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 奇跡が起きた。

 汚い私の部屋に俗世の穢れがない人型の存在が現れた。
 人型なのに人でないとわかるのは、本能なのか、それともその存在が無機質に感じるからか、それとも私が死に直面して第六感が鋭くなっているからなのだろうか―――

「命を回収に来ました」

 その存在にとっては私の命はモノでしかない。そんな言いっぷりだった。

「ええ、お願いします」

 けれど、そこで反抗するような私ではない。
 その存在は白いガウンを羽織っており、造形物のような美しい顔。
 ―――そう、その存在を呼ぶとすれば、

「天使様」

「・・・・・・」

 天使は肯定も否定もしなかった。

「私は、天国に行けるのでしょうか?」

 天使が人でないとわかっていても、誰かと沈黙したままで見つめ合うというのが居心地が悪い私は、沈黙を埋めようと天使に話しかける。

「いいえ。行き先は地獄です」

 行先は賽の河原ではない・・・それだけはわかった。
 親より先に死ぬわけだし、自ら命を絶とうとしているのだから当然だと思いつつ、やっぱり地獄と告げられると堪えるものがある。

「止めますか?」

「いいえ、お願いします」

 なら、早くしなさい、と言いたげな目。いや、そんなわけはないのだろうけれど、人の目ばかり気にしてきた私は感情のなさそうな天使の目を見て、首に巻いたロープを握り締める。

「地獄は辛いですよ。それも、自殺となると刑期は千年単位」

「はい・・・わかってます」

「いいえ、わかっていません。あなたの頭が正常に働いていないことはわかっています」

 とても悲しい言い方。
 馬鹿だ、と言ってくれた方がよっぽどすっきりした。

「それでも、私には今が・・・もう耐えられないんです」

 何度も自殺しようとして、自殺はいけないと思いとどまって、悩んでいる時間がもったいなくて、でも悩まずにはいられなくて、何にもなくて、何にもなくて・・・。もう嫌なのだ。人生が。
 遺書を書いたり、部屋を整えたりもしようと思ったけれど、そんな気力も残っていない。イジメられる方にも責任があるなんていうけれど、全くその通り、私が私自身をクズだと思っている。クズにしたのがイジメていた奴らのせいだとしても、取り返しようのないクズに私はなってしまったのだ。

 リセットしたい。

 未だに思っているのだ。
 どうして私がイジメられるのだろう、と。

 明かな原因が私にあるならそれは因果応報で仕方ないかもしれない。
 でも、イジメられて、イジメのこと以外考えられなくなった私が長い時間考察した結果は、たまたまで、彼女らの憂さ晴らしでしかないのだ。
 
 自分が選んだ選択肢で辛い結果になるとしても、何かを選びたい。具体的には何をしていいのかわからないけれど、やらなきゃいけないことを何もできない今よりも、地獄で苦役を強制的にやらされる方が心が納得する。

 そんな私を見てなのか、私の考えていることは筒抜けだったのだろうか。
 天使はこう告げた。

「なら、イジメている人を殺したらいかがですか?」
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