営業成績一位の神崎くんは私に褒められたい。(でも、私は神崎くんに勝ちたい)

西東友一

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「いやっ!!」

 壇上の上で、東社長から「ヤツ」が貰おうとしているトロフィーに、私は席から手を伸ばした。すると、座っているはずなのにトロフィーに近づいてゆき、ヤツと社長が怪訝な顔で私を見ている。

「でも、私の物だっ!!!」

 私が瞬きをすると、オレンジ色の光に包まれていたはずなのに、白い光、もとい普通の発光色というか朝日に代わっていた。

 ピピピピピピ・・・・・・・・・・・・ッ

 私は鳴り出した目覚ましのアラームを消す。

「もっと早く鳴ってよ」

 私は設定した5時50分に鳴った目覚まし時計に無理な文句を言う。でも、あの日から2年以上経っているのに、まるで昨日のことのように鮮明に思い出してしまい、とてもブルーになる。1年目の年末年始は、本当は実家に帰るつもりだったけれど、ショック過ぎて親とも連絡を取らずに、家に引きこもっていて、大晦日に心配で様子を見に来た母に発見されて、渋々実家に帰った。おかげで、正月太りもせずに体重が2キロも減った。

「ふんっ」

 私はクリスタルでできたトロフィーを見る。
 そのトロフィーは私の物。
 もちろん新人賞のトロフィーじゃない。

 今見ていた夢が過去の再現VTRじゃなくて、あくまでも夢で、本当は新人賞のトロフィーが事実とかだったとか私の認識違いを祈るけれど、やっぱり新人賞のトロフィーじゃない。でも時々、朝に目が覚めた時に、誰かがタイムリープでもして、過去改ざんが行われたとか、実は誰かに催眠術をかけられていたけれど、目を覚ました時にすべてを思い出した、とかでこの事実が変わっていればいいのにとガチで思っている。

 覆水盆に返らず、なんてことわざあるけれど、「そういうのいいから、知らんからっ!! はよっ、戻してっ!!」って言いたくなる。それも心の底から思うのは私だけだろうか。

 トロフィーを触る。
 新人賞以下のくせして、肌触りはとてもよくて一度触るとしばらく触っていたくなる。
 
 刻まれているのは「2020年 新人特別賞 峰村真凛」
 
「敗者のトロフィーよね・・・」

 2年前、新人賞をヤツが取り、絶望して「私なんかゴミだ」とか思いながら、放心状態になっていると、山田さんに呼ばれてるぞと肩を叩かれた。どうやら東社長は話を続けて、僅差で悩んだ社員がいるため、新たに新人特別賞というのを創設して、それが私だったらしい。登壇して隣にいた「ヤツ」が「おめでとう。真凛のおかげだよ」と笑顔で言ったのが鮮明に覚えている。それに対して、いつものように神対応をしたのか、塩対応をしたのか、残念ながらその後のことはほとんど覚えていない。

 だって、せっかく用意してもらった賞とはいえ、私にとっては、その賞はブービー賞と何ら変わらない。私は「勝者」か「敗者」ということを人一倍気にする。だから、負けた人の中から、選ばれたに過ぎないその賞は「お前は敗者だ」と言われたのと同じだ。

 見ているだけで不愉快な気持ちになり、ヤツの家に似たような形をして、同時期に作られた兄弟のようなトロフィーがおそろいであると思うと気持ち悪さまで覚える。それも、ヤツは私にトロフィーをどうしたか聞いてきて、飾っていると伝えると「峰村さん、まだ飾ってるの? じゃあ、俺も飾っとこうっと」なんて、マウントの取り方をしてくるのだ。屈辱でしかない。

 けれど、私は丁寧にクリスタルトロフィーを元に戻す。風の噂…というか、ヤツが喋っているのを聞いたところによると、ヤツの新人賞と書かれたクリスタルトロフィーは、ホコリを被っているらしい。トロフィーもかわいそうだ。私に獲得されていれば、このトロフィーのようにピッカピカに保管してあげるのに。なんなら、そろそろこのトロフィーにケースを買ってあげようかと悩んでいるくらいだ。

 …なぜ、こんなにも不愉快な思いをしながらも丁寧に扱うか?

 それは私が臥薪嘗胆という言葉を知っているからだ。
 意味は将来の成功のために、悔しい気持ちを忘れずに、敢えて自分を追い込むみたいなことわざだ。

 由来は中国の春秋戦国時代に遡る。当時、呉と越という国があったが、呉の王が越の国に倒されてしまい、呉の
王子がその悔しさを忘れないように薪の上で寝て、越の王を倒した。そしたら、今度は越の王が苦い肝を舐めて、復讐を忘れずに呉の王子を倒したという歴史的事実を四字でまとめたものだ。

 だから、私も悔しさを忘れずにトロフィーが目に入る場所に置いている。
 もともとはこんな言葉、眼中に無かった。だって、そもそも論で負けているからだ。敗者の理論なんて、勝者には必要ない。なんなら、こんな言葉を意識している自分すら嫌になる。

 もちろん、私は学生時代に学力がトップだったわけではない。中学の時はほぼトップだったが、高校では上位、行った大学も日本で一番頭がいい東大でもない。

 ただ、私はトップを取りに行ったら、トップを取るのだ。

 だから、新人賞と言うトップを狙ったにも関わらず外したのが、ショックで2年過ぎても忘れられない。

 自分ルールだと罵りたければ罵ればいい。勝てそうなルールだけで、戦って勝った気分になるとかダサいとか、それで、負けるとか超ダサいとか言われても、別に気にしない。だって、私はダサいんだから。

「あぁ、最悪」

 今日は天気がとてもいいのに、こんなにも気分が優れないのは全部、神崎湊、ヤツのせいだ。
 
 
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