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 私が自信満々にお受けすると、キリル様は嬉しそうに笑い、

「キミにはメイド長をお願いすると言ったけれど、申し訳ない」

 と言って、私の肩に両手を添えた。

(まさか・・・・・・また・・・・・・騙された?)

 私が動揺すると、キリル様はニコッと笑って、

「キミにはメイド長以上のことをお願いしたいと思っている」

 そう仰った。
 キリル様が仰った内容はかなり重大な内容だった。

「あの・・・・・・キリル様。それは、メイド長と言うよりは・・・・・・」

「うん、執事」

(ですよねーーーっ)

「あの、キリル様。それはキリル様の仰った、商人たちへの示しがつかないのでは?」

 使用人の社会もまだまだ男性社会。
 女性だけの仕事だと、その仕事の長は女性だけれど、使用人の長は男性が行うものだ。そこを女の私がなってしまえば、男性たちの反感を買うに違いない。

「でも、執事を育てる余裕はないかな。それに・・・」

 キリル様は肩に添えた手を今度は私の両手の甲に優しく添えて、包み込み、そして握る。

「キミならできる。信じているんだ」

 胸がドキッとした。
 でもそれは、きっと心の臓じゃない。

 心だ。
 魂だ。

 メイド魂がときめいた。

(武者震いせずには・・・・・・あれっ)

 キリル様の熱い言葉と共にあったのは私を支えてくれる冷たい手。そして、その手はわずかに震えている気がした。

(本当に・・・・・・あの言葉は嘘で、私を利用したの?)

 言葉と行動。
 言葉と態度。

 裏腹かもしれないもの、それも知的で思慮深いキリル様のことを私が探れるわけない。そこは、従者の私が土足で踏み入っていい場所じゃない。

(だから、これは私の震え、勝手に震えたんだ)

 王家を捨てて商人になるなんて聞いたことがない。主が前例のないことをしようとしているんだ。

 その主に仕える従者の取るべき行動は

「ふっ・・・ふふふっ」

「メリッサ?」

「キリル様なら、一見マイナスに思えることも私の想像もしない価値があるのでしょうね」

「それは・・・」

「私は仕える主を信じております。我が主こそ至高」

 あぁ、酷い。
 酷い、酷い。

 私の言葉は呪いの言葉。

「ああ。もちろんだ」
 
 これは楔。
 その言葉に私は満面の顔で相槌をうつ。きっと、キリル様の意志を曲げて、荊の道に歩ませる言葉。

(酷い女にもなりましょう。それが私の覚悟。メイドの夢を・・・・・・執事に昇華させる覚悟にございます)

 キリル様は手を離し、握手のために右手を出された。

「よろしく頼むよ」

「よろしくお願いします」

 私はキリル様のその暖かくなった手を握った。



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