異常姦見聞録

黄金稚魚

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早漏爺

早漏爺

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 これは恋人の美雪と旅行の帰り道、ある電車の中での出来事。


 僕はする事が無いので窓の外の景色をのんびりと見ていた。
 ありふれた夜景と真っ暗な野山が窓の外を交互に通過する。

 疲れのせいか美雪はすっかりと寝てしまっていた。
 二人で向かい合わせで座り、脇にはお土産の紙袋が並ぶ。
 
 ドサ。
 物が落ちるような音が聞こえてきて、僕は美雪の方を見た。

 いつの間にか、そこには背の低い老人が立っていた。
 背丈は大人の腰の辺り程で、ホームレス風なボロボロの服から覗く手足は丸めた新聞紙のようにしわくちゃだ。

 小さな老人は美雪の目の前で腰を丸めて立っていた。足元にはハンドバックが転がっている。老人が触れて落としたのだろうか。

 俯いているせいで顔はよく見えないがニタニタと歪んだ口元と粘ついた唾液の糸が目を引いた。
 気色の悪い老人だった。

 僕はこの老人に見覚えは無かった。一度見たら忘れないだろう不気味な風貌、もし道で見かけても目を逸らしてしまうだろう。

 この車両は指定席だ。一つ前の駅からは時間が経っている。まさか席を間違えてやってきたなんて事はないだろう。
 
 何か、用だろうか。
 出来る事なら関わり合いになんてなりたくないが、老人は僕たちの席に入って来た。

 仕方なく、僕は恐る恐る老人に声をかけようとした。

 しかし、声は出なかった。

 それどころか僕の体は金縛りにあったかのように動かなくなっていた。
 この時、僕は僕たちの身に起きている異常にようやく気がついたのだ。

「?!」

 老人が僕に向けてにんまりと笑った。ぞっと怖気が走り、慌てて立ち上がろうとする。

 しかし、やはり僕の身体は動かない。焦る僕をよそに老人の枯れ木のような手が美雪へと伸びる。

 老人が美雪のスカートをひらりと捲った。ピンク色のパンティが露わになる。

 指を引っ掛けてパンティを脱がすと、老人はそれを顔に近付けて匂いを嗅ぎ始めた。

 何をしているんだコイツは。

 目の前で恋人へ性的な悪戯をされ、僕はいよいよパニックになり始めた。
 しかしながら表面上は何も変わらず、僕の身体は静止したままだった。

 僕は何とか身体を動かそうともがいてみたが、それは何の意味もなさない。
 まるで意識と身体がきっぱり切り離されてしまったかのようだった。
 どんなに念じようとも指先一つ動かず、呼吸の感覚すら感じない。
 そう、瞬きの一つも出来ない。

 僕は心の中で必死になって助けを叫んだ。
 車両の席は殆ど空いていたが、無人では無い。誰でもいいから、この異常な光景に気づいて欲しかった。


 クックックッ。

 しゃっくりのようなその音は老人の笑い声だった。

 老人はバッと両手を広げると美雪に抱きついた。身長差があるのでちょうど美雪の膝に乗る感じだ。

 老人は美雪の胸に禿げた頭を押し付けてぐねぐねと体を動かしている。

 最初は何の動作なのか分からなかった。しかし、すぐに気づきはっとした。その小刻みに震える腰の動きは……。

 この老人は美雪をレイプ しているのだ。美雪は相変わらず目を閉じたまま起きる気配がない。
 それとも僕と同じように身体の自由も奪われ、独り怯えているのだろうか。
 だとしたら美雪は僕に助けを求めている筈だ。
 それなのに僕は動けない。

 見えているのに、気づいているのに助ける事が出来ない。

 最悪だ。

 僕にはただ、美雪に覆い被さる老人を見つめる事しか出来なかった。

 老人はもう僕の事など眼中には無く、いや、美雪の事すら意識ぜず無我夢中に腰だけを動かしている。小刻みに小刻みに、布が擦れる音だけが聞こえてくる。

 老人の動きは下手くそで、ひっくり返った虫のようなせわしない動きで腰を擦り付けている。
 セックスと呼ぶにはあまりに稚雑な、動かない女体を使ったオナニー、身勝手極まりない生殖活動。老人はそれに必死だった。


