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虫継の町
五話 邂逅的変身
しおりを挟むごぅん。ごぅん。
巨大なプロペラを回す空調機の音。この機械が止まれば部屋は薬品臭い空気で満たされ窒息してしまうだろう。
ここは地下室だ。蛍光灯の光が小さな部屋を隈なく照らした。光の真下で一人の男が手をついてディスクの上を覗き込んでいる。
より正確にはディスクに置かれた一つの試験管を。
「実にいい結果です。あぁ素晴らしい、そろそろ効果が薄れてくる頃ですし、その前にもう一度接触テストをやりたい所ですね」
水色の液体に満たされた試験管に話しかけるのは白衣の男。
「緊急避妊薬の効能はまだまだ改善の余地がありますね。一度の摂取では回虫への影響が定着しないようです。強くしすぎると一号同様記憶まで失ってしまう」
並べられた二つのカルテ。より重要な項目としてマークされたのは記憶そして、感情。未知数の副作用。
「良心は痛みますが他に手段も無かった事ですし……月花さんも承知の上ですからね」
ふぅとため息を吐く。シンクに溜まった水面に浮かぶ顔は頬が痩け、白髪が増えていた。
「医者の不養生とはこの事ですか」
まぁ仕方がないと、そうぼやく男の名は中虫壁藍一郎。中虫壁診療所の主人である。
中虫壁家は代々続く医者の家系である。こと慶香町においては蛍原家に次ぐ名家だ。慶香町内のもう一つの病院である総合病院も中虫壁一族によって運営されている。
藍一郎は次男だ。この中虫壁診療所は同じく町医者をやっていた叔父から譲り受けたもので藍一郎は二代目院長となる。
つまり、本家とは少し距離を置いた立場にあった。
「私の研究は私にしか出来ませんからね」
感情の項目。ノートPCに書き込まれる経過観察。執着の有無、その検証。
藍一郎はラウラへ診療所でのバイトを提案をした際、もう一つ取引を行っていた。
それはラウラの持つ手帳と「母親」の捜索だ。給与は当然払うのだが、傷心の彼女にはそれ以上の報酬が必要と考えての事だった。
「瀬野さんの動機は家族に会う為。ならば医者である私に……いえ、病院に確認すべき事があったはずです。カルテ、個人情報、ここなら母親の手がかりが見つかるはずと、そう考えるのが必然です」
しかし取引の提案は藍一郎から行った。何より母親の調査を藍一郎に任せてきっている。
「瀬野さんの場所、余裕が無いだけかも知れませんが……執着が薄れてきているとみるべきでしょう。これはもう、繋ぎ止めるための鎖が必要ないという事でしょうか」
中虫壁は問いかける。試験管の中、そこに居る目に見えない虫へと。
「注意すべきは嫌悪、油断、執着、好奇心……まぁ今後も経過観察ですね」
カタカタとレポートを打ち込見終わるとパソコンを閉じた。ぐるりと椅子ごと回転させて別のディスクへと向き直る。
「さて、約束した以上、こちらの方も成果を出したい所ですね。しかし……なかなか見つかりませんね六部ケイトさん」
古いカルテの山。診療所とそして総合病院から取り寄せたコピー。
不眠症の自分には丁度良いと、藍一郎はカルテを捲った。
その日は雨が降っていた。
田んぼと田んぼとの間の畦道をラウラは傘をさして歩く。小脇には文房具が入った紙袋を抱えている。
ただの買い出し。入院以降、外に出る機会がすっかりと失われていたラウラにとっては久々の外の空気だ。
「虫神の多くは雨を苦手にしている。特に飛ぶやつだね。連中に出会いたくないのなら雨の日以外は出歩かない方がいいよ」
いつの事だったか。診療所に遊びに来ていた月花がそう言っていた。
尤も虫神以前に今のラウラは気軽に外室できる身分ではない。ラウラ自身も安全な診療所を出るつもりなく、さほど気にしていなかった。
しかしいざ雨が降ってみるとどうしたものか外を歩きたいという欲求を覚えた。診療所で暮らし始めてもう一週間以上が過ぎていたのだ。
そしてこの日、買い出しに行くと言った美和子に頼んでついていく事になった。
