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花嫁衣装を着る人ぞ  人外ヤンデレ×盲目のあの子(注 死ネタとなります)

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「もう、お前を守ってやれない。決してその手をとられるな」
約束だよ、そう言って眠るように祖母は亡くなった。

私がなぜそう言われたのか、理由は明確だった。

私は生まれつき目が見えない。
だから視力だけでなく手も失ってしまえば、生きることができなくなる。
そう祖母は思ったのだろう。

確かに目は不自由だけど、その分それを補うように他の感覚は鋭敏になっている。
幸いなことに手先が器用で針仕事に長けていたから、唯一の家族だった祖母を亡くして一人でもなんとか生活できている。
さらにありがたいことに村に住む人たちから仕立てや服の修繕等の頼みがあることで、お金や料理、生活品などを代わりにもらうこともある。

この手は私にとって大事な生命線だった。

村の人たちの助けを借りながら泣く暇も無く葬儀を終え、ようやく一息つけたのは祖母が亡くなって四十九日が経った頃だった。
祖母亡き今も村の人たちに支えられながら、針仕事で生活をしている。

今日も一人で黙々と作業をこなしながら、ふと祖母の最期の言葉を思い出す。

「手を取られるな」か…

優しかった祖母の最期の声はとても厳しいものだった。
祖母は占いが得意で、まさに手に職を持っていた人だった。
祖母は人の手の平の皺から、その人の運勢を読み解く占いもしていた。
手にはその人の人生が刻まれているのだろう。
盲目の私には見えないけれど、祖母には私の運命が見えていたのかもしれない。

「おばあちゃんが、占いを仕事にしていたように、私の手の職は針仕事だわ。大事にしなきゃ」

祖母に握られた手のあたたかさを想い出しながら、私は頼まれていた作業を再開した。



祖母の仏送りが終わった次の日、私の家に訪ねてきた男性がいた。

「失礼する」

掘っ立て小屋のように古い私の家は立て付けが悪い。
来訪者を告げる引き戸はぎぎぎと鈍い音を立てた。

「花嫁衣装を仕立ててほしいのだが、頼めるだろうか?」

訛りの無い、初めて聞く声。
声からして若い。村の人ではないな。

「花嫁衣装…ですか?」

作業をとめて、慌ててお茶を淹れて相手に差し出す。

「はい、祝言を挙げる際、妻になる人に着せてあげたいと」

姿は分からないけれど、とても嬉しそうにその恋人のことを語る彼はとても優しい声色。
きっと、大事な人なのだろう。

しかし花嫁衣装は使う反物の量も多ければ手間も掛かる。
出来ないことはないけれど…

「お役には立ちたいのですが、かなりお時間を頂戴するかと思います。それに…」

言い淀み、次の言葉が繋げない。

この村の人は私にとても優しく接してくれるが、一歩村の外に出ればそうではない。
差別的なことを言われたことは一度や二度ではない。

晴れ着である花嫁衣装を目の見えない私が仕立てたと知って、それを着る花嫁さんは嫌な想いをしないだろうか?
縁起が悪いと袖を通すことさえ拒否してしまわないだろうか。

「せっかくの晴れ着なのですから、私などではなく仕立て屋さんに頼んだ方がよろしいのでは…」

遠慮しながら進言すれば、目の前にいるであろう彼は「駄目だ」と言葉を遮る。

「わたしがそれを望んでいる。貴女でなければ意味がない。時間はどれほど掛かっても一向構わない。反物はこちらでお持ちする」

「どうか、引き受けてはくれまいか」と張りつめたような声で言う。

そこまで言われてしまえば無碍に断るわけにもいかない。

私は「私などでよろしければ」と返事をした。

それを聞いた男性はとても喜んで、ほっとしたように笑った。

「衣装ができた暁には、ここへまた伺おう」

彼は「また、必ず来る」と言って帰っていった。

それから数日して、私の元へ花嫁衣装の反物が届けられた。
届けに来てくれたのは先日の男性ではなく、女性だった。
訛りは無く、上品な言葉遣い。
男性のことを旦那様と呼ぶあたり、彼女は仕えている人なのだろう。
彼女は言った。
「旦那様は祝言を心待ちにしておいででした。それはそれはもう長い間。旦那様の為にも何卒良しなに」と。
目の見えない私に、深々と一礼をして彼女は帰った。

持ってきてもらった反物は私でも分かる程とても質の良いもの。
肌触りが滑らかでしっかりとした生地ながら柔らかい。
きっと祝言にふさわしい綺麗な色と華やかな柄をしているのだろう。

