【完結】遺手(いしゅ)~その一手は何を見せるか~ 将棋を通した父と子の物語

西東友一

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6話 支える人、一緒に歩む人

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「先生、私は悪人です・・・」

 ガン末期の人間にも調子のいい穏やかな日、穏やかな時間は訪れる。
 俺は外を向いている金山先生の横顔に話しかけた。

「なんや、どうしたんや」

「息子にも父らしいこともせず、妻が一生懸命作ったものは吐き出し、恩師にひどいことをさせる。こんなの・・・悪人じゃないですか」

 しかし、冷静になれば、偉大なる師匠に無理を言ってお願いした修業を投げだそうとして、ごねて、暴れて、散らかすなどのご迷惑をかけてしまった自分の業を振り返ってしまう。

「吾郎、わしがハゲ取るからって、坊主と勘違いしとらんか」

「・・・いいえ」

 先生は薄くなった頭を自分でさする。
 冗談を言わない先生なりのジョークだったのかもしれないが、俺はそれに反応できなかった。

「・・・安心せい、吾郎。お前はいい父親やっとる、いい旦那やっとる。もし、おまえんとこのせがれがあほなことぬかしおったら、げんこつしといたるわ」

 ジョークが滑ったせいか、柄にもないことを言ったせいかはわからないが、照れ臭そうに金山先生は話をする。

「ははっ、・・・金山先生にそう言っていただけたら、頼もしいです」

 先生は俺の方に身体の向ける。

「それにな、お前が悪人で地獄落ちるとしても、わしも同罪や。一緒に地獄落ちたる。そしたら、叫びながら目隠し将棋でもしようや」

 そう言った金山先生に光が差し、いつもの鬼のような形相ではなく、穏やかな仏のような顔で俺に笑顔を見せてくれた
「・・・ありがとうございます、師匠」

「・・・だから、タイトルの一個くらい取って恩返しせい」

「はいっ」

◇◇

「ありません」

「ありがとう・・・ございました・・・」

 俺が一番、心が穏やかで入れるときは皮肉にも対局の時だった。
 集中しているせいか、対局中は痛みも何も忘れられる。
 そして、約束の日に繋がる道を歩んでいると思うと、元気が出た。

「あなた」

「おっ・・・おう、千尋か」
 
 対局室を出ようとすると千尋がいた。
 いつも通りキレイな顔をしている千尋を見て俺はホッとした。

「凛太郎は今日も勝ったわよ」

「そうか」

 下駄をはこうとすると、上手くいかず、よろよろするのを千尋に支えらえる。

「すまない」

 千尋に手伝ってもらい、ゆっくり歩いていく。

「私ね、凛太郎に負けてほしいと思ってしまう時があるの」

 ぽつりと、千尋がつぶやく。

「もう、あなたの辛そうな姿を…みたくない」

 千尋は俺の腕を支えながら泣いている。

 俺はぽんっと千尋の頭を撫でる。

「生きるのは辛い。でもな、今が一番一生懸命生きてるんだ、俺。輝いているだろ、俺」

 元気がない顔かもしれない。でも、心の底から笑った。

「・・・そうね。かっこいいわ、あなた」

 千尋も目線を落としたが、微笑んだ。

「だろ?」

「頭も輝いているしね」

「このやろう~っ」

 いたずらな笑みで千尋が言ってくるので、俺はわざと千尋のところに体重をかけた。

 師匠よりも眩しくなった俺の頭をこする千尋。

 そんな、千尋に頭を近づける俺。

 こうした妻とのじゃれ合いも俺の活力になった。

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