6 / 12
優しさに触れる
しおりを挟む「なんだよ、あいつ…」
国塚くんは田嶋さんのいた方を見ながら苦々しげに言った。
「あいつ前から性格ヤバイやつだと思ってたけど、本性見えたな」
ため息をついて、ドカッと田嶋さんが座っていたイスに国塚くんが腰かけた。
「お前、腕大丈夫かよ?」
「だ、大丈夫。軽く引っ掻かれただけだし」
はっとして、かばうように腕を手で隠した。
「見せてみ?」
こちらに手を出して彼は言ってきた。
「え、いいよ。帰ってから手当てするから」
腕は見られたくない。
自分でつけた爪痕は薄くはなったがまだ残っている。
業務時間中は長袖のカーディガンを羽織って隠していたのに。残業していて脱いでしまったことを後悔した。
「いいから見せろよ」
ぐっと彼は私の手腕を取った。
「ちょっと…!」
「大丈夫か?あいつ、爪痕まで残してんじゃん。あの爪、魔女みてぇに長いもんな」
あんなんでよくパソコン打てるよな。
田嶋さんの悪口を良いながら、私の腕の傷痕を見た。
それは田嶋さんではなく私がつけた爪痕だと言えるはずもなく、「もう、いいでしょ」と腕を彼の手から抜こうとする。
けれど、力を入れても腕はピクリとも動かない。
「お前、こんなに腕細かったか?」
傷痕を見ていた時よりも、痛々しげに彼は私の腕を見つめている。
彼の大きい手がやすやすと私の腕を一周した。
それを見てぎょっとする。
たしかに、ここ一週間くらいまともに食事らしい食事はしてこなかった。
けど、栄養はドリンクやゼリーで摂っていたつもりだったから痩せていたとは思ってなかった。
「だ、大丈夫だよ。深夜に食べることが増えて、ちょっとダイエットしただけだから」
取り繕うように笑えば彼はぱっと手を離した。
そしてデスクに置いていたコンビニの袋をずいっと差し出してきた。
「これ、食えよ」
「え?」
「差し入れ。少しだけど」
無理矢理私の手に袋を持たせる。
中を覗くと、サンドイッチと野菜ジュースがあった。
「これ、国塚くんのじゃないの?」
「そうだけど、やる。お前どうせまた食ってないだろ」
あいつの分は無いから丁度よかった。
そう言って顎でフロアのドアをしゃくった。
田嶋さんのことを言っているのだろう。
「ありがとう。帰ってから食べるね」
気持ちは本当にありがたいが、今食べてしまえば帰ってから寝てしまう気がして怖くて手が出ない。
明日の朝に食べたい。
「だめ、今ここで食べろ」
デスクを指でとんとんと叩いて彼は食べろと言ってくる。
「私ひとり食べるのは…」
なんとかごまかそうとしても、彼は眉根を寄せてこちらを見てくる。
凄みがあって怖い。
「いいから食えよ。お前が全部食べるまで俺帰んねぇから」
頬杖をついて、彼はこちらを見やる。
少しの沈黙。
じっと彼はこちらを見ている。
本当に食べるまで帰らないつもりだろうか。
ちらりと時計を見れば、もう8時をまわっている。
彼の方を見れば、なにも言わずに私とコンビニの袋を交互に見てくる。
そうだ、彼は良く言えば粘り強く、悪く言えば頑固なんだった。
本当に食べなければ彼は帰らないかもしれない。
恐る恐るコンビニの袋に手を掛ける。
野菜ジュースなら口にしても大丈夫だろう。
ストローを差して、ジュースを飲む。
ちらりと彼を見れば、「サンドイッチは?」と聞いてくる。
もう!
がさりと袋からサンドイッチを出して勢いよく開ける。
パンの匂いとトマトの香りが空腹を刺激した。
唾液が一気に溢れてくる。
目を瞑って、サンドイッチにかぶりついた。
ふんわりとしたパンの甘味とハムの塩味、トマトの酸味が口いっぱいに広がっていく。
噛む度に旨味が拡がって、お腹にだけでなく心も満たしていくのが分かった。
食事らしい食事はいつぶりだろう。
じんわりと涙が出てきそうになって、慌ててごまかすように笑った。
「ありがとう、すごく美味しい」
そう言えば国塚くんはほっとしたように笑った。
「ちゃんと食えよ?」
そう言って私が作っていた資料を手に取る。
「俺も手伝う。早く終わらせて帰ろうぜ」
「え、いいよそんな。もう少しで終わるし…」
「二人でやった方がはやく終わるだろ?誤字脱字しかチェックできねぇけど」
それだけでも充分助かる。
田嶋さんもいないし、助けてもらえるなら心強い。
「じゃあ、お願いします」
頭を下げて、お願いする。
「お安い御用で」
国塚くんはにっと笑って資料をごっそり私のデスクから持っていった。
0
お気に入りに追加
8
あなたにおすすめの小説

