巨大虫の居る町

黄金稚魚

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微かな祈り

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 そこは高い天井の部屋だった。遠い鉄格子の窓から月明かりが差し込む。
 刺すような細い光。とても暗闇を照らすには至らない。

 暗いその部屋は広遠だ。部屋は格子に囲まれ、出ることはできない。
 部屋は座敷牢だった。


 誰も知らない座敷牢で一人の女が泣いている。
 
 白装飾に身を包んだその女は清められていた。
 垢という垢を落とし汚れという汚れを払った。
 陶器のごとく白くきめ細かい肌に醜く浮かぶ生傷へと塩を塗り込んだ。
 楓を燃やした煙で燻し、月桂樹の葉で身体を濡らした。

 剥がせるものは全て剥がされた。
 女はあらゆるものを取り上げられていた。悲しみに泣いていた。
 

 女は泣きながら祈りを捧げていた。

「どうか私の願いを聞いてください」


 暗闇の先にが居た。今日の為に特別に灯された蝋燭が暗闇の内に隠されるべきその姿を明るみに曝け出していた。

「あぁ、神様……どうか」

 女は祈る。両手を胸の辺りで組んで頭を垂れる。


 折り重なった前脚を持ち上げ祈りを捧げる。
 そのには幾つかの名前があった。

 拝み虫。

 独特なそのフォルムを祈る姿に例えそう呼ぶ。

 斧虫。

 特徴的なその前脚を武器に見立ててそう呼ぶ。

 そして、最も認知度の高い名でその虫はこう呼ばれていた。

 蟷螂かまきり

 しかし女の目の前に居るこの虫をその名で呼ぶことは適切では無い。
 それは蟷螂の姿をしていたが蟷螂そのものではない。単に虫と呼ぶことさえできないだろう。
 
 その存在の大きさは虫の蟷螂とはあまりにもかけ離れていた。

 人の背丈を越える巨大な体躯。長い躰を伸ばせば三メートルを越えるだろう。
 冠をのせた逆三角形の頭。耳のように長い触覚。
 長い首のごとき胴体には銅板めいた飾りが吊るされ、幾多の数珠縄が巻き付いている。古めかしい装飾の数々は古い神話を思い起こさせるような神聖さを帯びていた。

 神々しいその姿。其れはまさに虫神であった。

 神の名は羽々剪御前ハハキリごぜん。誰が名付けたのか、誰もがこの蟷螂をそう呼ぶ。


「私の願いは……」

 女は祈りを捧げた。短く微かな、だがしかし切実な願いを目の前の神へと称える。
 
 虫神、羽々剪御前ははきりごぜんは鎌をもたげた。

 
 鋭利な刃、何層にも連なった返しのある鎌が女の両肩へ食い込んだ。

 短い悲鳴があがる。
 途端に女が宙に浮いた。鎌が深く食い込んだまま持ち上げられたのだ。

 羽々剪御前は大口をあけた。まるで奈落の大穴。限界まで開かれた顎の中に大人一人が楽々と入る穴が見える。

 女は最後に祈りを捧げた。

 

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