 僕の中で怒りや焦りの他に恐怖の感情がじわじわと込み上がっていた。

 この老人をとして見ることが出来ない。もっと邪悪で悍ましいナニかが美雪を汚している。
 僕はそう感じ取ってしまったのだ。


 結局の所、それは五分にも満たないだろう、極短い時間の出来事だった。
 老人が満足して果てるまでの全てを僕は見させられた。

 突然老人の動きが止まり美雪の身体にしがみついた時、のだと分かった。
 
 老人が美雪の身体から離れる。下半身には何もつけていないが、老人の陰茎は視認出来なかった。
 
 やがて強い目眩に襲われ、僕の意識が薄れていく。老人のニタニタとした笑みを最後に僕の視野は暗転した。



 気がつくと電車は駅に着いていた。
 いつもと同じように笑う彼女。

 そもそもアレは現実だったのだろうか。
 タチの悪い夢だったのかもしれない。僕は出来るだけ早く、この出来事を忘れようとした。


 しかし、不可思議な体験はここでは終わらなかった。


 一月後、美雪が妊娠した。

 正確には妊娠だった。心当たりはあったし、つわりも出ていたので、そう診断された時は僕も驚いた。
 珍しい事だが、想像妊娠によって妊娠初期の症状が出る事があるそうだ。

 名前ぐらいは聞いたことがあったか、まさか自分の恋人がそうなるとは思わなかった。
 
 診断を受けた当の本人である美雪は僕よりもはるかにショックを受けたようで酷く取り乱した。
 
 検査の結果を見ても医師の説明を受けても美雪はなかなか納得してくれなかった。
 長い時間をかけて説得する必要があったし、それでも完全には納得してくれず、渋々といった様子だった。
 
 自分の肉体的な部分が実際に変化している以上、それも仕方ないのかもしれない。男の僕にはいまいちピンと来ないが、妊娠と言うのは喜びがあるのと同時にやっぱり不安になるものなんだと思う。
 それが実はただの想像だと言われるなんてすぐに受け入れるのは難しい筈だ。

 それに不安なのは僕も同じだった。
 なぜなら僕の脳裏にはあの電車での出来事がこびり付いていたのだから。
 

 医師は想像妊娠である事を自覚すれば、やがて治ると言っていた。
 しかし、収まるどころか症状は日に日に強くなっていき、ついにはお腹まで膨らみ始めた。

 僕は嫌がる美雪に何度も検査を受けさせた。
 けれども結果は同じ、お腹の中に生命は宿っていなかった。

 僕はどうする事も出来ず、医師の言うをただ待つ事しか出来なかった。

 お腹の膨らみが大きくなるにつれ、美雪はベビー用品を揃えるようにした。僕はそれを止めなかった。
 それで美雪の気が安らぐならそれで良かったし、買っておいて無駄になるものでも無い。



 そして想像妊娠を診断されてから、数ヶ月が経過したある日。

 美雪は出産した。
 


 「助けて」とそれだけを電話で告げられた僕は慌てて美雪の元へ駆けつけた。

 美雪のお腹はボールのように丸々と膨らんでいて、誰がどう見ても臨月の妊婦だった。

 美雪は息を荒げて僕に「生まれそう」と言った。
 陣痛の苦しみは本物で美雪は身動きが取れなくなっていた。

 すぐに救急車を呼ぼうとしたのだけど、美雪はそれを拒絶した。想像妊娠の診断の件から美雪はすっかり病院嫌いになっていた。

 この明らかな異常事態を僕は美雪と二人だけで対処しなければならなかった。
 そして、僕に出来る事はあまり多くなかった。

 
 美雪が一際大きな悲鳴を上げる。ぱしゅっと音を立てて勢いよく透明色の液体が漏れ出した。

 破水だ。

 もうやここで産ませるしか無い。僕はタオルを集めて床にひいた。
 
 美雪は僕にしがみつき必死にいきむ。ぎゅうっと肩に手が食い込むほどの力で僕を掴んでいた。

 もうすぐだ、もう産まれてくる。美雪の息遣いから、美雪がそれを確信している事が伝わってくる。

 そして、ついにその時は来る。
 
 
 ぽとん。

 大量の羊水と共にそれは生まれ落ちた。跳ねた水がズボンを濡らすのが分かった。
 ぐったりと力が抜けた美雪が崩れるように僕へと寄りかかる。

 終わった……?

 そう思っていた僕を美雪の声が引き戻す。

「赤ちゃんは?」


 視線を下に向ける。
 美雪のお腹の膨らみは凹んでいた。
 足元のタオルの上には羊水で出来た水溜りが出来ている。


「赤ちゃんは?」

「早く、洗ってあげないと……」

「ねぇ……何で泣かないの?」


 美雪が掠れた声で言う。
 僕らの視線の先、濡れたタオルが窪んでいる。


 そこには何も居なかった。
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