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本編
第4話 剣舞と師匠 ~誘惑の剣士~
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「おい、貴様。父上に物申すつもりか」
兄上が今日初めて僕を見たが、嫌悪に満ち溢れていた。
「あらあら」
姉上は睨んでいたが、僕が困る姿を見て、ニヤニヤし始める。
父上も母上も喋らず僕を見る。
色々なことから逃げたこの放蕩息子のこの僕を。
「師匠は今食べたばかりなので・・・急にやらせるのは・・・どうかと」
僕の言葉に凍り付く。
「お前という奴は・・・」
そんなことを言うために父上の言葉に水を差したのかと、呆れる兄上。
しかし、僕にとっては大事な師匠の身体を心配するのは当然だ。
毎日毎日、ご飯の後に食器の片づけなどお願いをしても「むりー、うごけなーい」と言って、全く動かない。そんな師匠がご飯を食べた後に動くわけが・・・。
「ルーク、大丈夫よ。ありがとう」
大人びた対応をする師匠に裏切られた気分になる。
「師匠・・・」
(僕が子どもっぽい幼稚な考えしかできない奴みたいじゃないですか!!)
食べたばかりで動けない、その言葉を発した自分を思い返しても恥ずかしい。
師匠は僕にしか気づかないように、ごめんね、と舌を出す。
「ルーク様、さすがに・・・ふっ」
ダンゼンにも笑われた。
「では、お召し変えを・・・」
侍女が師匠の隣へ寄り添い、別室へ向かう。
「本当にどうしようもない子・・・」
母上はぽつりと漏らす。肉親の中で言えば、腹を痛めて産んだ子であり、兄姉のように後継者争いをしているわけでもない母。一番僕に否定的でない母上ですら、僕にそんな言葉を向けてくる。
ここに、僕の居場所なんてない。
◇◇
「お待たせしました」
煌びやかな飾りと動きやすさを両立した衣装に着替えてきた師匠。
「ほほう」
ダンゼンも何目線なのかわからないが、嬉しそうに師匠を見つめる。
剣舞用とはいえ、剣を持った師匠はやはり剣士。
凛々しい顔立ちで、いつもの甘えん坊の顔も、先ほどのおどおどした顔も見せないこの国の双剣の騎士として相応しい佇まいだ。
そんな師匠を二人の侍女が師匠をはさんで、一人が師匠が持っている剣の鞘のみを、もう一人が予備の剣を鞘に入れたまま持っている。
「では、舞入《まい》ります」
参るではなく、舞に入ると書いて、舞入り。剣舞に心の全てを入り込む師匠。
剣を持ったまま垂直に立ち、目を閉じる師匠。
隙もない完成された立ち姿。
シュッ
シュッ
静からの動。
まだ、目に師匠の立っている凛々しい姿が残像として残ったまま、素早く動き出す師匠。動き出した師匠は滑らかに流動的に空間と戯れ、空間を切っていく。
スーーーッ
素早く動いた師匠はゆっくりとスピードを落とし、スリ足で開いた足を閉じていく。
スィン、スィン
空気を切る心地よい音。真剣にしか出せない音。
剛剣はメリハリを意識し、激しい動きと、止めが存在するが、柔剣は例え激しい動きをしたとしても、フォロースルーのように脱力しながら次への動作の助走にする。
そして、剛剣の一振りがある程度、ジャストスポットを外しても、なぎ倒せるのに対して、柔剣はジャストスポットのその一瞬に圧縮した一撃を込める。
力がない僕や師匠でもその一瞬はダンゼンに負ける気はしない。
疲れるからと、僕の前でやることが少なくなった剣舞。
久しぶりに見させていただいたが、師匠の剣舞は衰えを知らず、僕の心を奪う。
いや、僕の心だけじゃない。
侍女達も、姉上も、兄上も、母上もそして・・・おそらく父上もその剣舞に瞳も心も奪われていた。しかし、師匠の剣舞はここからだ。
魅せる剣舞から、師匠は殺陣《たて》に入る。
剣の動きは型がなくなり、仮想の敵を切り付けていく。
「人を殺す物」として師匠は剣を振っていく。
その意図をもって扱う剣技は次第に仮想の敵を僕らに見せる。
僕はもちろん、戦いなどとほぼ無縁に生きてきた侍女にまで、師匠に襲い掛かる敵の幻影を見せていく。
何人だろうと師匠の剣は倒していく。そして、脱力した動きは敢えて作った隙であり、誘い水。切りかかってくる幻影をいとも簡単にすり抜けて、切り付ける。
(こいっ)
師匠の目が僕を呼んだ。
(この素晴らしい完成された剣舞に僕が混ざれと?)
