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黙諾の花嫁
二話 地図に無い町
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もう紅葉の季節だと言うのに、山はじめじめとした熱気を閉じ込めていた。
なんとか山道を抜けたラウラだったが、急な目眩に立って居られなくなり地べたにへたり込んで座っていた。それは休んでいるというより、倒れているといった方が正しかった。
とにかく喉が渇いた。
山道を全力疾走した結果、ラウラは脱水症状に近い状態にあった。手に持ったペットボトルはとっくに空だ。
寄りかかる石橋の下では流れの強い川が流れている。いっそ汲んでこようかなどとラウラが考えていると背後に動く気配を感じた。
「あのー。大丈夫ですか?」
ラウラに声を掛けたのは少女の声だった。
ウェーブのかかったふわふわのショートボブ。明るめの茶髪に染めている。紺色のセーラー服。高校生に見える。自転車に乗っていて学生鞄をリュックみたいに背負っている。
その姿を見てラウラは目を丸くして驚いた。
「えっ学生? なんでこんな所に……ごほっごほっ」
「わっ本当に大丈夫ですか? これ飲みます?」
少女は鞄から水筒を取り出すとキャップをコップにしてお茶を注いでくれた。ラウラはお茶を躊躇うこと無く、一気に飲み干した。兎にも角にも喉が渇いていたのだ。
「わぁ……」
ラウラの飲みっぷりを感心した眼差しで見つめる少女。空になったキャップにまたお茶が注がれる。
差し出されたお茶を三杯も呑んでようやくラウラは落ち着きを取り戻した。
「ありがとうございます。助かりました」
そう言ってキャップを返すと少女は微笑んだ。
「いえいえ。この辺りは自販機ないですし、助け合いですよ」
ニコニコと笑顔でそんな事を言われて私は面食らった。
変わった子だ。そう思うと同時にこの少女がとびっきりの善人であるとラウラは直感的に確信した。見知らずの人間にここまで屈託の無い笑みを向けられるだろうか。
「あの……」
口を開いたラウラの言葉を、新しい声が遮った。
「どうしたの?」
後ろからもう一人、同じ制服を着た少女が現れた。自転車に乗らず押して歩いてる。
同じ制服を着ていても小柄な彼女の場合、中学生に見えた。私服ならはあるいは小学生にも見えただろう。
出会う順序が逆であれば彼女達を中学生だと思い込んでいたかも知れない。
すっと通るような小顔に、制服の袖やスカートから覗く細い手足、その全てが透き通ったように白い。
胸元まで伸ばした黒い艶やかなセミロングは毛先まで揃っていて、彼女の動きに合わせふわりと揺れ動く。
お幼さを残しつつも精巧に整った人形を思わせる美貌。
とにかく一目見て印象に残る少女だった。
「この人は?」
「知らない人」
「えー。ダメじゃん」
「でも倒れてたよ。熱中症かもだよ」
「この時期に? へんなの」
セミロングの少女が屈み込んでラウラと目線を合わせた。
好奇心に満ちたキラキラとした目だ。小さな口がヘラヘラと緩い笑みを形つくっている。
「お姉さんは何をしてたんですか?」
「ちょっと歩き疲れて……いえ、この町には個人的な興味で来ました」
そう言うと二人は驚き顔を見合わせた。
「と言う事は………」
「ね?」
「すごい本物の観光さんだ。初めて見たかも」
「しかもこんな時期に!」
「私初めてかもー」
盛り上がる二人。ハイタッチでもしそうなほど楽しげだ。
そんな二人をラウラはいぶかしげに見上げる。
二人の女子高生の存在はラウラにとって奇怪に映った。想定ではここに学生なんていない筈だったからだ。
「あの、あなた達はどうしてここに居るんですか?」
ラウラの問いにボブカットの少女は首をかしげた。まるで質問の意味が分らないといった感じた。
