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黙諾の花嫁
九話 尻重
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月花が帰ると急に心細く感じた。
いつの間にかずいぶんと月花へ心を許していたのだと自覚する。
月花はラウラが取るべき行動を整理してくれた。彼女がいなければ今頃ラウラは夜の山で遭難していただろう。
今日はもう寝てしまっても大丈夫だ。
朝一番、月花と町を出る。
車まで戻ってそのまま真っ直ぐ家に帰る。
熱いシャワーを浴びて飲めるだけお酒を飲んでから寝る。
そうすれば今日この日の出来事が夢だったと思い込めるだろう。
OK。スケジュールは完璧だ。
「けど……」
不安。
それは泥のように沈澱し掬っても掬ってもまるで取り除けない。
「あー。どうしてこんなことにー」
大の字で寝転がるラウラ。気だるげに身体を起こした。
「あ、貸切」
虚空に向かってそんな事を呟いた。
「温泉まだ入れますよね」
よく喋る月花が先程までいたせいか、独り言が多くなっている。
思えば一度目の入浴は考え事ばかりで碌にリラックスできていなかった。温泉を貸切で堪能できる機会などそうそう無い。
「少しぐらいは楽しまないとね」
もう一度、温泉に入ろう。ラウラは手提げ鞄に荷物をまとめ部屋を出た。
外はもうすっかり暗くなっていた。秋の夜風は浴衣には少し寒く感じる。
廊下には照明代わりの小さな提灯が一定の感覚で並んでいた。
暗闇に浮かぶように続く提灯の光。
光に誘われるように廊下を歩くラウラ。大浴場が近づくと、外から聞こえる虫の音に混じり奇妙な音が聞こえてきた。
「ふっーふっー」
それは咳を無理やり押し殺したような音だった。息を吐く音が断続的に聞こえてる。
何かが近くにいる。
「………また居るの?」
厭な予感を感じる。ラウラはすぐに逃げ出したくなったが、このまま背中を見せて逃げる事はもっと危険に思えた。
逃げるならせめて音の正体を見つけてからだ。
目を凝らすと廊下の隅に人影が見えた。間違いなく人だ。
調度品の陰でよく見えないが、女中が地面にうつ伏せになって倒れている。
「大丈夫ですか?」
駆け寄ったラウラはぎょっとして手提げ鞄を落とした。
倒れていたのは旅館で働く女中だった。地面にぺたりと張り付き、息を荒くして悶えている。
しかしそれだけではない。
うつ伏せになった女中の尻には虫がくっついていた。団子虫によく似ていた。
艶やかな光沢のある躰。帷子状の関節を曲げてぐるりと丸まって女中の尻にしがみ付いている。
団子虫は身動きひとつ取らずじっとしていた。
これも虫神なのだろう。ラウラが見た中では一番小さい。たがその行動は他の虫神と同じだ。
「あっあっ……あぁんっ……」
女中が悶える。苦しむ息遣いの中に嬌声が混じる。
団子虫は動いているようには見えなかったが、その甲皮の裏側でどんな猥らな行為が行われているのかラウラには想像がついた。
「だ、だいじょうぶ、ですか?」
ラウラは取り乱して逃げ出す事はしなかった。
昼間の出来事のせいか、この異様な光景に慣れはじめていた。耐性がついたとも言い換えられる。固唾を呑んでその場に止まる事ができた。
女中は少しだけ頭を上げた。顔は耳まで赤く染まり、つらそうに歪んでいる。
「少し……あぁっ……待って……中でっ、うっ動いてるの」
動いている。それが女中の尻に張り付く団子虫の見えていない部分を指している事はすぐに察せれた。
団子虫は外から見える限りでは微動だにしない。
「あっ……ああっ……」
ラウラのいる手前か女中は声を抑えようと努めた。それでも時より絶えきれず、控えめな喘ぎ声を漏らす。
ふとした拍子にラウラと団子虫の視線が交差した。ゴマのように小さな目だ。頭の奥に付いているそれはマナの視線に気づくと目を細める。
「ひっ」
