悪夢が囁く声がした

しみずりつ

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最初の悪夢

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後輩が亡くなった。

目撃した会社の人が言うにはホームから電車に飛び込み轢かれてしまったとのことだった。

一言で言ってしまえば「自殺」

だが、頭が整理できずにいる。
金曜日に顔を合わせていた人間が週明けに死ぬだなんて誰が思うだろうか。
しかもまだまだ若い20代なのに。
確かに、仕事は遅いしミスを私のせいにしたりする子だったから、どちらかと言えばニガテな子だった。
けれど、亡くなった人を責める気にはなれない。

彼女のデスクの上の花を見て、居たたまれなくなって目を伏せながら足早にそこを通り過ぎた。

たとえ誰か人が死んでも、当たり前のように時間は過ぎる。皆忘れるように日常を取り戻そうとしている。
私もその一人だ。
受け入れられずにいるのに、忘れるように、無かったかのようにしようとしている。

昼休みなのに、何も食べる気になれない。
最近寝ても寝ても疲れが取れないのか身体が重い。昼も普段は寝ないのに、今日は目を瞑ってデスクに突っ伏した。




小林課長、お局の三島さんと不倫してたらしいよ。

え、ほんと!?

ほんとほんと!しかも不倫が奥さんにバレて揉めて、三島さんが課長を滅多刺しにして、自分は毒飲んだんだって!

何それ、心中じゃん!




うるさいな…
昼休みくらい噂話は止めてくれないかな。
ある意味噂話は食後のデザートだ。
思わず声のした方を見やる。
けれど、そこには誰も居なかった。

「あれ…」

寝ぼけているのだろうか。
でも、その割には会話はリアルに聞こえた。

課長が不倫?
お局様が無理心中?

変な夢でも見てしまったのだろうか。
そんなわけは無いのに。
課長は相変わらず愛妻弁当を食べているし、お局様はお仲間たちとランチに行っている。

寒気がして気持ちが悪い。

間もなく午後の仕事が始まる。
不吉なその声たちを忘れるように慌ててミントタブレットを口に放り込み、頬を軽く叩いた。





通路を歩いていると喫煙所から出てくる課長とその部下たちがいた。
彼らはニガテだ。仕事は出来るのかもしれないが、とにかく人を下に見るような人間性が好きじゃない。
幸い彼らはこちらに気がついていない。立ち去るまで待っていよう、そう思っていたのに。

「まだ若いのに自殺ねぇ。どうせ死ぬなら一発やらせてくれてもいいのになぁ。もったいない」

課長が発したその言葉に目を見張る。
亡くなった後輩の子のことを言っているのだろう。
胸のつっかえと、ドロドロとした感情が喉元まで上がって罵声となって出てきてしまいそうで必死に口許を押さえて耐える。
周りの男たちはただ課長の言葉に相槌を打って、誰一人静止する素振りは見せない。

ここには居たくない。
悔しくて涙が滲んだ。

「失礼します」

そう言って足早に横を過ぎるので精一杯だった。

「お、待てよ」

課長が私の腕を乱暴に掴んだ。

「お前、なんで藤谷が死んだか知ってるか?」

「し、知りません…!離していただけますか?」

「なんだよ。ま、お前と違って男に忙しいらしかったから恋愛沙汰だろうな」

そう言ってパッと手を離して何事も無かったかのように仲間たちと嘲笑しながら立ち去った。

煙草の臭いが腕に纏わり付いているようで寒気がする。

気持ちが悪い。
吐いてしまいそう。

腕に残った感覚を忘れたくて必死に手をバタつかせる。ふらふらと自分のデスクに戻った。

あんな人、居なくなればいいのに。



その二日後、課長とお局の三島さんは、昼に聞いたあの声の通りに亡くなることになる。
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