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奴隷市街(完)

隠人

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 ちゃりんと澄んだ音。それは、長い刺又についた鎖が擦れる音だ。
 それが聞こえるまで、マナはその存在に気づけなかった。

 その機械は大まかには人に似た姿であった。だが、よく見ればその構造は虫に近いということが分かる。
 まず特徴的なのは八本の腕だ。四対ではない。右に五本、左に三本ある。右の五本の腕は二の腕から肘にかけての間をワイヤーで繋がれていて蜘蛛の巣のような模様を形作っている。
 左手には武器を持っていた。人を捕らえることに適した、刺又だ。柄の先には長い鎖がついている。左手の真ん中で刺又を持ち、鎖は下の手が持っていた。

 機械の顔にあたる部分にはアリクイ型のマスクが装着されている。長い口からは中の空気が漏れ出ており。それが息遣いのように聞こえ、得体の知れない生物感がある。

 下半身は四本の関節肢で出来ていた。しかしその様相は蟹や蜘蛛とはまた違っており、剥き出しの外骨格ではなく、分厚い筋肉繊維に覆われていた。太く逞しいその脚部はどちらかといえば馬のそれを連想させる。これに蹴られてはひとたまりもないだろう。
 
 見れば見るほど恐ろしい、威圧的な姿。これが隠人の全容であった。

 しかし、この隠人。完全ではない。その身体も装備も著しく欠損していた。
 八本の両腕。その内四本が壊れている。肘から先がないものへし折れ動かないもの。無事と思えるのは右の三本と左の二本だ。
 その腕の多さだ。様々な武器を持っていた筈だ。しかし、刺又以外の武器は見当たらない。過去に破壊されたのだろう。隠人の体にはあちこちに傷痕や不自然な穴が開いている。その痛ましさは長い年月を物語っていた。


「私の会った個体じゃ無いわね」

 その姿をまじまじと観察していたマナは自分を襲撃した隠人の姿を思い出していた。記憶の中の隠人は八本の腕が健在であった。
 
「マナ! マナ!」

 建物影に隠れたアトラスが緊迫した様子でマナを呼びかける。

「何やってるの! 早く逃げようよ」
「無理よ、近すぎるわ」
「もぅ! 全然大丈夫じゃ無かったじゃん」

 隠人との距離はまだある。家屋一つ分先だ。しかし隠人は刺又の先をマナに向け、姿勢を低く構えている。それは隠人の射程圏内にマナが入っている事を意味する。

「呑気な事言って! 早く逃げないからでしょ!」
「隠れてなさい、私が倒すわ」

 マナもリボルバーを構える。その残弾は残り二発。
 一発目はマナが外へ出るために。
 二発目はアトラスの牢を開けるため。
 三発目はアトラスの手錠を破壊するために使った。

 外すわけにはいかない。マナは慎重に狙いを定める。

 隠人が動いた。同時にマナが引き金を引く。

 弾丸は隠人の頭上を掠めた。四本の足が折り畳まれ、急激に頭身を縮めたのだ。頭上の装甲がパキッと剥がれ落ち、周囲の部品がひび割れる。
 掠めたにしては高いダメージだ。しかしそれだけだ。隠人への有効打とはならない。

「早いわね、壊れかけの癖に」

 隠人はその特異な脚部から、極めて高い機動力持つようだ。その真価は動きの変則性にあり、四本の関節肢が、隠一人娘の三次元的挙動を可能にしていた。

 マナの射線を切るように飛び跳ねる隠人。あっという間に距離を詰め、マナの背後に降り立った。

 背中合わせで立つ、マナと隠人。

 ぐるん。

 隠人の腰が三百六十度回転した。背面と面面が入れ替わる。
 
 ぶぅん。

 刺又が振られ、その柄がマナの脇腹へ深々と食い込む。
 マナの口から悲鳴の代わりに空気が漏れ出る。マナの身体は易々と吹き飛ばされ、地面を転がる。
 隠人は追撃の手を緩めない。即座に近づき、刺又を高く振り上げる。マナの首を捕らえるつもりだ。

「マナ!」

 物陰からアトラスが飛び出す。アサルトライフルの銃口が火を吹き、弾丸の雨が隠人に降り注ぐ。
 
「あぁもう!」

 しかし、アトラスの持つライフルでは隠人の装甲を抜く事は出来ない。隠人は顔だけアトラスへ向けた。

「よそ見はよくないわよ」

 ぐいっと隠人の身体が引かれる。マナの両足が隠人の刺又に絡みついてガッチリとホールドしていた。

「捕まえたわ」

 右手のリボルバーが隠人に突きつけられる。
 隠人は刺又から手を離そうとする。だがもう遅い。
 引き金が引かれ、リボルバーの最後の一発が隠人の喉元へと放たれた。

 重い音が響き渡る。隠人の首から上が千切り飛んだ。

「壊れかけでこの機動力。完全な状態なら危なかったわね」

 マナは起き上がり、ぽんぽんと埃を払う。そこへ、アトラスがずかずかと近づく。

「マナ~? さっきの話し何だったの? 全然安全じゃないよココ」
「嘘は言ってないわよ。少しアテが外れただけよ」
「という事はまだ他にも居るって事?」
「可能性はあるわね」

 歩きながら話しましょうか。マナはそう言って歩き出した。その後をアトラスがついて行く。



















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