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エピローグ ここは巨大虫の居る町
しおりを挟む慶香町。
古びた鉄の標識にそう書かれている。バスの時刻表には朝と夕方の二種類しか時刻が書かれていない。
田んぼに囲まれたバス停には古びたベンチと自販機だけが設けられていた。
ベンチには二人の少女が座っていた。同じ制服を着ていることから二人は中学生であると分かる。
片方は中学生にしては背が高く、片方は中学生にしては背が低い。何も知らなければ少し歳の離れた姉妹のようにも見えるだろう。
二人の関係は同じサイクリング部に所属する先輩と後輩。背の小さな方が先輩である。
「鶏を絞めると書いて鶏絞。それがこの町の名前」
突然物騒な事を言い出した月花に緑は口をあんぐりさせた。
夏の暑さに当てられて手に持っていたキャンディアイスは早くも溶け出していた。
気の緩んでいた緑の手元に月花が齧り付いた。アイスの頭を噛み取られた。
「ああー! ちょっと何するんですか!」
「冷たくておいしー」
「知ってますよ。私のアイスですから!」
「もうしょうがないなー。ほら私のもあげるよ」
月花はわざとらしく間延びした口調で言うとアイスを緑の口元へ向けた。アイスの先端には小さな歯形がついている。
「じゃあ頂きます」
ぱくりと差し出されたアイスにかぶりつく緑。一口は一口でしか償えない。そんな事を考えている。
「うわー。躊躇なくやるね。ちょっとは恥ずかしがればいいのに」
月花の言葉は後半の方はごちょごちょと口ごもっていてうまく聞きとれなかった。
「それで、なんですか。さっきの話。この町呪われているとかですか?」
「もしそう言ったら信じる?」
「はい」
「わー、素直。でも安心して多分呪われてないよ」
「先輩の嘘つき」
「なんでよ」
ジト目で月花を見下ろす緑。この身長差だ。月花は常に緑を見上げながら話している。
「えーと、そうじゃなくて。この町の名前の由来だよ。あ、当時は村か」
「そこはまぁどうでもいいです」
「鶏絞。神様に鶏の生贄を捧げていた風習からそう呼ばれていた」
「虫崇。とかじゃないんですね」
「あーんうん。私もそれ思った」
月花がしみじみと思い出すように言った。さながら世間話でもするような呑気さで続ける。
「私さ虫神は元々この土地の神様じゃなかったと思うんだよ」
「どう言う事ですか?」
「鶏を絞めてたのが元の神様だったのかなって」
「えーと。分かんないです」
「あー、そうだね。外来種ってあるじゃん。ブラックバスとかそういうの」
「生態系ぶち壊しちゃうヤツですね」
「そうそう。あれと同じで後から来た神様が元いた神様を倒して居座ってるのかなって思ってるんだ。この町には元の神様がもう居ないから、だから奴らが好き勝手してるのかもしれないってね」
そう語る月花の横顔は想像していたよりずっと真面目で緑も思わず考え込んでしまった。
「なら、こいつらは何処から来たんですか」
緑はそう呟き田んぼを見渡した。
広い田んぼの中には一メートル程もある大きな甲虫が泳いでいた。
町の至る所に彼らは居る。雑木林の中に、路地裏に、屋根裏に、公園に。
一目に触れる事を躊躇わず顕われては甘い贄を貪る。町は彼らを崇め奉り、そして交わる。
そう、ここは巨大虫の住む町。
――慶香町。
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