得体の知れない感情のをラウラは感じとった。無機質な虫でありながらも生々しいべたついた板に挟まれたかのような不快な感情たま。
ラウラは黒光りする団子虫から目を背けた。出来るだけ意識しないようにと外の景色を見た。
ラウラはここで少し待つことにした。逃げださなかったのは女中が助けを求めていると思ったからだ。
「もう、もうちょっとで……あっあっあっ……おぉ……くるッ」
ビクンと女中の身体が跳ねた。足袋を履いた足の指がきゅっと丸まる。
絶頂を迎えたのだ。
のけぞったまま顔と足を突き出し、オットセイのような声で唸った。中途半端に声を抑えようとした結果だろうか。
「おぉぉぉおおおおお……ふぅ」
終わった。
魂が抜けたように力なく床へ寝そべる。全身を脱力させピクリとも動かなくなった。
「あの……」
「すみません。大丈夫ですか?」
気絶したのか。そう思いラウラは女中の肩を揺すった。
「申し訳ございません………手を貸して頂けますか?」
「え?」
それは吐く息よりも小さな声だった。そして「申し訳ございません」ともう一度、気まずそうに女中が言った。
即答こそ出来なかったが、そのまま見捨てて逃げるほどラウラは薄情にはなれなかった。
女中に肩を貸して歩くラウラ。温泉とは別方向に進んでいく。
ラウラ達はスタッフルームを目指していた。
洞々亭で働く者の多くは住み込みで働いているらしい。客室とは別に従業員用の部屋が幾つもあってそこで寝泊まりしている。
最初こそ遠慮ぎみな女中であったが、激しい絶頂直後の彼女には歩ける程の体力は残っていない。自然と体重をラウラにあずける姿勢となった。
肩を重ねて歩くラウラの額には汗が浮かんでいた。疲れのせいだけではない。
すぐそばに。肌で触れそうな程近くに虫神が居るのだ。巨大なダンゴムシは女中の尻から離れる気配が無い。
この虫はずっと前からこうしているのだろう。
女中が着る着物には太腿から尻にかけて大きなスリットが入っていた。団子虫がついたまま着衣できるようになっている。
「すみません。誰も通らなくて」
女中が申し訳そうに謝る。
「このような事を客様にさせてしまうなんて……」
「気にしないで。大丈夫だから」
「ああっん」
「ひっ」
女中は度々嬌声を上げ、そのたびに足を止めた。尻の団子虫は常に淫行をはたらいているようだ。
「い、一旦はずしませんか?」
流石に堪えられなくなってきた。
ラウラが女中の尻についた団子虫に手を触れた。つるつるとした感触。磨かれた丸石のような手触だ。
「うっ……」
団子虫は関節の隙間がモゾモゾと動かし、ラウラの手を払おうと抵抗してきた。
腕にぞわりと鳥肌が立つ。
「はぁはぁ……ダメです。常帳尻様は外してダメなんです」
「ご、ごめんなさい」
女中が拒むとそれ以上は何も出来なかった。
「何をしているのですか?」
廊下の先、暗闇の中から声が聞こえた。
女将だった。
「お客様になんて事を」
「すみません。動けなくなってしまって」
「あれほど一人で出歩くなと言い付けていたのに、貴方はもう……」
女将はラウラに深々と頭を下げた。
「申し訳ございません。あとは私めが運ばさせて頂きます」
「うぅ……申し訳ございません」
「ほら、しっかりしなさい」
女中を女将に預ける。こんな姿を見せるものでは無いと女将は女中に叱咤する。
「私は気にしてないです」
それだけ言ってラウラはその場から離れようとした。
すると団子虫がギチギチと音を立てていきなり蠢いた。
「ああんっ!」
「うわっ……」
不意打ちだった。ラウラと女中は揃って声を上げた。
「お気に触りましたか?」
団子虫を畏怖の眼差しで見るラウラに何を思ったのか女将がそう問いかけてきた。
「………お構いなく」
はっきりとは答えなかった。この町の住民にとって虫神の存在は日常に溶け込んでいる。
その上で彼女達からはラウラを気遣う気持ちを感じられた。
「ありがとうございました」
丁寧に頭を下げてお辞儀をする二人にペコリと会釈してから別れた。
