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本編

37話 その手を掴みたいのに掴めない

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「ごめんなさい・・・。私には、貴方の手を、手に取ることが・・・できません」

 クリスの瞳は輝きを失い、夜の闇に光が消えていった。

(そんな悲しい顔をしないでよ・・・クリス)

 胸が張り裂けそうになる。
 私の右手は目の前にある手に触れて、持ち主の心を癒したいと僅かに動くけれど、掴むまでの勇気がなく再び元の位置へと戻っていく。こんなにも胸が苦しいのに、私はクリスの手を取れない。
 
 その手をとれば、まだ知らない幸せの世界に行けるはずなのに・・・。

「そうか・・・ははっ。そうだよね」

「あ・・・っ」

 クリスが差し伸べた手を引く。
 今度は私がとても寂しい。

 こんなにも寂しいのに、私は言葉を撤回できない。

「理由は・・・聞かないの?」

 何を言っているんだろう、私。
 身分あるクリスにお断りを入れて、まだ自分を構ってほしいなんて、なんて私はひどいんだ。

「聞きたいけれど・・・話してくれるのかな?」

 私の反応を見ながら言葉を選んでくれるクリス。

「怖いの・・・」

 私はぐちゃぐちゃしている心の中で、どの言葉を選んでいいのかわからないけれど、一番切り取りやすい言葉を選んだ。

「私は怖いのっ、ボッド王子みたいにクリスに裏切られるのが。クリスはそんな人じゃないそんなのもわかっている。でも、そんなクリスにもしも裏切られたら、私の心は・・・もう二度と人を信じられなくなるし、生きていくことだって・・・」

 私はクリスの反応を知るのが怖くて、顔を見ずに下を向いたまま話を続ける。

「それに自分を信じられないの。言い訳に聞こえるかもしれないけれど、ボッド王子への想いは浮ついた気持ちだったと思っているの。お姫様になれるって感動しちゃったの。バカみたいでしょ?ちゃんとボッド王子のことを知ろうともせず、二つ返事でOKしちゃって・・・。今のこの湧き上がって胸いっぱいになる気持ちももしかしたら、一時の迷いなんじゃないかって・・・信じることができないの」

 心の中には吐き出せない気持ちがまだまだいっぱいだけど、苦しくなって息継ぎをするように、チラッとだけ、クリスを見てすぐに目線を落とす。
 クリスはいつもの顔をしていた気がする。

「あなたを想う気持ちは・・・救ってもらった恩とかそういうものでもないと思うし、もっと純粋だと思うの。純粋に・・・あなたのことが・・・その・・・」

 私は上目遣いでクリスを見る。
 柄にもなくもじもじしているのは、やっぱりクリスに甘えたいからかもしれない。
 甘えちゃいけないとは思うけれど、クリスなら甘えても許してくれる。
 そんな気がした。

「ごめん、シャーロット・・・。僕もその・・・こういうことは初めてで・・・結論を急ぎ過ぎてしまった」

 そんな私を見て、クリスは頬を赤らめて照れ臭そうに苦笑いする。
 その切ない気持ちを押し殺した笑顔が、私の胸を締め付ける。

(待って・・・っ)

 勘違いしてほしくない。
 自分でも、まだ整理がついていない気持ちに、今の言葉だけでクリスが納得して去ってしまうのが怖かった。

「わっ、わたしは・・・っ」

 結婚はまだ、怖い。
 でも、クリスも失いたくない。
 次の言葉がなかなか出てこない。

 そんな私を見て、クリスはゆっくりと目を閉じた。
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