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それは始まりにすぎない
しおりを挟むセクハラをしてくる上司が嫌い。
その時の気分で対応を変えるお局様が嫌い。
女を武器に私に仕事を押し付ける同期が嫌い。
身に覚えの無いミスを私のせいにする後輩が嫌い。
ストレス社会で働く人間であれば、職場に嫌いな人間の一人や二人いると思う。
ありがたいことに、私はとてもその人たちに恵まれているみたいだった。
胃に穴が開かないことに驚きながら、毎日毎日私はただひたすらに仕事をしている。
いっそ風穴のひとつでも開けば楽になるのかな、とふと考える時もある。
そんな事を考えながら、ただたすらに後輩のミスのカバーをするため、私はパソコンに向かっている。
当の後輩は家の用事があるからと帰ってしまった。
「どうせクラブかデートでしょうに。隠すつもりならSNSにアップしない方が良いんじゃないですかねぇ」
時刻は夜の11時を越えた。夜のテンションで毒のような独り言も増える。
今日が金曜日で本当に助かった。これで明日休みじゃなければ身体が保たない。
眠気とひたすらに戦いながら、
何とか仕事を終えた時にはもう12時を回ろうとしていた。
「もう終電まであとちょっとじゃん!」
慌ててパソコンをシャットダウンして、フロアの電気を消して家路に急ぐ。
「お疲れ様でした」と守衛さんに挨拶をして最寄り駅まで急いだ。
ギリギリ終電に間に合って、電車に乗り込んだ時にどっと疲れが襲ってきた。
「お疲れ様…」
自分自身に労いの言葉を掛ける。誰が言ってくれるわけでもないのだから自分くらい労ってあげないと。
「月曜日会いたくないなぁ…」
上辺だけの謝罪をする彼女は、ばっちり髪を巻いてくるのだろう。
彼女がいなければ、仕事も少しは楽になるのかなぁ。
いったい私は何をしているのだろう。ひとり孤独に苛まれながら、ため息をついた。
電車内はほんの数人しか乗っていないから、誰にため息を聞かれるわけでもない。
静かで人の少ない車内。座れるのは嬉しいが、電車の揺れは眠気を誘う。疲労と抗えないほどの眠気に引き摺られるように、瞼を閉じた。
列車がお客様と接触したため、運転を一時見合わせております。
皆様には大変ご迷惑をお掛けしております。
運転の再開まで今しばらくお待ちください。
微睡みの中にまるでふわふわと浮いているような感覚になるが、音だけは妙にリアルでびくりと身体が跳ねた。一瞬で目が覚める。
こんな夜中に人身事故?
誰かホームに飛び込んでしまったのだろうか。
周りを見回すが、誰も座ったままで慌てた様子もない。
何より電車は動き続けている。
先程のアナウンスは何だったのだろう?
夢でも見ていたのだろうか。
「まもなく戸鳴駅、戸鳴駅。車内にお忘れものなどございませんようにご注意ください。本日はご乗車まことにありがとうございました」
何事もなかったかのようなアナウンスが響く。やはり夢だったか。
「疲れてるなぁ…」
ほっと息をついて、私は重い身体を引き摺るように電車から降りた。
これが夢ならどんなに良かっただろう、私は後にそれを心から願うことになる。
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