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本編

第2話 騎士と師匠 ~仲を切り裂く者~

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 澄んだ空気。
 神々しい光がステンドグラスから降り注ぐ。

 多くの人が同じ場所に集まっているにもかかわらず、子どもですら目を閉じ両手を合わせている。
 自分との対話―――そして、神との対話。

 ある者は神に昨年の感謝を伝え、ある者は祈り、ある者は隣にいる年上の女神と結ばれることを祈りつつ、その女神の真剣横顔に見惚れていた。
 
「ハッピーニューイヤーです、師匠」
「あぁ、ルーク。ハッピーニューイヤーだ」
 神父様から神から授かったありがたい教えを賜り、賛美歌を歌った後、僕と師匠は改めて挨拶を交わし、家へ帰ろうとする。

「ちなみに・・・ルークは何を祈ったの?」
「それは、神のみぞ知る・・・です」
 僕の祈りはもちろん、『師匠を幸せにしたい。師匠と結ばれたい』だ。

「えー、いいじゃん。教えてよ」
 僕の右腕を両手で揺らしてくる。

「じゃあ・・・師匠は何を願ったんですか」
 本当は僕から聞きたかったそのセリフ。師匠がもし仮に僕と同じ気持ちだったら・・・僕は・・・。

 妄想ですらこの身体は反応して簡単に熱を帯びる
 仮に同じでなくても、好きな女性の祈りだったら、神でなく僕が叶えたい。

「ひ・み・つ、だよ~」
 小悪魔的な笑み。

(自分は聞いてきたくせに)
「どーせ、今年こそは結婚したい・・・とかじゃないんですか?」
 僕は悪態をつく。
 
 プッチン

(あっ、ヤバイ。いつものくせで)
 許してほしい。
 僕はまだ14歳の第三王子。
 
 第三王子とはいえ、師匠のところに来るまでは、家族や同じような王族以外の者に対してはある程度許されていた身分であり、まだまだ未熟な子どもだ。

 いや、もう成人一歩手前だし、しっかりしないといけないんだけれど、好きな女性をからかいたくなる少年心・・・わかってほしい。

「しっ、ししょう?」
 僕は若さという武器を十二分に発揮した、久しぶりに出す甘え声で懇願する。この前、師匠が僕に言った言葉を弟子である僕がないがしろにするわけにはいかない。今は『少年』の肩書をフルに使おう。

 ぷいっ

 師匠は僕の顔を見てくれない。僕と反対側を向いてしまう。
 反省する気持ちもあるのだが、怒ってむくれる師匠の顔もかわいいと思うし、金髪から覗かせる白い耳や首筋も堪らない。 

「しっししょ~~うぅ」
「どーせ、私は良い男と出会いますように~とか、そんなことを祈りましたよ~だ」
 師匠はいじけただけなのだろうが、僕にとっては、きっついカウンターパンチが飛んできた。

(師匠、僕がいるのに他の男と出会いたいとかはやめてくださいよ・・・)
 僕は胸が苦しくなる。
 でも、僕も嘘をつくことを覚えていた。

「師匠なら、美人だからきっと、いい男が寄ってきますって。今年は必ず、結婚できますよ、師匠」
「そっそうかな」
「そうですよ」
(ただし、クリスマスまでは待ってもらうことになりますけどね)

「それに僕は・・・師匠以上に美人な人なんて見たことないな~」
 本心を冗談っぽくだが、伝えてみる。照れてしまって声が裏返ったのは少し誤算だ。

「こいつめ~うそくさいぞぉ~」
 嬉しそうないつもの顔に戻った師匠は、僕の髪をくしゃくしゃにする。
 このじゃれ合う感じも僕は大好きだ。

 とはいえ、師匠の結婚願望も年々増している。
 去年の末のクリスマスも上機嫌だった師匠はお酒の飲み過ぎで、あのあとずーっと結婚したいを繰り返していた。師匠も今年25の歳。普通に暮らしていれば、50歳くらいで神の使いがお迎えに来るのだから、ちょうど折り返しの歳。
 僕は自分が早く歳を取れないのをもどかしく思った。

「おぎゃああ、おぎゃああああっ」
「あぁ、よしよし。こんな神聖なところで泣かないの。あぁ、よしよしっ」
 18、19歳くらいだろうか。師匠より若い母親が教会の中で赤ん坊を泣かせて困っている。

「ダメよ、赤ちゃんは泣くのが仕事なのだから」
 気が付くと、師匠がその母親のところにいた。

「抱っこを変わってもらってもいいかしら?」
 母親は泣き止まない赤ん坊を師匠に渡す。

「泣きたいなら、泣きなさい。あなたはいい子、悪くなんてないわ。だから、叫びたいだけ叫びなさい。きっとあなたの思いはママにもみんなにも、そして神にも届くから」
 師匠が赤ん坊肯定しながらゆっくり声に合わせて揺らしてあげると、徐々に赤ん坊の癇癪は収まっていった。

「はい、お母さん。あなたの愛しい子は神様に相談したら、すっきりしたみたいよ」
 師匠が赤ん坊の母親へ赤ん坊を返す。

「ありがとうございます」
 母親は嬉しそうに何度もお辞儀をするが、師匠は『お気になさらずに』と手を振った。

「すまないな、ルーク。待たせてしまって」
「何を言っているんですか。全然かまわないですよ」
「ありがとう、ルーク」
 僕は師匠が聖母マリアのように慈愛に満ちた人だと改めて思った。

