営業成績一位の神崎くんは私に褒められたい。(でも、私は神崎くんに勝ちたい)

西東友一

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 社会人1年目の12月。
 近くの小さなホールを貸し切って行われた株式会社レインボーデイの仕事納め。オレンジ色の気持ちが穏やかになる照明の下、総勢100名ほどの社員が白い綺麗なテーブルクロスの敷かれた丸いテーブルに座り、社長が来るのを待っている。

「今日はいつにも増して素敵だね。峰村さん」

 私の隣の席に座っていた2年先輩で男性の山田さんが話しかけてきてくださったので、私は会釈して答える。今日はいつものようなパンツスタイルじゃなくて、濃いめの水色のドレスを着てきたので、そう言ってもらえるのは嬉しかった。

「それでさぁ、峰村さん。今度・・・」

 山田さんがそう言おうとすると、隣にいた5年先輩で女性の霧島さんが咳払いをして、山田さんを睨んでくださって、山田さんはそれ以上言うのを止めた。霧島さんは普段からオシャレに着こなしをしているけれど、こういった場で着る淡い黄色のドレスもとても似合って素敵だった。私は霧島さんに会釈すると、山田さんに向けたような厳しい目とは対照的に、とても優しい笑顔で微笑んでくれた。

(霧島さんって本当に・・・ステキっ)

 私の憧れの先輩。
 霧島さん。
 
 広告業界も体力勝負なところがあるけれど、霧島さんは男性にも負けず、男性社員の多くが身だしなみがだらしなくなったり、女性社員も化粧が雑になっている中でも、一糸乱れぬ姿で仕事をされていた。私も必死に霧島さんのように外見は整えて、必死に仕事をしたけれど、霧島さんに些細なミスをフォローしてもらってしまった。ただ、その時に私の姿勢をとても気にいってもらったようで、とてもかわいがってもらい、色々教えてくれる。厳しい部分があるけれど、とてもわかりやすく、お手本となる女性の先輩と一緒に仕事ができて本当に幸せだと思っている。

(ぜーーーったい、霧島さんに・・・・・・・・・勝ってやるんだからっ)

 でも、私は霧島さんを目指さない。
 霧島さんも私が超える通過点に過ぎない。
 だって私は・・・・・・


「皆様、お待たせしました」

 前方でマイクを持っていた司会の社員の方の声でみんなが襟などを整える。司会の方は簡単な挨拶をして、

「では、はじめに社長よりご挨拶を頂だきたいと思います。社長よろしくお願いします。皆様はご起立ください」

 司会に言葉で、東社長が登壇していき、私たち社員は立ち上がる。33歳で大手広告会社から独立し、この株式会社レインボーデイを立ち上げて、5年で軌道に乗せた敏腕社長だ。忙しいはずなのにシュっとした身体に逞しい胸板で、スーツをとても着こなしていた。まだ38歳なのに髭のせいかダンディーな雰囲気がした。マイクの前に立った社長がみんなの顔を見て、礼をするので、私たちも礼をする。そして、東社長が座るように指示したので私たちは席へと座る。

「みなさん、今年も一年お疲れ様です・・・・・・」

 それから、東社長は現在の広告業界についてや、我が社の業績、今後の展開などを簡潔にお話された。とても、話が上手だったのだが、私はソワソワして話半分にしか聞いていなかった。社長の話が終わると、みんなが拍手をする。

「では、社長はそのままその場所にお残りください。続きまして、皆様お待ちかねの今年の社長賞と新人社長賞の発表を行いたいと思います」

 私は身を引き締め、そして、7人の同期を見る。一人を除いて私と同じように引き締まった顔をしていた。

(ふぁいとっ)

 私と目が合った穂香は私を励ますように口パクとガッツポーズで励ましてくれたので、私も目で「ありがとう」と笑顔で応えた。

 再び東社長を見ると、秘書の方が3人並んでトロフィーや賞状を大事そうに両手で持っていた。

「あれっ?」

 山田さんが不思議がって声を出すけれど、霧島さんに大人しくしてなさいと、目で注意される。でも、山田さんは納得が言っていない様子でステージを見ながら首を傾げていた。

(私は頑張ってきたもの・・・大丈夫、大丈夫)

 今はまだ、霧島さんには劣るけれど、普段の業務に加えて、霧島さんが出してくださる課題もこなしてきた私。山田さんにも、仕事の手の抜き方・・・・・・もとい、仕事のメリハリ、優先順位や重要度の見分け方などを教わって来た。私は周りの先輩にも恵まれ、一番努力してきたのだから、誰にも負けないはずだ。

「では、まず、新人社長賞の発表からお願いします」

 司会の方がマイクで話すと、東社長が秘書から渡された書面を確認し、笑顔で何かを伝え、秘書の方は承知した様子で会釈をしながら答えた。

「発表します。本年度、新人社長賞は・・・」

 東社長が会場を見渡す。
 その時間はとても長く感じた。私は動体視力がいいわけではないけれど、早く結果を知って安心したくて、穂香の時のように読唇術で、声よりも先に東社長の口の動きで情報を読み取ろうと、そのアゴヒゲにある唇を注視した。

 私なら口の形は微笑んだ顔のまま「イ」の口。
 なのに、東社長の口は開かれて、歯は離れていく。

「神崎、湊」

 夢だと思った。
 急に全身の力が入らなくなり、血の気が引いて、頭がクラクラして、騒がしい拍手の音と笑顔で壇上に上がるヤツのかわいらしい顔がとても遠くに感じた。
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