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その花は愛を告げる 貴族ヤンデレ×平民のあの子
しおりを挟む私は届けられた手紙を開いた。
そこにはとても美しい字でこう書かれていた。
親愛なる君へ
この手紙でしか君に謝意を伝えられないことを本当に申し訳なく思う。
けれどこうでもしなければ君を諦められないと思ったんだ。
この本を読み終える頃には、遠い遠い場所にいるのだろうね。
少し寂しいけれど、君が健やかでいることを心から望んでいるよ。
どうか、どうか君に幸福が訪れますように。さようなら。
今までは、愛の言葉や私を誉め称える文ばかり連なっていた手紙。
けれど、今手元にある手紙は別れを告げる文が書かれている。
この手紙は送り主本人ではなく、それに仕える従者が持ってきたものだった。
昨日の今日まで高級で一生手にできないような豪華な花や、見たこともない珍しい花を従者が彼の替わりに持ってきたことはあれど、今回のように本だけを持ってくるのは初めてだった。
この国は愛する人、求愛を受け取ってほしい人へ花を贈る文化がある。
贈られた花を受け取れば、晴れて二人は結ばれる。
当然、受け取らなければ別れや求愛の拒絶が待っている。
ほとんどの人は花を受け取るが、中には断る人もいる。
私はその後者の方だった。
私の家に花を贈る人はこの国でも名高い貴族の男性だ。
社交界のみならず、私のような平民にもその名は知られている。
彼はこの国では絶大な影響力を持った人。
そんな人がまさか平民である私に求愛の花を贈るなど思いもしなかった。
生まれも、育ちも、身分も、これからの人生だって違うだろうに、毎日と言っていいほど私のところに花は届けられた。
私はその度に横に首を振り、贈られてきた花を断ってきた。
そして昨日は手紙や花ではなく本一冊が私のところへ贈られた。
本を持ってきた従者は言った。
「この国に愛の告白に花を贈る文化があるように、他の国では別れを告げるのに本を相手に渡すそうです。これは主から貴女への最後の贈り物です。どうかお受け取りください」と。
受け取りを戸惑う私に従者はさらに続ける。
「主は言いました。もう貴女を諦めると。ひいては私の勝手な願いではありますが、ここから離れて頂きたいのです。どうか今晩中に荷物をおまとめ頂けないでしょうか?明朝、他の国に移る馬車をお出しします。僅かばかりではありますが、お詫びにこちらを」
深々と頭を下げて従者は頼んできた。
そして、僅かばかりなどとは思えない剰り多い銀貨を渡してきた。
受け取りを戸惑う私になぜか従者は必死に硬貨を握らせてくる。
確かにいつまでもいつまでも贈られる花を断るのは心が苦しかった。
これできっと彼も相応しい貴族の御令嬢と結ばれることだろう。
そう思うと心が軽くなった。
私は「はい」と従者へ言って、その本と銀貨を受け取った。
*
「迎えにきたよ」
張りのある、けれど低く甘い声が私に対して発せられたものだと最初は理解できなかった。
刻は朝方、まだ日も出たばかりの頃。
会うことのない彼が目の前にいた。
私はただ驚き、「どうして…」としか言えなかった。
大きな馬車が何台も来ているのだろうか。
馬の嘶きが聞こえ、地面が震えている。
古く拙い私の家はまるで地震が来たかのように大きく揺れた。
その揺れでがたついた机から馬車のなかで読もうと思っていた本がバサリと落ちた。
いったいどこに挟まれていたのか、ひらりと本の項から何かが落ちた。
それは押し花のようになった、淡い白の花だった。
「ひっ…!」
息を飲んだ。
なぜ…どうして…!
本の中に花が入っているなんて。
おそるおそる彼を見れば、にこにことただ笑っていた。
「これは…っ!」
今まで目に見えていた花だから受け取らず断ってきたのに。
こんなことがあって良いのか。
「私は花を受け取ってなんていません…!ただ本を受け取っただけなのです!」
必死に訴えるが、彼はずっとにこりと笑ったままだ。
美しい顔の持ち主が笑ったままでいるのはまるで作り物のように思えて心底怖い。
がたがたと震える私の方へ歩みながら彼は手を伸ばしてくる。
その手から逃げるように家から外に出れば、昨日私に本を渡し、他の国へ移るように進言した従者がいた。
すがるようにその従者へ言う。
「助けてください」と。
けれど、彼は俯いて目も合わせてくれない。
一言、たった一言「馬車へお乗りください、奥様」と言った。
それですべてを察した。
従者の彼は最初からこのことを知っていたのだ。
だから本当に「詫び」として頑なに銀貨を握らせてきたのか。
「そんな…」
絶望で声が震えて、涙が溢れてきた。
ふらふらと力なく崩れる私を後ろから手を回して囲うように抱きついてくる男。
「君は本に入った花を受け取った。それは僕の求愛を受け入れたということだよ」
吐息から熱を感じるほど近く、彼は囁いてくる。
「こんなに嬉しいのは生まれて初めてだ…!君も泣くほど嬉しいんだね」
甘い声は恍惚に震えていて、ぞわりと背筋が凍った。
希望のない未来が見えて、助けを求めた。
「お願いです…は、なして…」
声にならない私の訴えなど聞こえないとでも言うように彼は嬉しそうに耳元で囁いた。
「生涯大事にするよ。僕のかわいいかわいい花嫁さん」
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