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おやすみなさい
しおりを挟む自ら死を望む言葉を口にした。
「そう、それで良い」
男は裂けそうな程、口許を吊り上げて笑った。
この男の思い通りになるのは赦せない。
私はこの男のために死ぬんじゃない。
自分のために死ぬ。
自分自身に言い聞かせる。
こちらにゆるりと伸ばしてくる男の手を力一杯払う。
「誰も殺さないで…!誰かに何かしようとしたら殺してやる!」
払うときにぶつけた私の手は、熱を持ちじりじりと痛むのに、男は痛みなど感じていないかのように、ぷらぷらと手を振る。
「なにもしやしない。君がわたしのものになるのなら」
その言葉、忘れるもんか。
死んだって忘れない。
生きている田嶋さんのことを思う。
あなたの言う通り、私は死ぬよ。
でも、彼女のことだから、私が死んだってなんとも思わないだろうな。
私の仕事だって、誰かがやってくれる。
誰かに手厚く看取ってほしいとは思わなかったけれど、こんな死に方をするとも思わなかった。
どうせ死ぬなら、さよならの一言でも言っておきたかった。
楽しかった思い出を振り返ろうとしても、思い出すことができない。
どんどん、心が死んでいく気がした。
「そんなに泣いて、疲れただろう。もう休むといい」
男が力の入らない私の身体を抱き込んだ。
誰のせいだと思っているのだろう。
言い返したいのに、怒りももう湧かない。
悲しみももうない。
感情という感情が削ぎ落とされてしまったみたいだった。
また無理やり眠らされるのだろうか。
ぞわりと背中に恐怖が走る。
「君が眠りについた時、現世の君は死ぬ」
男は耳元で囁きながら手で私の目を覆ってくる。
目の前が暗くなっていく。
「君が死んだとき、現世の世界が夢に変わる。そして君はすべてのものの記憶から消える」
まるで、暗示を掛けるように、男は言葉を続ける。
その言葉が脳を直接揺さぶる。
突然、激しい睡魔が襲ってきた。
「そして次に目が醒めたとき、君はこちらの世界へ来る」
男の声と睡魔に意識がずるずると引っ張られていく。
「わたしと共に、永劫この夢の世界にいるんだ。君の現世はここになる」
男の冷たい手が身体の温かみをどんどん奪っていく。
体温が下がっているせいだろうか、眠くて眠くて目を閉じてしまった。
「愛しい君。やっと、やっとわたしは君の傍にいられる」
抱き込まれる腕に力が込められて苦しい。
うめき声も出せないほど苦しいのに、私は意識を失うように眠りについてしまった。
「おやすみ」
今際の際に聞こえたのは、男のその言葉。
私の悪夢はそこで終わった。
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