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咲く花の向こう側 ヤンデレ一歩手前の花屋さん×あの子

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いつも花を買う人がいる。

自分一人で営業している花屋に数週間に一度、何輪かだけだがお任せで花を買う女性だ。
彼女は一人暮らしだが部屋に花があると心が華やぐと言っていた。
彼女が笑うと花が咲いたように空気がやわらかくなる。
決まってスーツを着て、夕方に来るから仕事終わりにくるのだろう。
他のお客さんとするような他愛もない世間話を少しする程度だったが、いつからか僕は彼女が来ることを心待ちにするようになった。

毎日毎日毎日名前も知らない彼女を待つ。

次に店に来たら何の花を合わせようか。
愛の花言葉の花を入れるのも悪くないなぁ。
どんな花の飾り方をするのだろう。
きっと彼女なら毎日水を変えて手入れをして大事に長持ちさせるのだろう。
そう考えると、店内にある花が羨ましい。
いつか彼女に貰われて、彼女に触れられて、彼女のためだけに咲き続け、そして散る。

「すぐ散ってもいいから僕も彼女の花になりたいなぁ」

花の手入れをしながら、ぽつりと呟いた。
どうしたら、彼女のことを知れるだろうか。
まずは彼女の名前が知りたい。
思いあぐねていれば、ポケットに入れていたスマホの通知音が鳴る。

そうだ、この手があるじゃないか。
今の時代ならそれもできるはずだ。
思い付いた作戦にわくわくする。

「会うのが楽しみだね」と手入れしている花に彼女を重ねて語りかけた。

        *

「あの、SNSとかやってたりしますか?実は今度店のアカウントを作ってみようかな、なんて考えてて…」

待ちに待った彼女が来た日、僕は世間話の間に聞いた。
アカウントをつくるなんて、そんなことは考えてなかったが、何としてでも情報が知りたくて聞いてみる。
彼女のことを知るきっかけがどうしても欲しがった。

「あ…ごめんなさい。私SNSやってないんです」

すまなそうに、彼女は僕に謝った。

「あ、そうなんですね。いえ、別に謝ってもらうことじゃないですよ」

じゃあ、やらなくてもいいか。
小さく脳内で呟く。
うまくいけば、SNSから彼女の情報が手に入ると思ったのに。

「でも、今は個人のお店でもSNSを使って広告や宣伝をしてる方はたくさんいますし、ホームページを新たに作るより始めやすいと思いますよ。リアルタイムで情報も出しやすいですし」

SNSはやらないが、そういうことに詳しいのだろうか。

「詳しいですね、そういうの」

「えぇ、やってないので説得力にかけると思いますが…デザインの仕事をしています。なので、広告や宣伝とかに関しては色々知識はあるつもりですよ」

「すごいな、デザイナーさんか」

「大きい会社じゃないので、やっていることは大それたことではないんですけど…」

「あ、そうだ」と彼女は自分の鞄を漁る。

「もし、何かお手伝いできることがあれば、ぜひ弊社へご相談を」

そう言って、すっと名刺を差し出された。
聞いたことのない会社だが、しっかりと洗練されたデザインの名刺で好感を持った。
何よりもそこには彼女の名前がしっかりと印刷されている。

「営業もできるデザイナーさんなんですね?」

からかうように笑えば「小さい会社ですから」と彼女も笑った。
軽口に反して心臓が大きく脈打った。
伸ばした手の震えを必死に抑えてそれを受けとる。

その後の記憶は定かではない。
いつものように他愛もない会話をして、彼女は花を大切そうに抱えて店を後にした。

喉から手が出そうなほど欲しかった彼女の名前。
それが今自分の手元にあることに夢を見ているようだった。
名刺には彼女の勤めている会社の住所や電話番号も明記されている。
ごくりと生唾を飲んでそれを眺める。

彼女の情報が一気に増えた。
興奮と感動で全身が震えた。

スマホで名刺の写真を撮った後、大事に大事に名刺をデスクへしまう。

宮原みやはら 亜紀あき さんか…」

愛しい人の名前を呟く。
幸福感に満たされて、喉から込み上げてくる笑いを隠せない。

「やっと、名前知れた」

その日は何度も何度も何度も名前を呟いた。
名前を呼ぶと愛着がわいてもっともっと彼女のことが知りたくなった。
どんな部屋に住んでいるのだろう。
好きな食べ物はなんだろう。
お休みの日はどんなことをしているんだろう。
残念ながらSNSはやっていないようだったが、今日はこんなにも良い情報が手に入った。

そしてそこで気がついた。

「あぁ、僕の名刺渡せばよかったなぁ」

でも、大丈夫だ。
きっと、またきっと彼女は僕のところに来てくれる。


「また会えるよね、亜紀さん」  
        
 
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