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「よし、じゃあ研修も終わったしみんなで飲みに行こうぜ」
そんなことを同期の誰かが言った。
みんな乗り気で、
「真凛も行くよね?」
私も一番仲良くなった武藤穂香に誘われて、
「ええ、もちろんよ」
私も行くことを決めた。
飲み会は座敷の部屋で行われて、最初はみんなは自分の大学の頃や地元の話など当たり障りない話をしてお行儀よくしていたけれど、お酒が入るにつれて、自分の席なんてものが無くなっていき、入れ替わり立ち替わり移動する人もいた。でも、私と穂香は異動せずに同じ席にいて適当に話をしていた。
「ねぇ、峰村さん」
そして、「ヤツ」が来た。
「あっ、神崎くん」
神崎湊。
私は神崎湊のことを今では心の中で「ヤツ」とか「コイツ」なんて呼んでいるけれど、その頃はヤツを爽やかボーイだと思っていたし、これから同じ会社で働く仲間だと思っていたから、私は穂香の方へ寄って、笑顔で神崎君が座れる場所を確保した。すると、「ありがとう」と言って、ヤツは私の隣へ座った。居酒屋で揚げ物などの濃いにおいもするのに、彼の身体からは爽やかな香りがした。
「かんぱーい」
「乾杯っ」
ヤツに合わせて私たちは乾杯をして、お酒を飲む。ヤツは気合を入れるために結構飲み、私は・・・まぁ・・・・・・その時は、ヤツがかっこいいと思っていたし、粗相がないように舐める程度飲んだだけだった。
「ぷはーーーっ」
ヤツがとても美味しそうにビールを飲んで声をだしたので、その無邪気なかわいいとその時は思って笑うと、私の顔を見て、彼も笑った。
「ねぇ、峰村さん・・・」
グラスを置いて、机に腕を置きながらトロっとした瞳でヤツが私に再び話しかける。
「何かな?」
少しドキドキしながら、私は彼側の耳にかかっていた髪をかき上げる。無意識にやった行動だが、ヤツの視線が私の耳に集中していた気がして、片方の耳だけが熱を帯びるのを感じた。
「真凛って呼んでいい?」
「やだかなっ」
私は笑いながら否定して、お酒を飲む。
「えーーーーっ」
酔っぱらっていたヤツは甘えた感じで声を出し、机に置いていた腕に顔を預ける。でも、私は仕事の延長としてこの場所に来ているのだ。もう大学生じゃない。それにこれからたくさんの男性にも出会うのに、彼に下の名前で呼ばせて、他の人に誤解されるのも嫌だし、軽い女と思われたくなかった。
3年働いてきて、私はこの時の判断は正しかったと思っている。
「わたしはいいですよーーーっ」
穂香がその柔らかい身体を私に密着させながら乗り出してくる。この子もこの子で流行りの香水の香りがした。
「穂香ちゃん、これからよろしくねっ」
「はいっ」
目のあたりでピースをする穂香。穂香も大分酔っているようだ。
「穂香、そんなことしていると、彼氏に言っちゃうよ?」
「あーーー、ひどいーーーーーっ。しーーーっ、だよぉ?」
研修中は付けていなかった指輪が穂香の口元で光る。
「あっ、穂香ちゃんは、彼氏がいるんだ」
ヤツはなぜか、私の目を見て、そう言ってきた。これじゃあ、まるで、私がヤツを狙っていて目移りしないように釘を刺したみたいじゃないか。
「いまーすっ。湊君はいますかぁ?」
私はちらっとヤツを見た。
「いないよ」
笑顔で即答で答えた。まぁ、モテない男ならいない理由をツラツラ言いそうだけれど、ヤツのようなタイプはそんなことをするまでもないのだろう。私はお酒を飲みながらそんなことを考えていた。
「あっ、そう言えば聞いてくださいよぉーーーーっ」
「何かな?」
「真凛ったら、彼氏と卒業だからってぇーーー、振ったらしいですよ。ひどくないですかぁーー?」
私は慌てて吹き出しそうになってしまった。私は穂香を睨むけれど、「えへへへっ」と言って笑っていた。元カレとは仲が良かった。けれど、遠距離になってしまうし、元カレとは結婚するイメージが全く湧かなかったので、二人で話をして決めたことだ。それを、断片的に話をされると、私がとてもドライな女だと思われてしまうので、さすがに怒りたくなったから、今度お仕置きをするか、何かを奢ってもらおう。
「へーーーそうなんだーーー」
ヤツもヤツで顔を腕に預けたままで、上目遣いで悪戯っぽく笑った。からかわれている気がして、私は、もう酔っ払い同士でやってよ、と思って、立ち上がろうとする。
「待って」
すると、ヤツが私の腕を優しくつかんだ。大きくて筋肉質な手は暖かかった。
「ねぇ、どんな男がタイプ?」
立った時は私よりも身長が大きいのに、身体に似合わず童顔で、お酒のせいでとろっとした瞳が動物の赤ちゃんみたいで可愛く感じてしまい、ドキッとしてしまう。
「しっ、仕事ができる人っ。じゃっ、じゃあねっ」
私はそのまま化粧直しに席を外した。
鏡の前に映っていた私は25年の人生の中で一番恋をしている顔をしていた。
私はその時は気づいていなかった。
過去3年間の社会生活、いや、25年の人生の中で一番の「失言」をしてしまったことを。
―――そして、生涯最大のライバルを生み出してしまったことを
