悪夢が囁く声がした

しみずりつ

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誰が殺した?

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眠ることが怖い。

ここ数日、不吉な夢を繰り返し見る。

いつも疲れて仕事から帰る時は一分一秒でも早くベッドで眠りたいと思っていたのに、今日は違う。
金曜日で、明日は休みなのに眠ることができない。

課長とお局の三島さんが亡くなったことを考える。
死因も一昨日の昼に聞いたことと寸分も違わず、刺殺と服毒死だった。
三島さん以上に噂好きな人の話が聞きたくもないのにフロアに響いていた。

二人は本当に不倫していたようだ。
そして、無理心中をしたのだろう。

ベッドに横になる気など起きず、簡易ソファに座って考える。

私が昼休みに聞こえたあれは本当に夢のようなものだったのだろうか…?
誰かが本当は話していて、その人が課長や三島さんを死ぬように仕向けたのでは?

後輩の藤谷さんだって、自殺ではなく誰かに背中を押されたのでは…?

こんな数日の間に会社の人間が三人も亡くなるなんて考えられない…

藤谷さんのことは自殺で片付けられてしまうのかもしれない。
けれど、課長の件は明らかに事件性があるからいずれ会社にも警察の取り調べが入るかもしれない。 

会社に殺人犯がいるかもしれないというその恐怖。
心当たりは無いが、誰かの恨みを買っていたとしたら私も殺されかねないのではないかと考えると身体の芯から冷えるような感覚になる。

眠れないの理由はそれだけじゃない。
思い返せば、決まってそのような不吉な出来事を匂わせる声は私が眠っている時に聞こえていた。
普段の生活をしている時も、仕事をしている時も何もそんな声は聞こえない。

なんで、なんで私に声が聞こえるのか。
まるで、それは予知夢のようで気味が悪い。

今までそんなもの見たこともなかったのに、ここ数日それを感じるようになった。
もし、本当に予知夢なのだとしたら余計に眠るのが怖い。

仕事帰りコンビニで買った眠気覚ましの栄養ドリンクを一気に飲み干す。

無音と暗闇が怖くて、今晩は電気とテレビをつけたままでいることにした。

これで大丈夫。

私はほっと息を吐いた。







「やっと会うことができた」

暗い真っ暗な場所に声が響く。
そこに見たこともない男がいた。

「あなた…誰?」

「私に名前など無いよ。まぁ、人間は「悪夢」と勝手に呼んでいるがね」

男は口許を吊り上げる。
その笑いは不気味で寒気がした。
目の前の男は病的と思えるほど顔が青白い。
真っ黒な瞳に真っ黒な髪の毛。
髪の毛は地を這いそうな程長い。
一目で人間で無いことが分かった。

これは夢…?

頭がぼんやりとして、ふわふわと身体が浮いているような感覚がするのに、音だけはリアルに聞こえる。
今まで夢を見てきた時と状況がとても似ている。
この知らない男も夢の中の人物なのだろうか。

ふらふらする頭を使って必死に考えていれば、男はくすりと笑う。

「そうだよ。これは夢の中だ、君のね。知らないなんて冷たいな、わたしはずっと君のことを見ていたというのに」

まるで私の頭の中を覗いたかのように、男は私が考えていたことを言い当てた。

「あなたなんて知らない…!こんな夢を見てるのはあなたのせい…?ならもうやめてよ、ちゃんと眠りたいの」

夢の中の相手に必死に訴え掛けるなどおかしな話だが、妙にリアルで現実を見ているように思えてしまう。

そんな私を余所に、男は笑ってこちらへ来る。
足音ひとつせず、まるで浮いているような動きに身体が震える。

「次は誰を殺してあげようか?」

至極楽しそうに男は語る。

「無理な仕事を押し付けてくる肥えた営業の男にするかい?それとも、君の挨拶を無視する派手で軽薄そうなあの女にするかい?」

それとも、君が殺してみるかな?
良い方法を教えてあげよう。

男は常に楽しそうに笑う。

「何を言ってるの…なんで知ってるの?まるで、あなたがみんなを殺したようなこと言わないで…!」

もし夢なら覚めてほしい。
こんな気味の悪いリアルな夢なんて見たくない。
思いに反して身体がガタガタと震える。

「知ってるよ。なぜって、わたしが殺したんだから」

男は当然のように語る。

「生意気な小娘も、身の程を弁えぬ年増の女も、性に溺れた醜い男も、全部わたしが消してあげたんだ」

すべては君のためだよ、愛しい君。

私の頬に細い男の手が触れた。
夢なのに、氷のような冷たさが脳に伝わる。

「やめて…!そんなの、まるで私が望んだからみんな死んだみたいじゃない…」

その手から逃げるように首を大きく横に振る。
そんな私をただ射抜くように見て、男は緩やかに笑う。

「そうだよ、君が「嫌い」だと思った存在をわたしは消しているんだ。嫌いなものなど君の傍にはいらないだろう?」


この男は何を言っているのだろう。
殺した?
なんで、なんで殺すの?

そんなこと、頼んでなんていないのに…!

「君は望んだはずだ、覚えてないかな?」

会いたくない。
居なくなればいいのに。

脳内に、私が思った言葉がずるりと呼び起こされる。

確かに思った、後輩のあの子もセクハラをする課長も、お局様も居なくなればいいって。

「だからって…!殺さなくたって…」

やめて、やめてよ。
私が悪いみたいじゃない。
私が望んだから、みんな殺されちゃうなんて。

これが悪夢なら早く醒めてよ…!
祈るような思いで腕に爪を立てた。

確かにそこに痛みはあるのに目は醒めない。

男は爪を立てている私の手をじっと見た後、流れるような手付きで私の腕を掴んで爪を立てている手と腕を離してくる。
抵抗するが、強い力で抑えられて、手が腕から離れてしまう。

にやりと笑って男はくっきり爪痕が残って血が滲んだ腕を舐めた。

「ひっ…!やめてっ!」

ぬるりとした熱を帯びた舌が不快で一瞬で背筋が粟立つ。

夢の中のはずなのに痛みも感覚も現実のそれと何一つ変わりない。

悲しいのか生理的な嫌悪なのか分からないが勝手に涙が出た。

男は腕を掴んだまま告げる。

「泣かなくていい。君は何も悪くないよ?悪いのは君にそんな思いをさせたあの人間たちだ」

忌々しいとでもいうように、男は言う。


「だから出来るだけ苦しく死んでもらった。人間という生物(もの)は簡単に死ぬのだな」

冷めた目で男は言った。

「や、やめ…てよ…」

震えて歯の根が合わない。

嘘だと言って、夢だと言って。

目が覚めたら、後輩の子も課長もお局様も何一つ変わらなくて良いから以前のままになっててよ。

目から溢れる涙を拭う男の手は冷たい。
けれど、私を射抜く目は熱を帯びている。

「いずれ、君はわたしのものになる。また、夢で逢えるよ」


おやすみ、わたしの愛しい君。


その言葉を言って、男は動けずにいる私の顔に手のひらを向ける。まるで目隠しをするように手が目蓋に触れ、目の前が真っ暗になる。

ずるずると後ろから身体を持っていかれるような感覚になる。

やめて、そう言う前に意識は黒く塗りつぶされていった。
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