「あ~ぁ、私も早くママになりたいな~」
 師匠は背伸びをしながら、キラキラした目で前を向いている。

「僕も・・・ほしいですね」
(あなたの)
 僕も同調する。

 きっと師匠と僕、そして二人の子どもがいれば温かい気持ちで満ち溢れるだろう。

「君にはまだ早いよ、ルーク。君はまだ、少年を謳歌しなさい」
 師匠の笑顔は依然として慈愛に満ちていたが、その言葉はぐさっと僕の心を突き刺さす。 

「僕は早く・・・大人になりたいです」
(そして、あなたの恋愛対象になりたいんです)

「お姉ちゃんは~、許さないぞっ?」
 僕が暗い顔をしてしまったのを気にしたのか、冗談ぽく話しかける師匠。

「師匠は姉なんかじゃないですよ?」
「じゃあ、妹!?」
「んなわけないでしょ・・・」
「えーじゃあ・・・お母さんとか言うと目から涙が湧いてきちゃうぞ?」
 師匠が茶化してばかり言ってくる。
(師匠と家族になりたい。でもそれは、血の繋がりではなく、愛で繋がりたいんだ)

「僕と師匠は血が繋がってないじゃないですか。だから―――」
 僕はちらっと師匠を見た。
 さっきまでの冗談めいた顔ではなく、ショックを受けた顔をしていた。
 
 なんでだ?
  
「おっ、そうだな・・・。うん、私とルークはし・・・師弟の関係だったなぁ。はははっ」
 師弟であることすら、言うのを躊躇った師匠。

「なんか、勘違いしてません。師匠?僕は、師匠のことを・・・」
「ルーク様!!」
 教会の出入り口の階段を降りようとしていると、良く知っている男の声が、僕の言葉を遮る。

「ダイゼン・・・っ」
 神をも恐れぬ悪鬼と呼ばれた騎士ダイゼン。
 分厚い胸板、広い肩幅。赤い鎧にから垣間見える筋肉と傷跡は百戦錬磨の証。
 しかし、兜を脱げば、心優しき兄のようなダイゼンが僕は好きだった。

「お久しぶりです、ルーク様」
 ダイゼンはその鎧の重さを微塵とも気にせず、すーっと階段を登ってきて、僕を抱きしめる。その赤の鎧が似合うように少し暑苦しくてお節介なのが玉に瑕《きず》だ。

「ちょっ・・・やめてよっ」
 今は師匠の誤解を解かないといけないんだから。
 僕は師匠の顔色を覗こうとするが、二回りも大きいダイゼンの大きな二の腕のせいで、師匠の顔が見えない。

「あははっ、すっかり大きくなられて、私は嬉しいですぞ」
 ダイゼンは嬉しそうにしていて人の話を聞かない。

「しっ、師匠っ」
 僕は師匠にしっかりと説明したいと思って名前を呼ぶ。

「はははっ、ダメですぞ、ルーク様。いつまでも、ソフィア殿を頼ってばかりでは」
「ちっちがう」
 僕はようやくダンゼンのハグから逃れて、師匠の顔を見る。

「えっ」
 師匠の顔は僕の見たことがない乙女の顔だった。
 
「ソフィア様も、あまりルーク様を甘やかしてはこの国ためになりませぬぞ?」
「えっ、えぇ・・・」
 師匠は頬を赤らめ、金色の綺麗な髪を指で弄ってくるくるしている。

「それにしても、こんなにも美しくお若いのに剣技を指南が上手いとは感服ですぞ」
 爽やかな成人男性のダンゼンは歯に着せぬ物言いで、僕が照れて言えるかどうかわからないことをすらすらと師匠にぶつける。

「あっ、ありがとう・・・ございます」
 僕が言っても、『生意気を言って』と僕の髪をぐしゃぐしゃにしながら、余裕をかましてくる、あの師匠が借りてきた猫のようになっている。

 わずかだが、そんな師匠の顔を見て、「へぇ、師匠ってこんな時にこんなかわいい感じになるんだ」と師匠を観察したくなる気持ちがあるが、それ以上に、僕以外の他の男にそんな態度をとらないでくれと思ってしまう。僕の心の中はもやもやした気持ちでいっぱいだ。

「剣技も一流、容姿も一流・・・これは嫁に来てほしいものですなっ」
(ダンゼンっ!!!)
 僕はダンゼンのことが本当の兄よりも兄のようで好きだったが、もう勘弁してほしいと思った。修羅場をくぐって、いつ死んでもおかしくない戦場に出ている男は悔いのないように生きると聞いたことがあるが、そんなことも影響しているのだろうか。

「ダンゼン、冗談が過ぎるぞ」
「いやいや、本当のことですぞ、ルーク様。こんな絶世の美女と一緒にお住まいになられている貴殿がほんに、羨ましくてなりませぬ。私だったら彼女の魅力に当てられて、一日も我慢なりませぬ」
(なにが、我慢できないんだよ、何が!!!)
 僕は心の中でツッコミを入れる。そして、恐る恐る横にいる師匠を見ると、頬を抑える両手の隙間から見える肌の色は真っ赤になっていた。

「お戯れを・・・」
 師匠が恥じらいつつ言う。

「なっ!!」
 僕は驚いて声を出してしまった。ダンゼンが師匠の両手を手繰り寄せ、自分の胸の前で師匠の両手を握り締める。

「私は本気ですよ、ソフィア殿」
 見つめ合う二人。
 今にもその唇と唇が引力に逆らえずに惹かれ合いそうな雰囲気。
 これは子どもの僕が邪魔しちゃいけない雰囲気。

(いや、何を怖気づいているんだ、僕っ。僕は大人になって師匠をお嫁さんにするんだっ!!!)
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