なんども濡れ衣で責められるので、いい加減諦めて崖から身を投げてみた
下菊みこと
恋愛
悪役令嬢の最後の抵抗は吉と出るか凶と出るか。
ご都合主義のハッピーエンドのSSです。
でも周りは全くハッピーじゃないです。
小説家になろう様でも投稿しています。

その声は誰の名を呼ぶか
しみずりつ
恋愛
家と共に、代々住まう人々を守り続けていたまもり神の彼は、今はその家にたった一人で暮らしている女性を想う。
姿を見られることもなく、声が届くこともない「人ならざる者」である彼は、長き月日を経て募らせた彼女への想いと神としての己の存在に徐々に苦しめられていく。
愛する人間(ひと)と言葉を交わし、触れたいと渇望する彼が、選んだ選択肢は。
「お前の名を呼ぶ、わたしの声が聞こえるか?」

愛する貴方の心から消えた私は…
矢野りと
恋愛
愛する夫が事故に巻き込まれ隣国で行方不明となったのは一年以上前のこと。
周りが諦めの言葉を口にしても、私は決して諦めなかった。
…彼は絶対に生きている。
そう信じて待ち続けていると、願いが天に通じたのか奇跡的に彼は戻って来た。
だが彼は妻である私のことを忘れてしまっていた。
「すまない、君を愛せない」
そう言った彼の目からは私に対する愛情はなくなっていて…。
*設定はゆるいです。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。


【完結】冷酷な王太子は私にだけ甘すぎる
21時完結
恋愛
王国の次期国王であり、「氷の王太子」と恐れられるエドワード殿下。
冷酷非情で、誰にも心を許さない彼が――なぜか私にだけ甘すぎる。
私、セシリアは公爵令嬢ながら、家の事情で王太子殿下の婚約者となったものの、
「どうせ政略結婚、殿下は私に興味なんてないはず」と思っていた。
だけど――
「セシリア、今日も可愛いな」
「……え?」
「もっと俺に甘えていいんだよ?」
冷酷なはずの王太子殿下が、私にだけは優しく微笑み、異常なほど甘やかしてくる!?
さらに、宮廷では冷徹に振る舞う彼が、私が他の男性と話しただけで不機嫌になり、牽制しまくるのを見てしまい……
(え、これってまさか……嫉妬?)
しかも、周囲は「王太子は誰にも心を開かない」と言うけれど、
私の前ではまるで別人みたいに甘く、時折見せる執着の強さにドキドキが止まらない!
「セシリア、お前はもう俺のものだ。
……誰にも渡すつもりはないから、覚悟して?」
――冷酷な王太子殿下の本性は、溺愛系の独占欲モンスターでした!?
周囲には冷たいのに、ヒロインにだけ甘く執着する王太子殿下のギャップが楽しめる展開


【完結】もう無理して私に笑いかけなくてもいいですよ?
冬馬亮
恋愛
公爵令嬢のエリーゼは、遅れて出席した夜会で、婚約者のオズワルドがエリーゼへの不満を口にするのを偶然耳にする。
オズワルドを愛していたエリーゼはひどくショックを受けるが、悩んだ末に婚約解消を決意する。
だが、喜んで受け入れると思っていたオズワルドが、なぜか婚約解消を拒否。関係の再構築を提案する。
その後、プレゼント攻撃や突撃訪問の日々が始まるが、オズワルドは別の令嬢をそばに置くようになり・・・
「彼女は友人の妹で、なんとも思ってない。オレが好きなのはエリーゼだ」
「私みたいな女に無理して笑いかけるのも限界だって夜会で愚痴をこぼしてたじゃないですか。よかったですね、これでもう、無理して私に笑いかけなくてよくなりましたよ」
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる