我、聖女なり。万人を活かし、悪を滅する者なり。

西東友一

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 ・・・私が裏切る? 誰を?

「何をおっしゃっておられるのですか?」

 そんな身に覚えない冤罪を天使が言うはずがないと思いつつ、リアンは天使に尋ねる。

『ふーん、純白なあなたの魂がこんなに淀んでいると、自分の本心にも気づけないのね』

 本心?

『まぁ、いいわ。さっさと、存在そのものが「間違い」の彼を殺しなさい』

 天使の瞳も、天使の声もとても澄んでおり、防ぐことも拒むこともできず、リアンの心に真っすぐに響いた。そのせいか、天使に「彼」と言われて、リアンはナイトメアの姿が脳裏によぎった。そこで始めて、天使が自分はナイトメアと天から授けれられた使命を裏切ろうと疑っているということがわかった。

「私が・・・ですか」

『ええ、もちろん。彼を殺せるのは人ではあなたくらいしかいないわ』

 自分が人を殺す。
 リアンはその言葉の重みを全身で感じた。
 今まで多くの兵士を治して、前線に再度送り込み、リアンの行動が間接的に人を殺していたが、自らの手で人を殺めるのはとても怖かった。

(この手で・・・)

 震える手はなんとも頼りなく、天使の言葉が頭の中でぐるぐるするリアン。
 自分の手で人を殺すことに抵抗が強かったリアンは天使の言うことに従って、どうやってナイトメアを殺すかを考えるよりも、自分が殺さないようにするためにはどうするかを考えて、あることに気が付いた。

「人で・・・というのは?」

 人で無理なのであれば、目の前の天使が殺せばいい。
 それは聖女らしからぬ発想。
 けれど、それほどまでにリアンは追い詰められていた。

『残念だけれど、私には殺せないわ。彼は特殊なの・・・』

 リアンはどこが特殊なのか気になって天使の次の言葉を待ったけれど、天使は語らなかった。確かに、リアンの聖血を浴びたナイトメアは肌が溶けていた。

(それにさっき・・・間違いって・・・)

『頼んだわよ、リアン。間違いから救えるのはあなただけ・・・。そうしたら、彼の魂を取り戻しに来るわ』

 天使は意味深な言葉を残して、再び白い霧の中へと消えていってしまった。

「待ってっ、待ってください」

 霧の中を追おうにも、一寸先も見えず、どこに行っていいのかもわからなかった。リアンの心はどんどん曇っていき、不安で心が苦しくなる。それは、天使が見つからないからではなく、これからどうしていいか分からない不安だとリアン自身も理解していた。

「見つめないでください・・・」

 白い霧が消え、空を見ると十三夜月がリアンを照らした。
 ナイトメアが訪れるまで今日を含めて、あと三日。
 期限だけがはっきりしていたのが、恨めしかった。
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