対照的にセミロングの少女は納得がいったようにぽんと手を叩く仕草をした。
「あ~なるほど。お姉さんオカルトマニアってやつですか」
「どゆこと?」
「ほらこの町って地図に載ってないじゃん」
地図に載らない。
その通りだ。この町の存在はきっと誰も知らない。
どの地図にも観光パンフレットにもこの町の情報は載っていない。ラウラの祖父、彼が残した手記にのみ道が示されていた。
地図に載らない町とそこに住んでいるかもしれない母の事。
しかし、その手記はもう二十年も前のものだ。町といっても限界集落のようなもの、そもそも町が残って居ない可能性すらラウラは考えていた。
ましてや、そんな土地に女子高生などいるはずもない。数少ない手掛かりから考えられる当然の想定だった。
もし町が既に無く、山を超えた先にあったのが、唯の廃墟だったとしても母の手がかり、その存在の痕跡だけでも見つかれば良い。そういった思いでラウラはここへ訪れた。
地図に無い町。その事実はあまりにも現実離れしたオカルト話なのだから。
「ふーん。そうなんだ」
「まっ住んでたら実感ないよね」
「今度見てみなよ、本当に載って無いから」
だと言うのに目の前の少女達はそれを対した事ではないかのように軽く認識していた。
戸惑いから何を聞くべきか迷っているとセミロングの少女はぐいっと顔を近づけてきた。
大きな瞳がまっすぐラウラを見据える。
「お姉さんってさ、外国の人?」
「え?」
マロンブラウンの髪色はいまやこの国でもそう珍しく無い。でもライトグレーの瞳はそうそう見られない。好気の視線にラウラは慣れていた。
だからといって、じっと、それもこの距離で見つめられると照れが出る。
「なにしてるの?」
「いや凄い美人だなって」
「えぇ……」
戸惑っているラウラの頬をセミロングの少女が両手で押さえる。目をそらせないようになった。
「お姉さん。帰った方がいいよ」
真剣なトーン少女が言った。表情を消したと表現してもいい。
「?!」
「ねぇお姉さん。どこで何を聞いたのかしならないけど……ここはお姉さんが思ってるような場所じゃないと思うよ。学校もあるし、みんな普通に生活してる。興味本位で来たのなら・・・・・・」
「私は……」
少女の言葉を遮ってラウラが立ち上がる。
警句じみた少女の言葉は今の状況に相応しいものだった。少なくともラウラはそう感じた。
「ごめんなさい。本当は私、母さんを探しに来ました」
「……そっか。訳ありって事だね! じゃぁいいや」
あっさりと引き下がるとセミロングの少女は一歩下がってラウラに手を差出した。
「それじゃ改めて、ようこそ慶香町へ」
「ようこそー」
わーわーパチパチと女子高生二人から緩い歓迎を受けた。
「・・・・・・」
「訳ありなのは分ったけど、重い話しはやめてね! ついて行けないから」
先ほどの真剣な表情がまるで嘘みたいだった。
ちょっとこれは酷くないかと。少女達との温度差に辟易した。
「それじゃ観光案内といこうかな!」
「お姉さんどこか行きたいところありますか?」
「行きたいところ? あの私、母を・・・・・・いえちょっと話しを聞いて欲しいです」
「あ!そうだ! なら私のお家で喫茶店やってるんですけど、どうですか?」
ボブカットの子が元気よくそう提案する。確かに落ち着いて話をするには良さそうだ。それに喫茶店なら大人もいるだろう。
ラウラが快諾するとボブカットの少女はにっこりと嬉しそうな笑顔を浮かべた。
「あ、それじゃ私は行かなきゃだから」
セミロングの少女はスマホで時間を見るとそう言って自転車に跨った。
「そうなの?」
「うん。ちょっと絞られてくる。終わったら合流するね」
「はーい。がんばってね」
