悪夢が囁く声がした

しみずりつ

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また明日

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「おわったー!」

国塚くんがチェックしてくれたおかげもあり、あれから一時間程で終わらせることができた。

 「お前すげぇな。あんなに打ってたのに、誤字脱字ほとんどなかったぞ」

「そう?ならよかった」

首をごりごり回しながら返事をする。

「国塚くん、本当にありがとう。こんな時間までごめんね」

彼も残業があったからコンビニでサンドイッチを買ったのだろうに。

彼の仕事は良いのだろうか。
今更ながら甘えてしまったことを後悔した。

「国塚くんの残った仕事は大丈夫?」

「あ?んなもんねぇよ」

パソコンの電源を落として、帰る準備をしながら彼は言った。

「え、残業してたんじゃないの?」

私もつられるように慌ててパソコンを落とす。

「俺は仕事がはやいからな、残業なんてほとんどしねぇよ」

得意気に笑って彼は立ち上がった。

そうか、ならよかった。
これから部署に戻って残業するのかと思った。

私も立ち上がって帰る準備をする。

「おかげさまではやく終われたよ。差し入れもありがとう」

「なら、今度飯奢れよ。寿司か焼き肉な」

二人でフロアを出ながら話す。

「分かった、仕事が一段落したら声掛けるね」

「はやくしろよな、俺は色々声かけられる男だからな」

軽口を発しながら彼はにやりと笑った。

「さすが人気者」

からかうように言えば彼は急に
立ち止まった。

「なぁ、その時さ俺の話聞いてもらってもいいか?」

先程の軽口はどこへやら、真剣な顔になって言ってきた。

「もちろん。なんなら今聞くよ?」

仕事の愚痴だろうか。
何か悩みでもあるのだろうか。

仕事も手伝ってもらったのだから、できるなら今お返しがしたい。

「今はいい。お前が元気になったときに話す」

「今も元気ですけど」

「嘘つけ。弱ってる奴に話してもつけ込んでるみたいで嫌だろ」

「よく分からないけど、じゃあ今度でいいのね?」

「おう、寿司なら回らないやつ、焼き肉なら食べ放題じゃない店でよろしく!」

「たっかいやつでしょ、それ!」

給料日前は勘弁してよね。

そう彼にお願いした。



今日も駅まで送ると言ってきた彼を断って帰宅する。

「また明日な!」

そう笑って言って彼は帰って行った。

駅までのコンビニで強い栄養ドリンクとゼリーを買う。
こんなところを国塚くんに見られるのは嫌だ。

「あの…いつもこれ買ってますけど大丈夫ですか…?」

レジを打っている20代の若い女性店員の人が遠慮がちに私に言った。

「え?」

思わず疑問符で返してしまった。

「余計なお世話ならすみません、でもすごく疲れてるみたいで…顔色も…その悪そうですし…」

まさか覚えられているとは思わなかった。
急に恥ずかしくなってしまう。

「だ、大丈夫ですよ。明後日は休みなので…!ありがとうございます」

そう言えば、少し安心したように笑って店員さんは「お疲れ様です」と袋を丁寧に差し出してくれた。

「今度は栄養ドリンクじゃなくて、おにぎりとかパン買ってくださいね」

「はい」

ふいに掛けられる優しさが嬉しくて、気が付けば自然と返事をしていた。
 
今日は人の優しさに触れられた日だ。

嬉しくて疲れていることも忘れてアパートへ帰った。
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