澄み切った清水に僕のような未熟な者が入れば、濁すだけになるだろう。
この頃、師匠のことばかり考えて、雑念が入っていて全然だめだと師匠に指摘を受ける僕の剣技では、役不足も甚だしい。
さっきまで、ダンゼンと師匠がいい感じだったのを見て嫉妬していた僕に、雑念を捨てるほどの余裕があるだろうか。
師匠は僕の全てなんだ、あんな些細なことでもこんなにも胸が苦しい。そんな雑念まみれの僕が師匠の剣舞に入る実力などあるのだろうか。
師匠はよく言っている。
「我が剣技汚れることを許さず」と。
技に特化したこの剣技は一瞬の反応の遅れも許さない。脱力している瞬間ですら、意味があるのだから。無駄をそぎ落としたがゆえに非力な人間でも剛剣に劣ることのない剣技なのだ。
それに、さっき恥をかいたばかりで、これで失敗して無粋で無様なことをしたら、家族のみんなからさらに侮蔑されるだろう。僕にはこれ以上は耐えられない。
怖くて、足が震える。
(師匠、すいません・・・。僕には・・・)
ダンゼンを見る。
強き男、ダンゼン。
身体もだが、心も強い男。
(彼のようには・・・なれない)
悔しいがダンゼンに勝てるところが僕には見つからないし、師匠も歳も同じくらいで、頼れる男ダンゼンと付き合って、そして・・・結ばれた方が・・・幸せなんじゃないかと思う。
師匠に「無理だ」と目で伝えようとすると、師匠はまだ僕を目で呼んでいる。
お前ならできる、そう信じた瞳で。
ガタッ
僕は椅子から、立ち上がり剣を持っている侍女の元へと歩いて行く。
兄上と姉上、そして侍女たちが驚いているがそんなもん知るか。
僕は剣を抜く。
「ご乱心か、ルーク様っ」
ダンゼンが立ち上がり、抜刀しようとする。
(あぁ、そうだよ。心が乱れなければこんなことするわけないだろう)
王がダンゼンを手で制す。
いつも自由なダンゼンであろうと、王の判断には従ざわるを得ず、剣を抜くの堪える。
師匠は嬉しそうに僕に剣を向けてくる。
剣の正しい使い方で。
殺そうとしながら、切り付けてきた剣を僕はぎりぎりで躱し、今度は僕もお見舞いする。
スウィン
(さっきは良くも恥かかせてくれましたね)
挨拶代わりに殺気を込めて。
スウィン
スウィンッ、スウィン、スウィンッ
僕らの剣はほとんどぶつかり合わず、相手の体を傷つけることもなく、空気を切っていく。そして、ハンターが獲物の狙うように相手の動きが淀む瞬間、力んだ隙などを狙いながら、殺しにいく。
無心。
真剣を使って、相手が殺しに来ているにも関わらず、心を冷静にするというのは難しい。
10歳ぐらいのまでは教えられたときには苦もなくできた時期もあった。殺すということがよくわからなかったし、言われたことを必死に覚えようとしていたからだ。
師匠も今の僕ぐらいの歳の時は心が乱れやすい、多感な時期だからなと言ったが、本当に雑念が多く嫌になる。
その上、こんなに綺麗な師匠。
こんなにも溢れる想いを、どうしたらいいのかわからない気持ちを制御するだけでも大変なのに、それを与えてくる愛しい師匠に剣を向けなければならない。
下手したら本当に殺してしまうかもしれないと思いながら、最高の剣技を見せてこいという目をしている師匠に立ち向かうのは本当に油断すればすぐに心を乱してしまう。
スィンッ
(危ないっ)
僕が思考を始め動作が鈍ったのか師匠の一撃が僕の前髪を切り取る。
しかし、師匠も僕との共演舞をする前から一人で舞っていたためか、その一撃のあと、ほんのわずかの動きの淀みができた。
僕はチャンスに反応する心を身体を押さえつけ、冷静にその隙に付け込む。
ドンッ。
「くっ」
師匠にタックルする。
上段切り、中段切り、下段切り、足払い、袈裟切り、逆袈裟、右切り上げ、左切り上げ、突き、籠手などの無数の選択肢をお互いに読み合った末、剣を使わないのがベストだと、僕の身体が行動を起こしていた。
倒れる師匠。
すぐさま、間合いを詰め、マウントを取り、師匠の顔を見る。
「御免」
静まり返る食堂内。
僕は突き立ててはいけない場所であるそこに、剣を綺麗に突き立てた。
兄上が今日初めて僕を見たが、嫌悪に満ち溢れていた。
「あらあら」
姉上は睨んでいたが、僕が困る姿を見て、ニヤニヤし始める。
父上も母上も喋らず僕を見る。
色々なことから逃げたこの放蕩息子のこの僕を。
「師匠は今食べたばかりなので・・・急にやらせるのは・・・どうかと」
僕の言葉に凍り付く。
「お前という奴は・・・」
そんなことを言うために父上の言葉に水を差したのかと、呆れる兄上。
しかし、僕にとっては大事な師匠の身体を心配するのは当然だ。
毎日毎日、ご飯の後に食器の片づけなどお願いをしても「むりー、うごけなーい」と言って、全く動かない。そんな師匠がご飯を食べた後に動くわけが・・・。
「ルーク、大丈夫よ。ありがとう」
大人びた対応をする師匠に裏切られた気分になる。
「師匠・・・」
(僕が子どもっぽい幼稚な考えしかできない奴みたいじゃないですか!!)
