言葉を遮るようにそう言った俺の声は、自分でも驚くほど冷えた声だった。


「え…っ?ど、どうしたの…?そんな急に…」



隣を歩いていた彼女が歩みを止める。
それと同時に、俺は彼女の手首に巻きつけるように、自分の手を重ねる。
彼女は驚き、戸惑ったような顔をする。

なぜ驚くんだ。
恋人なんだから、そんなの知ってるよ。
だからいつも皮のベルトの時計にしてたじゃないか。
金属製のピアスや、ネックレスをつけないものそのせいだろ?
指輪を贈る時は、それに対応したブランドのものにしようって決めてたんだ。


「アレルギー反応が出たらつらいだろ」


「だ、大丈夫だよ。ずっと腕につけていなければそこまでひどくはならないし…」


視線をそらして俯きながら彼女はつぶやくように言った。

嫉妬を見せて、怯えさせてしまっただろうか。
だが、自分が思うより俺は狭量だったようだ。
その時計を、今すぐ彼女の目の前で壊してしまいたいほどの衝動に駆られる。
煮えたぎるような想いに体が震えているのがわかる。

手を放してほしそうにする彼女を見つめる。


「心配だから言ってるんだ。そんなのお前のためにならない」


感情が、言葉になって口をついて出てくる。


「しかも、そんなデザインの時計、お前には似合ってない。前の方が良かった」


「センスもなければ、お前の好みも体質も分からない奴なんだな」と忌々しい時計に冷い視線を注ぎながら言い捨てれば、彼女は戸惑い、驚いたように目を見開く。

しかしその後、その瞳はまっすぐ俺を見据えた。


「なっ…!なんで、そこまで言うの。別にアレルギーのことも時計のことも佐野君には関係ないじゃない」


「私の大事なものを悪く言わないで」と澄んだ瞳で瞳で俺を睨みつける。


握っていた手は、彼女によって振り払われる。
行き場のなくなった俺の手は途端に熱を奪われ、寒さに晒される。


大事?そんなものが?

どうせ贈ったのもあの軽薄そうな後輩の男なのだろう。
後輩の分際で彼女に話かけて、目をかけてもらって。
俺から彼女を奪おうとする肝物だ。


「関係ないわけないだろ、俺はお前のために言ってるんだ。俺だってお前のことが大事だから言ってるんじゃないか…!」


「何、それ…!そんなこと佐野君に頼んだことなんてない!私のこと何も知らないのに、そんなこと言わないでよ…っ!」


身を縮めるようにながら俺から距離を離し、鞄のベルトについている時計を守るように握り込む彼女を呆然と見つめる。

そんなことをしたら、手が赤くなってしまうじゃないか。

ごめんな。

狭量な俺に不安になったから、あんないけ好かない後輩にほのめかされてしまったのだろう。
似合わない、センスも良いと思わない、ましてやアレルゲンのものを贈られて。
嫌だったけど、断り切れなかったんだろう。
お前は優しいから。

でも、俺はこんな時計のように、その贈り主のように、お前を知らずに傷つけるような愚かなことは絶対にしない。


「知ってるよ、お前のことなら全部」


「え…?」


にこりと笑って彼女に言えば、鋭く俺を睨みつけていた目は大きく見開く。

あぁ、そうだ。
俺はそのまっすぐな瞳が好きだったんだ。
にこやかに笑うお前ばかり見ていたから、気がつかなかったよ。
こんな時でも、その眼は綺麗なんだな。


「恋人なんだから、全部知ってるに決まってるだろ?」


「不安にさせてごめんな」と言えば、彼女はおろおろと目を泳がせ「佐野君…?」と俺と呼ぶ。


もう、仕事ではないのだから名前で呼んでくれれば良いのに。
恥ずかしいのだろうか。それとも、不安に思って拗ねてしまったのだろうか。
でも大丈夫。俺は全部分かっているから。


「私たち、付き合ってなんかないよ…な、んでそんなこと突然…」と怯えたように言う彼女の言葉なんてもう聞こえない。


「仕事が好きだけど、部長が苦手なことも。ココアが好きなのに我慢して冷たいコーヒーを飲むことも。朝が弱くて朝メシ食べずに来ることも。その度に心配してるんだぞ?髪が伸びてくると、よく首周りを触るクセがあるよな。髪も伸びてきたし、そろそろ美容院行く時期じゃないか?気に入った服で来る時は、化粧も丁寧だしその服の色に合わせてくるのすごいかわいいし似合ってる。もちろん、仕事以外のことも知ってる。そろそろお前の住んでる部屋更新時期だろ?良い機会だし、更新せずに俺と一緒に住まないか?夜遅くなると、お前の住んでるところの通り人もいないし灯りも少ないから心配なんだ。何なら別の部屋借りて、一緒に住むのも良いよな。家具とか食器も一緒に好みのもの選ぶのも楽しいか。俺、そういうのに憧れてたし。一緒に住めば朝お前起こして朝メシも作ってやれるしな」


いらないものなんて全部捨てて、これからは俺たちが必要なものだけにしよう。

そうした方が彼女も心配しないだろう。

俺も変な男を寄りつかせるような隙を作らないようにしなければ。


「あぁ、でもその時計最後につけても良いよ」


彼女の手首を掴めば、寒いのかその手はカタカタと震えて冷たくなっている。
熱を与えるように強く握れば「ひ…っ!」という彼女の小さな悲鳴が聞こえた。
俺から逃れようとするが、今度は絶対にこの手を放さない。

その時計をつけて、知れば良い。
誰が一番お前を知っていて、誰がお前を守ってやれるのか。

彼女に痛い思いなどしてほしくないのに、その一方で優越感に笑いがとまらない。

その忌々しい時計を身につけて、くっきりと表れるであろう反応を思い浮かべる。

それは、その時計を、あの男を、拒絶する赤い痕だ。

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