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怪人花ラフレシア
怪人花ラフレシア
しおりを挟むこれは私が幼い頃の話です。
まだ小学生に上がったばかりだったと思います。
当時の私はとても活発で男の子達に混じってよく遊んでいました。
中でも近所の山での探検が大好きで、その日も仲の良い友達二人と山へ遊びに行きました。
山道を歩いていると近くの藪からガサゴソと揺れました。
山道といっても車も通れない程の狭い道で殆ど獣道といっても差し支えありません。
山には狸なども出る事があり、それを追いかけて遊んだ事もありました。
ヘビだろうか野ネズミだろうか。友達の一人、ユウ君が木の棒を持って藪に近づいて行きます。
ユウ君が藪の中を覗くと、藪の中にいた生き物が動きを止めたのか、ガサゴソという音が止み、代わりに唸るような獣の声が聞こえて来ました。
「わっ」
ユウ君が小さく悲鳴を上げて戻ってきました。
藪の中から、顔を覗かせたのは野良犬でした。
野良犬は酷く興奮した様子で、私達に向かって吠えてきました。
獰猛な顔つきをした犬だった事を覚えています。剥き出しにした歯茎から吠えるたびに、涎を飛ばしていました。
私達はすっかり弱腰になってじりじりと後ろに下がりました。
野良犬は今にも飛びかかってきそうな勢いで、私達の間に緊張が張り詰めます。
「どうする?」
「戦う?逃げる?」
逃げようものなら何処までも追ってきそうな野良犬の様子に、私達はその場を動けませんでした。
意を決してユウ君が木の棒で野良犬を攻撃します。
木の棒で叩くと野良犬は大きくのけ反ります。獰猛さとは裏腹に枯れ木のようにあっさりと野良犬は倒れました。
木の棒で叩いたとは言え所詮、子供の力です。それなのにこの野良犬が倒れたのは既に衰弱していたと言う事なのでしょう。よく見れば野良犬は骨に皮が直接張ってあるかのように見える程痩せ細っていました。
「あっこの犬」
もう一人の友達、ケンちゃんが何かに気づき野良犬に近づきます。野良犬のお腹は大きく膨らんでいました。
そう、野良犬は妊娠していたのです。
やってしまった。私達は何とも言えない後味の悪さを感じ黙り込んでしまいました。
暫くすると野良犬がむくりと起き上がりました。そして私達に向かって短く唸るとそのまま背を向けて何処かへ行ってしまいました。
私達は無出を撫で下ろし、ほっとため息をつきました。野良犬が思ったより無事そうだった事と、野良犬が直ぐに逃げてくれた事の両方にです。
「お腹の子、大丈夫かな」
「きっと大丈夫だよ」
逃げていった犬の安否を気に掛けながらも私達は冒険ごっこに戻りました。
「変な匂いがする」
友達の一人が何かに気づき足を止めます。意識を鼻に集中されると、確かに生臭イカのような匂いを確かに感じます。
匂いの出どころを探してみると山の奥に続く獣道を見つけました。
私達はやる冒険心を抑えられず獣道を辿り、匂いの元を探しに行きました。獣道を進んでいくと匂いは段々と強くなり、この先に何かあるという確信を持てました。
そこには一輪の大きな花が咲いていました。両手でも抱えきれないほど大きな花です。
後で知ったのですが、その花はラフレシアに良く似ていました。
中心に壺のような窪みがあり、そこから赤褐色の花弁が五枚開いています。窪みの中心にはピンク色をした突起が生えています。花には茎が見当たらず地面に直接キノコのように生えていました。
そして派手な見た目以上に気になったのはその匂いです。とにかく強い刺激臭です。
鼻の奥にツンと刺さる生臭い臭い想像できない程の強烈さで襲って来ました。特に私はこの匂いにやられ、思わず立ち眩みを起こしてしまいました。
不思議なことにこの匂いには魅了のような力がありました。
確かに臭いと感じる刺激臭でしたが、何故か私はこの匂いから離れたくないと思ってしまいました。
私よりかは匂いに抵抗の無い友達二人は鼻を押さえながらもさっそく花に近づいて観察を始めました。こんな大きな花は見たことが無く、先程の落ち込んだ気持ちは吹き飛んでいました。
遅れて私も鼻を押さえ、花に近付きます。
私が花を覗き込むと突起がピクリと動きました。なびたモヤシのようにだれていた突起がぐんぐんと持ち上がりピンっと立ちました。
ぷくーと突起が膨らみます。
どびゅっ。
濁った音を立て、半透明の液体が突起の先端から飛び出し、私に降り注ぎました。触るとベタベタと粘つくなんとも気持ちの悪い液体です。
「うぇえ。くさーい」
「何これ?毒かも」
「えー毒?」
植物が出す汁は全部毒。この頃の私達はそう思っていました。
近くの川へ行き、服ごと飛び込んで身体を洗いました。
ちょうど真夏の出来事であった為、服は直ぐに乾きました。洗えば大丈夫と私達は勝手にそうルールを決め、解決した事にしました。
その日はそのまま川で遊ぶ事になりました。
夕方、家に帰ると母に質問責めされました。
「今日は誰と遊んだの?」
母が優しい口調で私に聞きました。その声は震えていて、何かしてしまったのでは無いかと私は不安になりました。
何処で、何をしていたのか。
母の質問はしつこく続きました。私は隠し事をしているつもりも無く正直に答えていたのですが母は納得してくれなかったようです。
その後は病院に連れて行かれ、検査をして薬を飲まされました。
今覚えば母は私が男性に性的な悪戯をされたと思い込んでいたのでしょう。あの花のイカ臭い匂いは男性の出す精液の匂いに似ていました。
ここからは後日談となります。
山で野良犬の死体を見つけました。お腹は大きく膨らんでいてパンパンに張り詰めています。そしてそのお腹からは、あの花と同じ赤褐色の蕾が実っていました。
野良犬の死体はミイラのように痩せ細っていてこの蕾が野良犬の養分を糧に成長している事は明白でした。
生き物の死体や枯れ木に根を張る植物はテレビで見た事があります。きっとこの花もそうなんだと思いました。
私はあの時すぐに川で洗い流したのでなんともなかったのですがもし、そのままにしていら………。
身体に根を張られ干からびている自分の姿を思い浮かべるとぞっとします。その日は寄り道もせずに真っ直ぐ家に帰りました。
それから暫くは山には近づかないようにしていました。探検ごっこもしだいにやらなくなり、あのあの花を見ることは二度とありませんでした。
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