そんなことを同期の誰かが言った。
みんな乗り気で、
「真凛も行くよね?」
私も一番仲良くなった武藤穂香に誘われて、
「ええ、もちろんよ」
私も行くことを決めた。
飲み会は座敷の部屋で行われて、最初はみんなは自分の大学の頃や地元の話など当たり障りない話をしてお行儀よくしていたけれど、お酒が入るにつれて、自分の席なんてものが無くなっていき、入れ替わり立ち替わり移動する人もいた。でも、私と穂香は異動せずに同じ席にいて適当に話をしていた。
「ねぇ、峰村さん」
そして、「ヤツ」が来た。
「あっ、神崎くん」
神崎湊。
私は神崎湊のことを今では心の中で「ヤツ」とか「コイツ」なんて呼んでいるけれど、その頃はヤツを爽やかボーイだと思っていたし、これから同じ会社で働く仲間だと思っていたから、私は穂香の方へ寄って、笑顔で神崎君が座れる場所を確保した。すると、「ありがとう」と言って、ヤツは私の隣へ座った。居酒屋で揚げ物などの濃いにおいもするのに、彼の身体からは爽やかな香りがした。
「かんぱーい」
「乾杯っ」
ヤツに合わせて私たちは乾杯をして、お酒を飲む。ヤツは気合を入れるために結構飲み、私は・・・まぁ・・・・・・その時は、ヤツがかっこいいと思っていたし、粗相がないように舐める程度飲んだだけだった。
「ぷはーーーっ」
ヤツがとても美味しそうにビールを飲んで声をだしたので、その無邪気なかわいいとその時は思って笑うと、私の顔を見て、彼も笑った。
「ねぇ、峰村さん・・・」
グラスを置いて、机に腕を置きながらトロっとした瞳でヤツが私に再び話しかける。
「何かな?」
少しドキドキしながら、私は彼側の耳にかかっていた髪をかき上げる。無意識にやった行動だが、ヤツの視線が私の耳に集中していた気がして、片方の耳だけが熱を帯びるのを感じた。
「真凛って呼んでいい?」
「やだかなっ」
私は笑いながら否定して、お酒を飲む。
「えーーーーっ」
酔っぱらっていたヤツは甘えた感じで声を出し、机に置いていた腕に顔を預ける。でも、私は仕事の延長としてこの場所に来ているのだ。もう大学生じゃない。それにこれからたくさんの男性にも出会うのに、彼に下の名前で呼ばせて、他の人に誤解されるのも嫌だし、軽い女と思われたくなかった。
3年働いてきて、私はこの時の判断は正しかったと思っている。
「わたしはいいですよーーーっ」
穂香がその柔らかい身体を私に密着させながら乗り出してくる。この子もこの子で流行りの香水の香りがした。
「穂香ちゃん、これからよろしくねっ」
「はいっ」
目のあたりでピースをする穂香。穂香も大分酔っているようだ。
「穂香、そんなことしていると、彼氏に言っちゃうよ?」
「あーーー、ひどいーーーーーっ。しーーーっ、だよぉ?」
研修中は付けていなかった指輪が穂香の口元で光る。
「あっ、穂香ちゃんは、彼氏がいるんだ」
ヤツはなぜか、私の目を見て、そう言ってきた。これじゃあ、まるで、私がヤツを狙っていて目移りしないように釘を刺したみたいじゃないか。
「いまーすっ。湊君はいますかぁ?」
私はちらっとヤツを見た。
「いないよ」
笑顔で即答で答えた。まぁ、モテない男ならいない理由をツラツラ言いそうだけれど、ヤツのようなタイプはそんなことをするまでもないのだろう。私はお酒を飲みながらそんなことを考えていた。
「あっ、そう言えば聞いてくださいよぉーーーーっ」
「何かな?」
「真凛ったら、彼氏と卒業だからってぇーーー、振ったらしいですよ。ひどくないですかぁーー?」
私は慌てて吹き出しそうになってしまった。私は穂香を睨むけれど、「えへへへっ」と言って笑っていた。元カレとは仲が良かった。けれど、遠距離になってしまうし、元カレとは結婚するイメージが全く湧かなかったので、二人で話をして決めたことだ。それを、断片的に話をされると、私がとてもドライな女だと思われてしまうので、さすがに怒りたくなったから、今度お仕置きをするか、何かを奢ってもらおう。
「へーーーそうなんだーーー」
ヤツもヤツで顔を腕に預けたままで、上目遣いで悪戯っぽく笑った。からかわれている気がして、私は、もう酔っ払い同士でやってよ、と思って、立ち上がろうとする。
「待って」
すると、ヤツが私の腕を優しくつかんだ。大きくて筋肉質な手は暖かかった。
「ねぇ、どんな男がタイプ?」
立った時は私よりも身長が大きいのに、身体に似合わず童顔で、お酒のせいでとろっとした瞳が動物の赤ちゃんみたいで可愛く感じてしまい、ドキッとしてしまう。
「しっ、仕事ができる人っ。じゃっ、じゃあねっ」
私はそのまま化粧直しに席を外した。
鏡の前に映っていた私は25年の人生の中で一番恋をしている顔をしていた。
私はその時は気づいていなかった。
過去3年間の社会生活、いや、25年の人生の中で一番の「失言」をしてしまったことを。
―――そして、生涯最大のライバルを生み出してしまったことを
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