「にしてもラウラちゃん。らしい所あるのね」
「何笑ってるんですか」
「駄菓子好きなんて、外国人観光客みたいな」
「別にいいじゃ無いですか」
文房具屋の隣には駄菓子屋があった。ついでにそこでお菓子を買っていた。
軽く聞いた美和子にラウラは予想以上の食いつきを見せた。そして大量にお菓子を購入した。その中には知育食品の類もあった。
「べつにいいけど。……いやでもやっぱり面白いわ」
「笑わないでくださいよ」
傘をさして二人で歩く。そんな平和な時間だが、外に居る事実からかラウラはどこか落ち着かない様子だった。時よりキョロキョロと周りを見渡していた。
だからこそいち早くそれに気づく事ができたのだろう。
「あれ……なんですか? 何か見えませんか?」
遠くの田んぼの中に何か動いているものが見えた。そいつはゆっくりと動く巨大な物体だった。雨に弾かれる輪郭だけが浮かんでいる。
「もしかして……あれも虫神ですか?」
不気味だ。何かが居るはずなのにその姿がまるで見えない。
しかし、目に見えないだろうが、その存在を誇示するかのように倒れた稲の跡が不可視の存在の軌跡を残していた。
「蚊婦雲唇様だわ」
見たことのないような緊迫した表情で美和子が呟いた。頬には雨では無い、焦りから来る汗が伝っていた。
「ぶん……? 虫神ですか?」
「そうよ。まだこっちに気づいたないのかしら……このまま進むのはまずいわね。迂回しましょう」
美和子は濡れる事も構わず傘を折り畳んだ。そしてラウラの手を引き来た道を小走りで引き返す。
「美和子? やばいやつですか?」
「えぇとっても……とにかく虫神に捕まると拒めないわ。こっちに興味を持たれる前に離れないと」
それから離れるように、視界から外れるように住宅地の路地へと入り込むとジグザグに進む。周囲の景色は目まぐるしく変わり、どんどんと暗く人気の無い、無機質な建物に囲まれていく。
生活感の喪失。
建物という体裁だけを満たした簡素な建築物。窓は無く扉もない箱が連なっている。
「ここは!」
一度ラウラはこの場所に来た事があった。湖桃に連れられ、そして銀翅産神に遭遇した場所だ。
「虫籠通りよ。虫神様の為の家。ラウラちゃんを連れて通りたくはなかったけど……すぐ抜けるから」
そう言った美和子の足取りは正確で迷いなく暗い路地を抜けていく。すぐに路地の雰囲気が変わり元の住宅街の風景に戻った。
「ここまで来れば大丈夫……」
疎らに建てられた民家の隙間を通り抜けようとした時、ピタリと美和子が足を止めた。路地の角。その先で透明な壁が蠢いていた。
「大きい……!」
透明な何かは壁いっぱいに広がり二人のいく手を塞いでいる。それは人の背丈よりも高く聳えていて二人を見下ろす。
それは粘っこい液体の塊のようなもので絶えず形を変えていた。
透明の壁から紐状の触手がぐにゅりと伸びてラウラの方へ迫った。触手はまるで海中を佇む海藻のようにふわりと空を動いている。それなのにとても素早い。
避ける事が出来ない。
「ひっ」
透明な触手はラウラの頬に触れると粘っこい粘液を擦り付けながら撫で回した。
じゅっ……。
触れられた肌に熱が籠った。肌から立ち込めた白い湯気がゆらゆらと揺れる。
どろりと皮膚が溶け出す感覚がした。
肉の塊が腐食し、ゆっくりと別物に変わっていく感覚。
膿が漏れ出すようにどろどろになった肉が崩れてい感覚。
神経がふやけ肉と一緒に落ちる感覚。
「あ……あぁ……」
痛みは無い。だが今までの人生で感じたことのない不快感。自分の感覚が信じられず何をされているのか分からない。
恐怖に身動きも取れずラウラは口をパクパクと開閉させる。不可視の触手にされるがまま頬を舐られる。
助けて……。
ずるんと肌を滑り触手が離れた。暖かい液体が飛び散りラウラの服を汚す。
一度肌から離れた触手は興味を失ったようにラウラから去った。触手はほっそりと細りながら消える。
同時にぱしゃりと目の前の透明の壁が割れた。ラウラ達の行方を拒んでいた存在はまるで最初からそこに何もいなかったかのように消え失せた。