それからラウラはげんなりとした様子で廊下を戻り部屋へと帰った。とてもじゃないが温泉に入る気力は残っていなかった。
いつの間にかずいぶんと月花へ心を許していたのだと自覚する。
月花はラウラが取るべき行動を整理してくれた。彼女がいなければ今頃ラウラは夜の山で遭難していただろう。
今日はもう寝てしまっても大丈夫だ。
朝一番、月花と町を出る。
車まで戻ってそのまま真っ直ぐ家に帰る。
熱いシャワーを浴びて飲めるだけお酒を飲んでから寝る。
そうすれば今日この日の出来事が夢だったと思い込めるだろう。
OK。スケジュールは完璧だ。
「けど……」
不安。
それは泥のように沈澱し掬っても掬ってもまるで取り除けない。
「あー。どうしてこんなことにー」
大の字で寝転がるラウラ。気だるげに身体を起こした。
「あ、貸切」
虚空に向かってそんな事を呟いた。
「温泉まだ入れますよね」
よく喋る月花が先程までいたせいか、独り言が多くなっている。
思えば一度目の入浴は考え事ばかりで碌にリラックスできていなかった。温泉を貸切で堪能できる機会などそうそう無い。
「少しぐらいは楽しまないとね」
もう一度、温泉に入ろう。ラウラは手提げ鞄に荷物をまとめ部屋を出た。
外はもうすっかり暗くなっていた。秋の夜風は浴衣には少し寒く感じる。
廊下には照明代わりの小さな提灯が一定の感覚で並んでいた。
暗闇に浮かぶように続く提灯の光。
光に誘われるように廊下を歩くラウラ。大浴場が近づくと、外から聞こえる虫の音に混じり奇妙な音が聞こえてきた。
「ふっーふっー」
それは咳を無理やり押し殺したような音だった。息を吐く音が断続的に聞こえてる。
何かが近くにいる。
「………また居るの?」
厭な予感を感じる。ラウラはすぐに逃げ出したくなったが、このまま背中を見せて逃げる事はもっと危険に思えた。
逃げるならせめて音の正体を見つけてからだ。
目を凝らすと廊下の隅に人影が見えた。間違いなく人だ。
調度品の陰でよく見えないが、女中が地面にうつ伏せになって倒れている。
「大丈夫ですか?」
駆け寄ったラウラはぎょっとして手提げ鞄を落とした。
倒れていたのは旅館で働く女中だった。地面にぺたりと張り付き、息を荒くして悶えている。
しかしそれだけではない。
うつ伏せになった女中の尻には虫がくっついていた。団子虫によく似ていた。
艶やかな光沢のある躰。帷子状の関節を曲げてぐるりと丸まって女中の尻にしがみ付いている。
団子虫は身動きひとつ取らずじっとしていた。
これも虫神なのだろう。ラウラが見た中では一番小さい。たがその行動は他の虫神と同じだ。
「あっあっ……あぁんっ……」
女中が悶える。苦しむ息遣いの中に嬌声が混じる。
団子虫は動いているようには見えなかったが、その甲皮の裏側でどんな猥らな行為が行われているのかラウラには想像がついた。
「だ、だいじょうぶ、ですか?」
ラウラは取り乱して逃げ出す事はしなかった。
昼間の出来事のせいか、この異様な光景に慣れはじめていた。耐性がついたとも言い換えられる。固唾を呑んでその場に止まる事ができた。
女中は少しだけ頭を上げた。顔は耳まで赤く染まり、つらそうに歪んでいる。
「少し……あぁっ……待って……中でっ、うっ動いてるの」
動いている。それが女中の尻に張り付く団子虫の見えていない部分を指している事はすぐに察せれた。
団子虫は外から見える限りでは微動だにしない。
「あっ……ああっ……」
ラウラのいる手前か女中は声を抑えようと努めた。それでも時より絶えきれず、控えめな喘ぎ声を漏らす。
ふとした拍子にラウラと団子虫の視線が交差した。ゴマのように小さな目だ。頭の奥に付いているそれはマナの視線に気づくと目を細める。
「ひっ」
得体の知れない感情のをラウラは感じとった。無機質な虫でありながらも生々しいべたついた板に挟まれたかのような不快な感情たま。