女子高生達はバイバーイと手を振り合い、セミロングの少女は自転車をこいで何処かへ行ってしまった。その影を見送ってから、少女はラウラの手を取った。
「さっ行きましょうか。私達の町へ」
なんとか山道を抜けたラウラだったが、急な目眩に立って居られなくなり地べたにへたり込んで座っていた。それは休んでいるというより、倒れているといった方が正しかった。
とにかく喉が渇いた。
山道を全力疾走した結果、ラウラは脱水症状に近い状態にあった。手に持ったペットボトルはとっくに空だ。
寄りかかる石橋の下では流れの強い川が流れている。いっそ汲んでこようかなどとラウラが考えていると背後に動く気配を感じた。
「あのー。大丈夫ですか?」
ラウラに声を掛けたのは少女の声だった。
ウェーブのかかったふわふわのショートボブ。明るめの茶髪に染めている。紺色のセーラー服。高校生に見える。自転車に乗っていて学生鞄をリュックみたいに背負っている。
その姿を見てラウラは目を丸くして驚いた。
「えっ学生? なんでこんな所に……ごほっごほっ」
「わっ本当に大丈夫ですか? これ飲みます?」
少女は鞄から水筒を取り出すとキャップをコップにしてお茶を注いでくれた。ラウラはお茶を躊躇うこと無く、一気に飲み干した。兎にも角にも喉が渇いていたのだ。
「わぁ……」
ラウラの飲みっぷりを感心した眼差しで見つめる少女。空になったキャップにまたお茶が注がれる。
差し出されたお茶を三杯も呑んでようやくラウラは落ち着きを取り戻した。
「ありがとうございます。助かりました」
そう言ってキャップを返すと少女は微笑んだ。
「いえいえ。この辺りは自販機ないですし、助け合いですよ」
ニコニコと笑顔でそんな事を言われて私は面食らった。
変わった子だ。そう思うと同時にこの少女がとびっきりの善人であるとラウラは直感的に確信した。見知らずの人間にここまで屈託の無い笑みを向けられるだろうか。
「あの……」
口を開いたラウラの言葉を、新しい声が遮った。
「どうしたの?」
後ろからもう一人、同じ制服を着た少女が現れた。自転車に乗らず押して歩いてる。
同じ制服を着ていても小柄な彼女の場合、中学生に見えた。私服ならはあるいは小学生にも見えただろう。
出会う順序が逆であれば彼女達を中学生だと思い込んでいたかも知れない。
すっと通るような小顔に、制服の袖やスカートから覗く細い手足、その全てが透き通ったように白い。
胸元まで伸ばした黒い艶やかなセミロングは毛先まで揃っていて、彼女の動きに合わせふわりと揺れ動く。
お幼さを残しつつも精巧に整った人形を思わせる美貌。
とにかく一目見て印象に残る少女だった。
「この人は?」
「知らない人」
「えー。ダメじゃん」
「でも倒れてたよ。熱中症かもだよ」
「この時期に? へんなの」
セミロングの少女が屈み込んでラウラと目線を合わせた。
好奇心に満ちたキラキラとした目だ。小さな口がヘラヘラと緩い笑みを形つくっている。
「お姉さんは何をしてたんですか?」
「ちょっと歩き疲れて……いえ、この町には個人的な興味で来ました」
そう言うと二人は驚き顔を見合わせた。
「と言う事は………」
「ね?」
「すごい本物の観光さんだ。初めて見たかも」
「しかもこんな時期に!」
「私初めてかもー」
盛り上がる二人。ハイタッチでもしそうなほど楽しげだ。
そんな二人をラウラはいぶかしげに見上げる。
二人の女子高生の存在はラウラにとって奇怪に映った。想定ではここに学生なんていない筈だったからだ。
「あの、あなた達はどうしてここに居るんですか?」
ラウラの問いにボブカットの少女は首をかしげた。まるで質問の意味が分らないといった感じた。
対照的にセミロングの少女は納得がいったようにぽんと手を叩く仕草をした。
「あ~なるほど。お姉さんオカルトマニアってやつですか」
「どゆこと?」