食べたばかりで動けない、その言葉を発した自分を思い返しても恥ずかしい。
師匠は僕にしか気づかないように、ごめんね、と舌を出す。
「ルーク様、さすがに・・・ふっ」
ダンゼンにも笑われた。
「では、お召し変えを・・・」
侍女が師匠の隣へ寄り添い、別室へ向かう。
「本当にどうしようもない子・・・」
母上はぽつりと漏らす。肉親の中で言えば、腹を痛めて産んだ子であり、兄姉のように後継者争いをしているわけでもない母。一番僕に否定的でない母上ですら、僕にそんな言葉を向けてくる。
ここに、僕の居場所なんてない。
◇◇
「お待たせしました」
煌びやかな飾りと動きやすさを両立した衣装に着替えてきた師匠。
「ほほう」
ダンゼンも何目線なのかわからないが、嬉しそうに師匠を見つめる。
剣舞用とはいえ、剣を持った師匠はやはり剣士。
凛々しい顔立ちで、いつもの甘えん坊の顔も、先ほどのおどおどした顔も見せないこの国の双剣の騎士として相応しい佇まいだ。
そんな師匠を二人の侍女が師匠をはさんで、一人が師匠が持っている剣の鞘のみを、もう一人が予備の剣を鞘に入れたまま持っている。
「では、舞入《まい》ります」
参るではなく、舞に入ると書いて、舞入り。剣舞に心の全てを入り込む師匠。
剣を持ったまま垂直に立ち、目を閉じる師匠。
隙もない完成された立ち姿。
シュッ
シュッ
静からの動。
まだ、目に師匠の立っている凛々しい姿が残像として残ったまま、素早く動き出す師匠。動き出した師匠は滑らかに流動的に空間と戯れ、空間を切っていく。
スーーーッ
素早く動いた師匠はゆっくりとスピードを落とし、スリ足で開いた足を閉じていく。
スィン、スィン
空気を切る心地よい音。真剣にしか出せない音。
剛剣はメリハリを意識し、激しい動きと、止めが存在するが、柔剣は例え激しい動きをしたとしても、フォロースルーのように脱力しながら次への動作の助走にする。
そして、剛剣の一振りがある程度、ジャストスポットを外しても、なぎ倒せるのに対して、柔剣はジャストスポットのその一瞬に圧縮した一撃を込める。
力がない僕や師匠でもその一瞬はダンゼンに負ける気はしない。
疲れるからと、僕の前でやることが少なくなった剣舞。
久しぶりに見させていただいたが、師匠の剣舞は衰えを知らず、僕の心を奪う。
いや、僕の心だけじゃない。
侍女達も、姉上も、兄上も、母上もそして・・・おそらく父上もその剣舞に瞳も心も奪われていた。しかし、師匠の剣舞はここからだ。
魅せる剣舞から、師匠は殺陣《たて》に入る。
剣の動きは型がなくなり、仮想の敵を切り付けていく。
「人を殺す物」として師匠は剣を振っていく。
その意図をもって扱う剣技は次第に仮想の敵を僕らに見せる。
僕はもちろん、戦いなどとほぼ無縁に生きてきた侍女にまで、師匠に襲い掛かる敵の幻影を見せていく。
何人だろうと師匠の剣は倒していく。そして、脱力した動きは敢えて作った隙であり、誘い水。切りかかってくる幻影をいとも簡単にすり抜けて、切り付ける。
(こいっ)
師匠の目が僕を呼んだ。
(この素晴らしい完成された剣舞に僕が混ざれと?)