「去ってくれた? ラウラちゃん大丈夫」
「顔……わたしの顔……どうなって……」
ラウラはすっかりと腰が抜けて膝を地面につけている。頬を触ってその形を確かめる。粘着く液体に阻まれて指先の感覚がどこかおかしかった。
「あーそれね」
絶望により近い不安の表情を浮かべるラウラ。美和子はポーチから手鏡を取り出してラウラの前に差し出した。
「嫌っ」
ギョッと目を見開きラウラは咄嗟に鏡から目を逸らした。目を瞑って怯えるラウラを美和子が優しい声色で諭した。
「大丈夫だから。何もなってないわよ。ほら」
「……」
ラウラは恐る恐る鏡を覗き込んだ。顔は半透明のやや白っぽい液体がべったりと付着していた。どこも溶けていない。
「あれ?」
「触られただけみたいね。良かったわ」
「良かった……?」
顔によく分からない液体を塗りたぐられただけ。確かにそれで済んだのなら、今までの虫神の生態を考えれば良かった事になるのだろう。
ともあれ窮地は去ったようだ。
「あぁ、それね、美容効果あるらしいわよ?」
まだ呆然としているラウラに美和子は冗談ぽく言った。
ねっちゃりと指先に着いた液体。ラウラは顔をしかめてハンカチで液体を拭った。
「蚊婦雲唇に遭ったんですか?」
藍一郎は腕を組んで応えた。診療所に無事戻ることが出来た二人はは藍一郎に蚊婦雲唇との事を話した。
「ラウラさんは初めての遭遇ですね」
「あれはなんなんですか? 虫には見えなかったです」
「蚊婦雲唇は姿を自在に変えれますからね。本来の形は蛞蝓ですよ」
「ナメクジ……」
そう言われて田んぼで見えた輪郭はそんな形をしていたように思える。
「虫神の中でも神格が高く扱われ蚊婦雲唇が出る日は雨が降ると言われています。昔は雨乞いの為に蚊婦雲唇を呼ぶ儀式なんてのもやっていたようです」
「神様らしい虫神ですね」
頬に触れながら言うラウラ。心なしかもっちりとハリが増したように思う。気のせいだろうか。
「他の虫神も神様ですよ瀬野さん」
藍一郎は急に険しい顔をした。そして物思いにふけるように窓の外を見た。
「ですが蚊婦雲唇が出たなら覚悟しておいた方がいいかもしれないですね」
窓の外ではしんしんと雨が降り続けている。
「なにしろ蚊婦雲唇の蟲継は群を抜いて特異ですから」
ラウラ達が蚊婦雲唇に遭遇する少し前。
一人の少女が空き地で倒れていた。白いワンピースを着た高校生くらいの少女だ。
少女が気絶から目を覚ました時、雨を無防備に受けたせいですっかりびしょ濡れになっていた。
張り付いた衣服が冷たく身体を冷やして身震いする。目を覚ましたのも寒気に耐えかねてのことだろう。
「……あれ? わたし何して」
視界の端に買い物袋が転がっているのが見える。開いたままの傘もある。
少女は買い物の帰り途中だった事を思い出す。だがこうして倒れている理由までもは思い出せない。
立ち上がろうと身体を動かした時、少女は大きくバランスを崩した。
地面に手をつこうとしたがそれは出来なかった。再び立ち上がろうと芋虫のようにもぞもぞと動いてから少女はピタリと止まった。
「なに? え? あれ? 私の手……どこ?」
少女は自分の腕が無くなっている事に気がついた。
両腕共、肘から先が丸々なくっている。血は出ていない。断面にはぶよぶとした肉の塊がかさぶたのように付いていた。
パニックに陥るよりも早く、慶香町の住民である少女の教養が答えを出した。
呆然とした意識のまま口が動く。
「もしかして………蚊婦雲唇様?」
少女の問いかけに蛞蝓、蚊婦雲唇が動いた。
少女の目には何も写っていない。しかし雨を弾く透明の物体が少女の下半身を飲み込んだ。ゼリーの中に閉じ込められたような感覚が両足を包みこんだ。
じゅっ。
蚊婦雲唇の体温は高く、冷えた少女の身体を暖めた。ぷかぷかと水に浮くような感覚。寒さに震える体には蚊婦雲唇の体内はお風呂に入っているような心地よさだ。
心地良さとは裏腹に少女は恐怖を感じていた。