ラウラは黒光りする団子虫から目を背けた。出来るだけ意識しないようにと外の景色を見た。
ラウラはここで少し待つことにした。逃げださなかったのは女中が助けを求めていると思ったからだ。
「もう、もうちょっとで……あっあっあっ……おぉ……くるッ」
ビクンと女中の身体が跳ねた。足袋を履いた足の指がきゅっと丸まる。
絶頂を迎えたのだ。
のけぞったまま顔と足を突き出し、オットセイのような声で唸った。中途半端に声を抑えようとした結果だろうか。
「おぉぉぉおおおおお……ふぅ」
終わった。
魂が抜けたように力なく床へ寝そべる。全身を脱力させピクリとも動かなくなった。
「あの……」
「すみません。大丈夫ですか?」
気絶したのか。そう思いラウラは女中の肩を揺すった。
「申し訳ございません………手を貸して頂けますか?」
「え?」
それは吐く息よりも小さな声だった。そして「申し訳ございません」ともう一度、気まずそうに女中が言った。
即答こそ出来なかったが、そのまま見捨てて逃げるほどラウラは薄情にはなれなかった。
女中に肩を貸して歩くラウラ。温泉とは別方向に進んでいく。
ラウラ達はスタッフルームを目指していた。
洞々亭で働く者の多くは住み込みで働いているらしい。客室とは別に従業員用の部屋が幾つもあってそこで寝泊まりしている。
最初こそ遠慮ぎみな女中であったが、激しい絶頂直後の彼女には歩ける程の体力は残っていない。自然と体重をラウラにあずける姿勢となった。
肩を重ねて歩くラウラの額には汗が浮かんでいた。疲れのせいだけではない。
すぐそばに。肌で触れそうな程近くに虫神が居るのだ。巨大なダンゴムシは女中の尻から離れる気配が無い。
この虫はずっと前からこうしているのだろう。
女中が着る着物には太腿から尻にかけて大きなスリットが入っていた。団子虫がついたまま着衣できるようになっている。
「すみません。誰も通らなくて」
女中が申し訳そうに謝る。
「このような事を客様にさせてしまうなんて……」
「気にしないで。大丈夫だから」
「ああっん」
「ひっ」
女中は度々嬌声を上げ、そのたびに足を止めた。尻の団子虫は常に淫行をはたらいているようだ。
「い、一旦はずしませんか?」
流石に堪えられなくなってきた。
ラウラが女中の尻についた団子虫に手を触れた。つるつるとした感触。磨かれた丸石のような手触だ。
「うっ……」
団子虫は関節の隙間がモゾモゾと動かし、ラウラの手を払おうと抵抗してきた。
腕にぞわりと鳥肌が立つ。
「はぁはぁ……ダメです。常帳尻様は外してダメなんです」
「ご、ごめんなさい」
女中が拒むとそれ以上は何も出来なかった。
「何をしているのですか?」
廊下の先、暗闇の中から声が聞こえた。
女将だった。
「お客様になんて事を」
「すみません。動けなくなってしまって」
「あれほど一人で出歩くなと言い付けていたのに、貴方はもう……」
女将はラウラに深々と頭を下げた。
「申し訳ございません。あとは私めが運ばさせて頂きます」
「うぅ……申し訳ございません」
「ほら、しっかりしなさい」
女中を女将に預ける。こんな姿を見せるものでは無いと女将は女中に叱咤する。
「私は気にしてないです」
それだけ言ってラウラはその場から離れようとした。
すると団子虫がギチギチと音を立てていきなり蠢いた。
「ああんっ!」
「うわっ……」
不意打ちだった。ラウラと女中は揃って声を上げた。
「お気に触りましたか?」
団子虫を畏怖の眼差しで見るラウラに何を思ったのか女将がそう問いかけてきた。
「………お構いなく」
はっきりとは答えなかった。この町の住民にとって虫神の存在は日常に溶け込んでいる。
その上で彼女達からはラウラを気遣う気持ちを感じられた。
「ありがとうございました」
丁寧に頭を下げてお辞儀をする二人にペコリと会釈してから別れた。
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