澄み切った清水に僕のような未熟な者が入れば、濁すだけになるだろう。
この頃、師匠のことばかり考えて、雑念が入っていて全然だめだと師匠に指摘を受ける僕の剣技では、役不足も甚だしい。
さっきまで、ダンゼンと師匠がいい感じだったのを見て嫉妬していた僕に、雑念を捨てるほどの余裕があるだろうか。
師匠は僕の全てなんだ、あんな些細なことでもこんなにも胸が苦しい。そんな雑念まみれの僕が師匠の剣舞に入る実力などあるのだろうか。
師匠はよく言っている。
「我が剣技汚れることを許さず」と。
技に特化したこの剣技は一瞬の反応の遅れも許さない。脱力している瞬間ですら、意味があるのだから。無駄をそぎ落としたがゆえに非力な人間でも剛剣に劣ることのない剣技なのだ。
それに、さっき恥をかいたばかりで、これで失敗して無粋で無様なことをしたら、家族のみんなからさらに侮蔑されるだろう。僕にはこれ以上は耐えられない。
怖くて、足が震える。
(師匠、すいません・・・。僕には・・・)
ダンゼンを見る。
強き男、ダンゼン。
身体もだが、心も強い男。
(彼のようには・・・なれない)
悔しいがダンゼンに勝てるところが僕には見つからないし、師匠も歳も同じくらいで、頼れる男ダンゼンと付き合って、そして・・・結ばれた方が・・・幸せなんじゃないかと思う。
師匠に「無理だ」と目で伝えようとすると、師匠はまだ僕を目で呼んでいる。
お前ならできる、そう信じた瞳で。
ガタッ
僕は椅子から、立ち上がり剣を持っている侍女の元へと歩いて行く。
兄上と姉上、そして侍女たちが驚いているがそんなもん知るか。
僕は剣を抜く。
「ご乱心か、ルーク様っ」
ダンゼンが立ち上がり、抜刀しようとする。
(あぁ、そうだよ。心が乱れなければこんなことするわけないだろう)
王がダンゼンを手で制す。
いつも自由なダンゼンであろうと、王の判断には従ざわるを得ず、剣を抜くの堪える。
師匠は嬉しそうに僕に剣を向けてくる。
剣の正しい使い方で。
殺そうとしながら、切り付けてきた剣を僕はぎりぎりで躱し、今度は僕もお見舞いする。
スウィン
(さっきは良くも恥かかせてくれましたね)
挨拶代わりに殺気を込めて。
スウィン
スウィンッ、スウィン、スウィンッ
僕らの剣はほとんどぶつかり合わず、相手の体を傷つけることもなく、空気を切っていく。そして、ハンターが獲物の狙うように相手の動きが淀む瞬間、力んだ隙などを狙いながら、殺しにいく。
無心。
真剣を使って、相手が殺しに来ているにも関わらず、心を冷静にするというのは難しい。
10歳ぐらいのまでは教えられたときには苦もなくできた時期もあった。殺すということがよくわからなかったし、言われたことを必死に覚えようとしていたからだ。
師匠も今の僕ぐらいの歳の時は心が乱れやすい、多感な時期だからなと言ったが、本当に雑念が多く嫌になる。
その上、こんなに綺麗な師匠。
こんなにも溢れる想いを、どうしたらいいのかわからない気持ちを制御するだけでも大変なのに、それを与えてくる愛しい師匠に剣を向けなければならない。
下手したら本当に殺してしまうかもしれないと思いながら、最高の剣技を見せてこいという目をしている師匠に立ち向かうのは本当に油断すればすぐに心を乱してしまう。
スィンッ
(危ないっ)
僕が思考を始め動作が鈍ったのか師匠の一撃が僕の前髪を切り取る。
しかし、師匠も僕との共演舞をする前から一人で舞っていたためか、その一撃のあと、ほんのわずかの動きの淀みができた。
僕はチャンスに反応する心を身体を押さえつけ、冷静にその隙に付け込む。
ドンッ。
「くっ」
師匠にタックルする。
上段切り、中段切り、下段切り、足払い、袈裟切り、逆袈裟、右切り上げ、左切り上げ、突き、籠手などの無数の選択肢をお互いに読み合った末、剣を使わないのがベストだと、僕の身体が行動を起こしていた。
倒れる師匠。
すぐさま、間合いを詰め、マウントを取り、師匠の顔を見る。
「御免」
静まり返る食堂内。
僕は突き立ててはいけない場所であるそこに、剣を綺麗に突き立てた。
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