蚊婦雲唇に飲み込まれた身体は外からは見えず消えてしまったかのようだった。その上、足の感覚は徐々に感じなくなる。
何が起きているのか分からないまま、ただ暖かさのみが残る。
「な、何? どうなるんですか?」
少女の問いかけは悲鳴に近かった。
「んっあああ!!」
少女は膣に違和感を感じた。蚊婦雲唇の身体の一部が液体のように入り込んでいたのだ。
消えた足の感覚とは違い、少女の内側は異様なほど敏感になっていた。
膣内の蚊婦雲唇はその身を膨張させ、少女の膣をパンパンに膨らませた。
「うぅぅぅぅぅ……あぅう」
ピッタリと少女の膣穴に合うように整形されたそれはシリコンじみた塊に性質を変えていた。
そして一気に膨らんだソレが引き抜かれた。ヒダを逆撫でしたがら大きな塊が膣穴を通る。
「んぁああああっ!!」
形を変え硬く固まった白濁色のソレは少女の膣にピッタリと合う蚊婦雲唇のペニスだ。
ペニスが引き抜かれた時、蚊婦雲唇は少女の体から離れ一緒に少女の両足も解放された。
蚊婦雲唇は少女の身体に上から押さえつけるように乗ると整形したペニスを少女の膣口に押し付けた。
「あ……?」
そして一気根元まで押し込んだ。
「あっああっあああんっ」
自分にピッタリと合うペニスが少女の膣を掻き回す。
「あっあっあんっ……あんっ!」
ヒダを擦り押しつぶしていく肉棒の感覚に少女は頬を緩め嬌声で答える。
こうなってしまえば少女はただの肉壺だった。
何も初めてではない。少女も慶香町に住む女の一人としてこれまで何度も虫神と交わり快楽に身を委ねてきた。そこに嫌悪は無い。
人ならざる者が与える快楽は自分の腕にあった異常を一瞬、吹き飛んでしまうものだった。
蚊婦雲唇は少女と繋がったままゆっくりとその身体を変化させる。突起部の位置をじょじょに変え少女の身体を持ち上げる。
ベルトコンベアのように少女の身体が宙に浮いていく。
ぶらんと宙に浮かられた少女の身体。全体重を虫神に預けて脱力する。その事によって本来なら感じるべき開放感をこの時の少女は感じる事ができなかった。
「ふぇ?!」
少女の両足が消えていた。太腿の付け根の辺りから先がなくなり尻と一体化している。
痛みは無い。ぬらぬらと白っぽい液体が糸を引いて落ちる。
「あんっ! ああっ……あれぇ?? あ、あたしの足どこぉなの?! あんっ! ああんっ!」
自らの身に起こった異常を少女は正しく認識していなかった。消えた腕も足も変異してしまった肉体をどこか他人事のような目で見ている。
膣を突かれるたび、ぞわぞわとした快楽が頭に上り思考を掻き消していた。
「おまんこきもちぃ! いいよねっ! あんっ! ぴったりなんだもん!」
蚊婦雲唇は見えざる手を伸ばし少女の胸に触れた。
じゅっ……。
揉まれた乳房が粘土細工のように形を変えた。膨らんでは伸びて徐々に整形される。
太く勃起した触手が膨らんだ乳房に押し込まれ穴を開ける。細かなヒダに覆われたその穴はS字の緩やかなうねりを持つ。
乳房に造られたそれは紛れもなく膣穴だった。少女の膣穴が寸分違わずに再現されたのだ。
「おっぱいおまんこになっちゃった」
出来たばかりの膣穴に蚊婦雲唇がペニスを差し込んだ。新たに二本作り出したものだ。
「おおおおおっ?! やばっ おまんこ凄いぃぃぃ」
体の内の三箇所を突かれ発狂じみた声で叫ぶ少女。造られた膣穴はその感覚をも完全に再現していた。もはやどの部分で感じているのか分からず暴力的な快楽が少女の脳を焼く。
「これだめぇ! 死んじゃうぅ! 殺さないで下さいいいい」
身体を捩らせて少女が叫ぶ。
ピストンの度に目眩でチカチカと意識を奪われ、白い歯で食いしばり泡を吹く。もはや人が処理できる快楽を超えていた。
「イクッ! イクッ! イキますぅぅぅぅ!」
少女の膣穴が派手に潮を吹いた。少女が果てたのだ。手足を失った身体をぶるりと震わせて液体という液体を撒き散らす。
同時に蚊婦雲唇はペニスを膨らませ射精した。
どくん! どくん!