これを着る花嫁さんには末永く幸せになってもらいたい。
さぞ美しいだろう。

一針一針丁寧に心を込めて縫っていく。

「できた…」

二つの季節が変わった頃、ようやく花嫁衣装が完成した。

できるだけ早く仕立てようと頑張ったつもりだったけれど、慣れない作業のため半年ほど掛かってしまった。

衣装はできたが、それをどう報せればよいのか聞くのを忘れてしまっていた。
文を出そうにも宛先も分からない。

夢中になって縫い続けているうちに夜も明けた。

最近は夜も寝ずに作業をしていた。
村の人から差し入れてもらったもの以外あまり飲み食いをしなかったのもあり、ひどく疲れてしまった。

少しだけ休もう。

私は倒れるように、作業机に突っ伏した。



「もしもし?」

肩を優しく揺すられ声を掛けられる。瞬時に意識が戻りびくりと跳ね起きた。

気配のある方へ謝る。

「すみません…!御用でしたか?」

「お休みのところ失礼つかまつります。花嫁衣装ができた頃合いかと思いましてお伺いした次第でございます」

先日反物を持ってきてくれた使いの女性だ。
起こしてくれたのもこの人だろう。

夜の香りがする。
鈴虫の鳴く音が空気を震わせている。

もう、夜になってしまっていたのか。
ずっと眠り続けていたようだ。
頭がまだふらふらする。

「あ、はい。縫い終わったばかりで。長らくお待たせしてすみません」

でも、都合良く来てもらえてよかった。
畳んで行李こうりに入れていた花嫁衣装を行李ごと差し出す。

「あぁ、素晴らしい衣装でございます。旦那様もさぞお喜びになるでしょう」

感嘆の声をもらし、女性は私に礼をした。

「この度は誠におめでとうございます」

「…?」

なぜ、おめでとうと言うのだろう。
やっと縫い終えたから、労いのつもりで言ってくれたのだろうか。

「あ、ありがとうございます」

私も礼をする。

「旦那様が外でお待ちです」

女性は私の肩をやんわりと抱いて立たせようとする。

時間が掛かっても良いとは言ってもらえていたけれど、やはり待たせてしまったのだからちゃんとお詫びをしよう。

私は家の外にいるという男性の元へ行った。

先ほどから身体が変にだるく、頭がくらくらする。
いつもの家なのに家ではないような感覚になる。
軋む戸を開けると外のはずなのに、空気が違うような気がした。

「こんばんは」

優しく声を掛けられる。

「こんばんは」

大変お待たせして申し訳ありませんでした、と深々と礼をしようと頭を下げた瞬間、全身の力が抜けて膝から崩れ落ちる。

「あっ…!」

がくりと膝をついてしまう。
身体の力が入らない。
目が見えないのに、目が回っているような気持ちの悪さを感じる。

「大丈夫か?」

男性が屈み、声を掛けてくれるのが分かる。

「貴女の前にあるわたしの手に掴まれ」

手が差し出される気配がした。

「ご親切に、ありがとうございます…」

呼吸の苦しさを感じながらも、彼の手に自分のそれを差し出した。

やんわりと、手を掴まれる。

冬でもないのに手袋をしているのだろうか。
手触りの良い絹のような布の感触がする。
そして、なぜかその手袋の中にあるだろう手は、氷のように冷たかった。

手をはなそうとしても、彼は手を握ったままはなそうとしない。むしろ、先程よりも強くこちらの手を握りしめてくる。

「あの…手をはなしていただいても…?」

そう言っても、手を放そうとしない。

うるさいほどに鳴っていた鈴虫の声がーーーー止んだ。

「手をとったな」

ざわざわと、庭の柿の木が風もないのに激しく葉を揺らした。

空気が、一瞬で変わった。

「え…?」

「貴女はわたしの手をとった」

男性は何故かとても楽しそうに笑う。

「ずっと、ずっと待っていた。わたしの花嫁。ようやく連れてゆくことができる」

握られた手をぐいと引かれ、勢いのまま身体は前へ傾く。
抱き込まれたと分かったのは、男性の声が頭の上からしたから。

「い、一体なんのことですか?何かの間違いでは…」

離して欲しいと力を込めてもびくともしない。

世の中には身体の不自由な人を攫って身売りする悪人もいる。
この人もそれなのか。
怒りが沸いてくる。

「間違いなどではない。貴女はわたしの最愛の花嫁。これから生涯をわたしと共に生きてもらう」

「もう、あの邪魔な死に損ないの占い師もおらんのでな」と苦々しく言う男。

祖母のことだと一瞬で察する。

「はなして下さい…っ…!だれか、だれか助けてっ!」

もがき、逃れようとするが男はびくともしない。
こんな人、もうお客ではない。
持ち得る力で暴れるが、全く意に介されず強く抱き込まれる。

「誰も来くるまい。もう貴女は死ぬのだから」

耳元で、囁かれる。

「わたしは死神。ずっと貴女を見ていた。一刻もはやく貴女を国に連れて逝きたかったのだが、占い師の女がことごとく邪魔をしてきてな…」

死神?連れていく?

なんで…私は死なない…!

怒りが恐怖へと変わる。

「いや…!離して!」

一人でも生きていく。だから、お願い。離して。

泣きながら叫ぶ私に、ふわりと何かが掛けられる。

「素晴らしい死に装束だ。とても貴女に似合う」

「は…死に…装束…?」

ぴたりと動きが止まる。

私が縫っていたのは死に装束などではない。花嫁衣装のはず。

「な…なにを…」

男が何を言っているのか理解できない。

「貴女が大事に大事に縫っていたのは、死に装束だ」

「そう、貴女自身の」と喉で笑いながら宣う。
男は明らかに興奮していた。

「そんな…」

愕然とする。
花嫁さんのために丁寧に縫っていたのはその衣装などではなかった。

目が見えないのを良いことに、何も知らず、私は毎日毎日自分の死に装束を縫わされていたの?
私に掛けられたのは、私が縫ったものなのだろう。
目が見えないことを今程悔いたことはない。

「ひどい…」

全身のありとあらゆる力が抜け落ちて、男の腕にただ抱き込まれていることしか出来ない。
ぼたぼたと止めどなく流れる涙をひどく優しい手つきで拭われる。

「すまない。だがどんな手を使ってもわたしは貴女を連れて逝く」

祖母の言葉を思い出す。

「決してその手を取られるな」

それは、手を奪われるなということではなかった。
死神に手をとられるなということだったのだ。

祖母は、私の死を予見していた。
この男に手をとられること、それはつまり死を意味していたのか。

「いやだ…助けて…」

がたがたと震えて子供のように泣く私を撫でながらあやすように男は言った。

「永劫わたしは貴女の傍にいる。離すものか、わたしのかわいい花嫁」

至極嬉しそうに男は笑う。

「ずっと待っていた。一刻も早く、貴女と祝言を挙げたい」

男はそう言って、私の首に手を掛けた。

 
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