「ほらこの町って地図に載ってないじゃん」
地図に載らない。
その通りだ。この町の存在はきっと誰も知らない。
どの地図にも観光パンフレットにもこの町の情報は載っていない。ラウラの祖父、彼が残した手記にのみ道が示されていた。
地図に載らない町とそこに住んでいるかもしれない母の事。
しかし、その手記はもう二十年も前のものだ。町といっても限界集落のようなもの、そもそも町が残って居ない可能性すらラウラは考えていた。
ましてや、そんな土地に女子高生などいるはずもない。数少ない手掛かりから考えられる当然の想定だった。
もし町が既に無く、山を超えた先にあったのが、唯の廃墟だったとしても母の手がかり、その存在の痕跡だけでも見つかれば良い。そういった思いでラウラはここへ訪れた。
地図に無い町。その事実はあまりにも現実離れしたオカルト話なのだから。
「ふーん。そうなんだ」
「まっ住んでたら実感ないよね」
「今度見てみなよ、本当に載って無いから」
だと言うのに目の前の少女達はそれを対した事ではないかのように軽く認識していた。
戸惑いから何を聞くべきか迷っているとセミロングの少女はぐいっと顔を近づけてきた。
大きな瞳がまっすぐラウラを見据える。
「お姉さんってさ、外国の人?」
「え?」
マロンブラウンの髪色はいまやこの国でもそう珍しく無い。でもライトグレーの瞳はそうそう見られない。好気の視線にラウラは慣れていた。
だからといって、じっと、それもこの距離で見つめられると照れが出る。
「なにしてるの?」
「いや凄い美人だなって」
「えぇ……」
戸惑っているラウラの頬をセミロングの少女が両手で押さえる。目をそらせないようになった。
「お姉さん。帰った方がいいよ」
真剣なトーン少女が言った。表情を消したと表現してもいい。
「?!」
「ねぇお姉さん。どこで何を聞いたのかしならないけど……ここはお姉さんが思ってるような場所じゃないと思うよ。学校もあるし、みんな普通に生活してる。興味本位で来たのなら・・・・・・」
「私は……」
少女の言葉を遮ってラウラが立ち上がる。
警句じみた少女の言葉は今の状況に相応しいものだった。少なくともラウラはそう感じた。
「ごめんなさい。本当は私、母さんを探しに来ました」
「……そっか。訳ありって事だね! じゃぁいいや」
あっさりと引き下がるとセミロングの少女は一歩下がってラウラに手を差出した。
「それじゃ改めて、ようこそ慶香町へ」
「ようこそー」
わーわーパチパチと女子高生二人から緩い歓迎を受けた。
「・・・・・・」
「訳ありなのは分ったけど、重い話しはやめてね! ついて行けないから」
先ほどの真剣な表情がまるで嘘みたいだった。
ちょっとこれは酷くないかと。少女達との温度差に辟易した。
「それじゃ観光案内といこうかな!」
「お姉さんどこか行きたいところありますか?」
「行きたいところ? あの私、母を・・・・・・いえちょっと話しを聞いて欲しいです」
「あ!そうだ! なら私のお家で喫茶店やってるんですけど、どうですか?」
ボブカットの子が元気よくそう提案する。確かに落ち着いて話をするには良さそうだ。それに喫茶店なら大人もいるだろう。
ラウラが快諾するとボブカットの少女はにっこりと嬉しそうな笑顔を浮かべた。
「あ、それじゃ私は行かなきゃだから」
セミロングの少女はスマホで時間を見るとそう言って自転車に跨った。
「そうなの?」
「うん。ちょっと絞られてくる。終わったら合流するね」
「はーい。がんばってね」
女子高生達はバイバーイと手を振り合い、セミロングの少女は自転車をこいで何処かへ行ってしまった。その影を見送ってから、少女はラウラの手を取った。
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