ポンプのような強烈な勢いで少女の膣穴に胸に精液が送り込まれる。
「お、おお、おおおおおお??」
ずっしりと重い蚊婦雲唇の精液が体内に溜まる感覚で再び少女が果てた。
どばどばと溢れ出た精液が地面に落ちる。
「私のからだぁ……どうなっちゃったんですかぁ?」
絶頂の余韻の中で少女は自分の体に起きた異変を思い出した。
もはや人として生きる事が不可能なほどに改造された肉体。
手足を失ったオナホ のような姿。その三つの穴は未だ蚊婦雲唇のペニスと繋がっていた。
少女は頭の中に何か遺志のようなものが流れ込んでくるのを感じだ。
「ほへ? なんです?」
蚊婦雲唇の触手が少女の頭に触れていた。
「あれ? だめですよ……? そんなことしたらわたひ……なくなっちゃいますぅ。やめっ、やめてくださいぃ」
何を受け取ったのか、少女は身体をくねらせて暴れ始めた。それは少女が見せるはじめての抵抗だった。しかし変異した身体ではペニスを扱く以外の行動を取ることはできない。
懇願する少女の頭にゆっくりと無数の触手が伸びる。
少女は大粒の涙を両目から流した。
「あっ……あぁ……終わっちゃう……私終わっちゃうよ」
悲痛な叫びが雨の町に響いた。
「これは……一体……何ですか?」
診療所に運ばれてきたそれを見てラウラが尋ねる。クリオネのようにも見える肉の塊。頭でっかちのフォルムに手足は無く代わりにヒダのようなものがついている。それなのにお腹の形た尻の形は人間そのものだ。
悪趣味でグロテスクなオブジェにしか見えないが、ウネウネと動くヒダがそれを生き物だと証拠付けていた。
「何ではありません。患者です」
藍一郎が一切表情を変えずに言う。
「蚊婦雲唇と蟲継をおこなったようですね」
「ぶん……それって?! 私が今日遭ったやつですよね」
ラウラは頬に手を当てた。触れられた時のぞわぞわとする感覚が肌に残っている。
「この話はするつもりは無かったんですよね。見てしまった以上、知らない方が不安ですか?」
ラウラは躊躇いがちに頷いた。看護師にこの場を任せ藍一郎はラウラを連れて別室へと移動した。
「先ほど、蚊婦雲唇の蟲継は特異だといいましたよね?」
少し言いづらそうに間を開けてから藍一郎は説明を始めた。
「あの患者は元は普通の人間です。ですがたった一回の蟲継であのような姿になってしまいました。もはや人としての自我や意識も無いでしょう」
「に、人間? でも……」
「蚊婦雲唇との蟲継には肉体改造を受けるリスクがあります」
「肉体……改造?」
アレがその結果だと言うのか。運ばれてきた肉の物体はあきらかに人の形から逸脱していた。
それはまさに神の所業。いや最も悍ましい化け物の異能だ。
その時ラウラの頭に嫌な考えが浮かんだ。
蚊婦雲唇に遭遇した時、自分は触れられた。何かそれだけでも影響があるのではないだろうか。
「心配しなくてもラウラさんの場合は何も無いですよ。変化を起こすメカニズムは不明ですがただ触れられただけで肉体改造を受ける事は無いはずです」
不安が顔に出ていたのか藍一郎が先にそう断る。
その発言にほっとしていいのか分からずラウラは曖昧な返事で返した。少なくとも喜んでいい話ではなかった。
「肉体改造の種別自由度は千差万別。事例を見る限りでも手足を失った者、逆に増えた者、内臓と身体が裏返った者、性別を変えられた者、日常生活を送れなくなる者もいれば、変わらず過ごせる者、もはや変身のパターンは予測不可能な域です」
そして、何よりも恐ろしいのはと中虫壁は一呼吸置いて言う。
「蚊婦雲唇による変身は不可逆です。現代の医療ではよほど軽微でない限り元に戻すことは出来ません」
不可逆の肉体改造。それは脳にまで及ぶ。
この後、少女に残された未来は妊娠した子供を産むことのみだ。そしてきっとそれが少女の最期となる。
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