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 ピトッ

 僕の投げたルアーが水面に入っていく。
 浮きが浮いたり、沈んだりして波紋を起こしているのも、なんかいい。僕はその光景を見ながら、ゆっくりとあくびをした。

 近くにあった湖。
 魚がいるかどうかも、リサーチせずにただただ釣り糸を垂らしている。これが、前世なら市場のリサーチもせずに資金や労力を投資するなんて、馬鹿のやることだ、とゲンコツ2発や3発は貰っただろうか?

「パワハラはパワハラでも、うちの上司はパワー原だよな~、はははっ」

 上司の名前は確か「原」。原だけに腹も出ていたけれど、元マッチョのせいか腕は脂肪もありながらもムキムキで、ミスなどをすると拳が飛んできた。奴の言い分はこうだ。

「俺もやられてきた。それで成長した」

 まぁ、奴も時代の被害者なのかもしれないが、暴力を振るわれてはかなわない。そんなご時世は一昔前のことなのだから。

「って・・・、ひと昔前かどうかなんて知らないな、僕」

 僕は再び暇を理由に、大きく欠伸をする。
 僕は転職をしたことも無かったし、僕の会社のことしかほぼ知らない。パワハラは無くなってきたなんて、取引先の人が言っていたし、身内の恥だと思いつつも話のタネになるので、うちの会社の話をしたら、シュっとした好青年が「えっ、原始時代ですか」なんて言われたのをよく覚えている。あの時は苦笑いだったな。

 ただ、睡眠時間を削ってまで読んでいた新聞や、視聴したテレビなどではごくごくたまーに、パワハラについて訴訟が起きたと情報を発信してくれるが、それだって少ない気がしていた。絶対、パワハラの横行していた世代でうちの原のように、時代のトレンドをアップデートできない大人なんてごまんといたはずだ。それなのに、あの程度しか発信されないということは、あの好青年の会社が宝くじ当選者と同じ確率と言われる優良企業にいただけなのかもしれない。

「あーやめやめ、せっかくの美味しい空気が台無しだ」

 僕は大きく深呼吸をする。
 ぽつぽつある木々に囲まれた湖のほとりで僕一人。
 空気が美味しくないわけない。

「今がチョー最高だけど、前世の僕は絶対ソロキャンプなんてしなかっただろうな」

 今は人里離れた山の中で独りでのびのびと暮らしている僕だけれど、当時の僕は暇があるなら仕事をしなければ罪悪感を持ってしまったし、それが無理なら睡眠時間を確保したかった。そんな僕がソロキャンプの計画を立てて、道具を揃えて、テントを張ったりするなんて、プライベートまで肩肘を張るのなんてごめんだし、そもそも、プライベートの予定なんて仕事の予定に簡単に負けるのだから、予定をすること自体無意味だった。

「でも、やってみると案外楽しいし、人が人らしく生きるのに必要だよな~」

 僕は半日くらい釣り糸を垂らしていたけれど、魚は1匹も釣れていなかった。
 けれど、成果はあった。

 僕は背伸びをして、背中が伸びる快感を味わい、のこのこ家へと帰っていった。



 僕はスキル『明鏡止水』を手に入れた。
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