悪夢が囁く声がした

しみずりつ

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闇にのまれる

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「狂ってる…」

「何とでも言えばいい。君がわたしの腕の中に来るならどんな手段も厭わない」

頬をつたう涙をべろりと舐め取って、男は笑う。

「現世では君と話せる人間がいる。あまつ、君を傷つけようとしている人間がいる。そんなことわたしは赦せない」

「やめて…!」

「君の精神が弱まれば弱まるほど、わたしは現世に干渉できるようになる。君が死に、精神が永遠の眠りについた時、わたしは完全に現世に現れることができる」

「そんなことさせない」 

私は死なない。

男に告げた。

「それはどうかな?」

男が私の腹部に手をあてる。

「前にも言っただろう。君の身体はもう死に向かっている。内臓は君の意志によって破壊されてもう使い物にならないだろう」

 「そんなことない…!」

「まだ自覚がないのか?」

男は驚いたように私を見る。


「この腕を見て、まだ死なないと?」

ぐっと男は私の腕を掴んだ。

確実に前よりも肉が落ちている。
いとも容易く折れてしまいそうで、自分の身体なのに直視出来ない。

「君はいずれ、餓えて死ぬか弱った身体によって死ぬ」


君はゆるやかに、しかし確実に死に向かっている。

男は語りながら恍惚の表情を浮かべて、私を見た。

呼吸が早くなる。
死にたくなんてない。
けれど、私はこのままいけば本当に死んでしまうのかもしれない。

「君の死はわたしたちの始まりだ」

にやりと舌なめずりをして、男は言う。

「もし、君が生きていこうとするのであれば、わたしは現世に干渉することをやめない」

賢い君ならこれがどういうことかわかるだろう?

するりと男は私の腕から手を放した。
男は試すような視線を寄越す。


待って…
待ってよ…

「私に死ねってこと…?」

  
今まで私が生きていたから、他の人はこの男に殺されてしまったの…?

「私が死ねば全部終わるの…?」

男はにやりと笑った。

「終わるよ、すべて」

力が抜ける。
身体に力が入らない。
崩れるように、その場に膝をついた。

私は、最初私が嫌ったり居なくなればいいと思った人間だけを男が殺すと思っていた。

だから、感情を乱さずこの男に好き勝手に人が殺されないように寝ずにきた。

しかし、違う。
いずれこの男は私に関わるすべての人を殺し始める。この男のさっき言葉に確信した。

食べることはともかく、寝ずに過ごすのも限界がくる。
たとえこのまま生活したとしても、不眠のせいでまた気を失うかもしれない。

その時にこの男は容赦なく人を殺すのだろう。

私に、もう逃げ場はない。

絶望が見えた気がした。

生きていても私の周りの人たちは死んでしまう。
きっとその度に私の心は磨り減っていく。
そしてこの男の思惑通り精神が死んでしまうのだろう。

死にたくなんてない。

確かに仕事はつらいし、楽しみもない。逃げられるなら逃げ出してしまいたいと思ったことは一度や二度ではない。

だからといって易々と生命を放り出せるほど、死への願望もない。


誰か、誰でも良いから助けてほしい。

なぜ私がこんな思いをしなければならないの?

苦しくて、苦しくて、死んでしまいそうになる。
涙が溢れてとまらない。


「また明日な!」

国塚くんの言葉を思い出す。

そう言った国塚くんの「明日」は奪われた。

違う。
私が奪った。

「ごめんなさい…」

何も悪くないのに、あなたを殺してしまった。

死ぬのは怖い。でも私のせいで誰かが死ぬのが自分の死よりも怖い。

私が死ねば良かったの…?


「答えはもう、出ているだろう?」

静かに男は言ってくる。


「死ね!」


田嶋さんの言葉が蘇ってきた。


そう…
そういうことね…


「わかった…」

声が震えて絞り出せたのはその言葉だけ。

「私が死ぬ」


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